第213話『後悔』
同じ頃、新潟市急患診療センターの処置室にて、優も全く同じ話を、シャロンやミカエル、ノルンにしていた。
「私達が九歳で、季節も今くらい。みーちゃんと、あの娘のおばあちゃん、後私と、私のお母さんの四人で一緒に買い物に行った時のことなんだけど……」
場所は、新潟駅の南口の辺り。
かなり日差しが強い日だったことを、優も雅もよく覚えている。
買い物の内容に、特筆すべきものは無い。優達と雅達が一緒なのも、偶然だ。優の母のULフォンが壊れ、修理しに来ていた時、そこに雅達もいたのだ。聞けば、雅の祖母がULフォンを買い替えるということだった。
用件が用件だけに、雅も優も店では暇だった為、二人で一緒に他のお店にでも行こうかという話になった。
だが、
「外も暑かったし、アイスでも食べようかって話をしていたんだけど……途中で、レイパーが出たの」
出てきたのは、カミキリムシの特徴を持った、人型のレイパーだ。
実はその時二人は、少しでも涼しい道を歩こうと、日陰の多い裏通りを歩いていた。
故に、二人がレイパーに見つかったことを知る人は、この時はまだいなかった。
「それで、二人は、戦ったんじゃな?」
「そりゃね。でもあの時は、私もみーちゃんも、使っていたのは護身用のちゃちなアーツで、身を守るので手一杯。レイパーを倒すなんて絶対に無理なはずだった」
「……『はず』?」
優の言葉に引っ掛かりを覚えたシャロンは、眉を寄せて首を傾げる。
「あの時、なんか、結構戦えてさ。倒せそうな感じだったのよ。まぁ、すぐにそれが間違いだって気が付いたんだけど……」
敵の動きが少し緩慢であり、子供二人でも中々に追い詰めることが出来たのだ。
最も、もう少しで倒せるかもしれない、と二人が思ったところで、レイパーの動きが急に素早くなり、あっという間に劣勢へと追い込まれてしまったのだが。レイパーはただ、少女のか弱い抵抗を楽しんでいただけだった。
「最終的には、お母さんと、みーちゃんのおばあちゃんがやって来て、レイパーを倒してくれた。でも、その直前……みーちゃんがレイパーに殺されかけて、私が庇って怪我をしちゃったんだよね。これ、その時の傷」
優が右肩を出すと、そこには確かに、薄くはなっているが、傷跡が残っていた。
未だに残るレベルの傷だ。流石に痛むことはもう無いが、今でもむず痒くなることくらいはある。
「あの時は血がドクドクと出て、救急車で運ばれるレベルでもう大騒ぎよ。それで、みーちゃん滅茶苦茶泣いちゃって、ごめんなさい、ごめんなさいって何度も謝ってきたんだよね。別に、みーちゃんに責任なんて無いのに」
確かに優は雅の代わりに攻撃を受けたものの、それは状況上、仕方のないことだった。レイパーの反撃に面食らい、二人とも動揺して動きが鈍くなってしまっていたのだから。最初にやられそうになったのが雅というだけで、立場は逆でもおかしくは無かった。
だが、それは客観的に見た話だ。
庇われた雅が、自分を責めるのも無理からぬことである。
そして、問題はこの後に起きた。
「で、その事件の後から、みーちゃんが、私を露骨に避けるようになった」
「えっ?」
ノルンの口から、驚いた声が漏れる。とても雅の行動とは思えなかったのだ。
無論、当時の優も驚いたし、それ以上にショックだった。
「問い詰めたら、『自分のせいで怪我をさせてしまった』なんて言いだして……私、もう頭に来てさ。そこからは、もう喧嘩……って言うか、説教よ。『私が怪我をしたのなんて、元を辿ればレイパーのせいじゃん? なんであんたが気にすんの』って。悪いのは、全部奴らでしょ。それを、『自分が悪いんだ』って言ったみーちゃんが、許せなかった」
その時のことを思い出し、優は拳を握りしめる。
親友に避けられてしまった悲しさと、親友にそんなことを思わせたレイパーへの怒り……あらゆる感情を乗せて怒鳴りつけたのだ。
「結局、納得してくれて、仲直りしたんだけど……」
「……今回、同じことを言いだしたってわけね」
ミカエルが、優の言葉を引き継いでそう言った。
「今回ユウちゃんが怪我をしたのも、悪いのは全部レイパーなのに、ミヤビちゃんが自分の責任だって思っているのが許せない、と……。成程」
