第23話『火柱』
一方その頃。雅はといえば。
医療学科棟の外にあるベンチに座り、ファムとミカエルは上手くやれているだろうかと心配しながら、若干暖かい色に染まっていきつつある空を眺めていた。
医療学科棟の校舎は「北校舎」と「南校舎」の二つに分かれており、二つの校舎の間には通路が渡されている。今ファム達がいるのは「北校舎」の方で、雅はそちらを背にして座っていた。
そんな時だ。
「……っ?」
一瞬ではあるが間違いない。南校舎の屋上に鱗のある人型の生き物が見えた。
リザードマン種レイパーの存在は、ミカエルからちらっと聞いていた雅。
ベンチから立ち上がった雅は、南校舎の方へ向かって走りだす。
校舎の中に入って屋上を目指していてはきっと逃げられるだろうと判断し、雅は屋上まで跳躍することに決める。
地上から校舎の屋上まではおよそ十メートル。
普通の人間なら届かなくても、一度だけなら雅はそこまで跳べる。
雅は足に力を入れると同時に、『共感』のスキルにより、セリスティアのスキルである『跳躍強化』を発動する。
インプ種レイパーを倒した後、使えるようになったスキルだ。スキルの効果はセリスティアとほぼ同じものであるが、セリスティアはこのスキルを応用して水平方向にも高速移動していたが、雅がスキルを発動してもそれは出来ないくらいだ。三十度以上、上の方向に跳ぶ時にしか使えない。
雅の『共感』のスキルの制約により、同じスキルは一日一回しか使えないことを考えれば、この雅版『跳躍強化』は本当に移動用にしか使えないスキルとなっている。
屋上に着地したと同時に雅の右手の薬指に嵌った指輪が輝き、手に剣銃両用のアーツ『百花繚乱』が握られた。
雅が降りたところから三十メートル程離れたところに、レイパーはいる。
今から校舎の中に入ろうとしていたようだが、雅がやってきたため、中断して彼女の方に向いていた。
リザードマン種レイパーの手には、サーベルが握られている。前回ミカエル達と戦った時、ミカエルの放った火球に向けて投げつけたもので、逃げた後、探して見つけたようだ。
先手必勝と言わんばかりに雅が先に地面を蹴ってレイパーに接近する。
互いに武器を振り下ろしたのは同時。
甲高い音を立ててぶつかる、百花繚乱とサーベル。
リザードマン種レイパーの斬撃は重いものだったが、雅は足に力をこめて踏ん張れば吹っ飛ばされるようなことは無い。
レイパーとしばらく力比べをしていたが、突然レイパーは後方へ跳んで雅と距離をとる。
そして着地と同時に雅の方へと勢い良く近づくと、素早く四連撃を繰り出す。
雅は一発目だけアーツで受けると、残りの三発は相手の動きを見切って躱す。
攻撃が空振りし、隙が出来たところで、雅はレイパーの腹部目掛けて斬りつける――が。
「っ! 硬いっ?」
レイパーの皮膚には、傷一つつかない。
反撃の予兆を感じた雅がレイパーから離れるのと、その兆候通りレイパーがサーベルを横薙ぎに振るのは同時。
どうすればいい? と雅は思考を巡らせるが、刹那、背後に殺気を感じ、顔を向け、目を見開く。
すぐ近くに、ハーピー種レイパーがいたのだ。雅目掛けて急降下してきており、リザードマン種レイパーにばかり気を取られていた雅はその存在に気が付かなかった。
雅とハーピー種レイパーとの距離は、僅か二メートル。
咄嗟にアーツを体の前に持ってきて盾代わりにし、ハーピー種レイパーの突進を