「そういうこと。挙句『巻き込んで、ごめん』だなんて言うのよ? こっちは望んで巻き込まれたっての。しかも、他の人にはそういうこと言わないのよ。私にしか言わないの」
特別扱いされている……いや、他人行儀だと言うべきか。どちらにせよ、親友の立場からすれば、いい気分はしない。優は、雅の隣に立ちたいのだ。
雅の目標も理解しており、だからこそ力になりたくて手を貸している。故に自分との間に壁を作るような行為を、雅にはして欲しくなかった。
「ミヤビさん、昔の事件から、ユウさんに今でも負い目を感じているのでしょうか?」
「してる。絶対そう。頭では私の話が理解出来ても、どうしてもそう思っちゃうんでしょうね」
「まぁ、目の前でユウちゃんが怪我をしたのに、全く気にしないってのも難しい話でしょ?」
ミカエルは、横目でチラリとノルンを見ながらそう言う。ミカエルだって、自分のせいでノルンに怪我をさせてしまったことがあり、その時の後悔は今でも胸に残っているのだ。その点に関しては、ミカエルは雅の気持ちがよく分かった。
「……実際のところ、少し前までのみーちゃんなら、さっきみたいな謝り方しないと思うのよ。久世にアーツを奪われて、またそういうことを意識するようになっちゃったんだと思う」
優が言っているのは、久世がアーツ製造販売メーカー『StylishArts』を乗っ取る直前に起きた出来事である。魔王種レイパーに苦戦していた雅達の前に現れた久世が、雅達のアーツを奪ったのだ。
あの時雅は、自分の目的に色んな人を巻き込んでいたことの意味を知り、激しく後悔した。動揺していた彼女を、優が叱りつけて正気に戻したのである。
その日のことを思い出し、優は湧きあがる怒りを、深い息と共に吐きだした。
「そういう訳で、事の背景はこんな感じ。正直、みーちゃんが私にああ言った気持ちは分かるわ。私がそれを許せないってだけ。――『許せない』って気持ちは、さっき伝えた。思わぬ形になっちゃったけど。でも、もう怒っていない。『仲直りしたい』って気持ちを、ちゃんと伝えられればいいんだけど……」
「今の自分の気持ちを、素直に伝えれば良いじゃろう。儂らの前で口に出来たなら、タバネにもちゃんと話せるはずじゃ」
「シャロンさん……。素直にそれが出来れば、苦労しませんって……」
頭の中で、そのシチュエーションを思い描こうとしても、上手くイメージ出来ない優。これでは実際に雅と会っても、下手をすれば、また喧嘩になってしまう。
すると、小さく唸っていたミカエルが、思案顔のまま口を開く。
「なら取り敢えず、『ごめんなさい』って謝るのはどうかしら。後のことなんて考えずに、口に出しましょ? まずはユウちゃんが、もう怒っていない、仲直りしたいって意思を、ちょっとだけでも見せれば、それで何とかなると思うわ」
「あ、それ良いですね、師匠。ミヤビさんなら、それで察してくれるでしょうし、上手くいくんじゃないですか?」
「……勢い任せに当たって砕けろ、ってことですよね。それなら出来るかも」
雅の顔を見たら、即頭を下げる。
それなら、何とかなるかもしれない、という気持ちになった。
「後は、タバネが何時戻ってくるかじゃの。パトリオーラ達は、上手くやれたじゃろうか?」
「そう言えば、ファムとラティアちゃん、遅いですね。どうしたんだろう?」
雅なら、ファムが少し話をすれば、ちゃんと戻ってくる気がしていたノルン。
その時だ。
「――えっ?」
ノルンの頭に、突如、火男のお面を着けたピエロ種レイパーが突入してくるイメージが浮かび上がる。ノルンのスキル『未来視』が見せた映像だった。
少し先の、危険な未来を予知するスキル。デメリットとして、使う度にノルンの体に少しずつ疲労が蓄積されていくが、ノルンは優を護衛するため、数分おきにこれを使っていた。
「師匠!」
「っ! ユウちゃん、下がって!」
ノルンの緊迫した声色に、ミカエルはすぐに事情を理解した。
処置室には、東側と南側に窓がある。レイパーが入って来るのは、南側だ。
「サガミハラ! 儂の後ろに!」
「う、うん!」
シャロンが、優を自分の後ろへと隠した、次の瞬間。
黒いジャグリングボールが窓を突き破って部屋に投げ込まれ、大量の煙を吹きだすのだった。
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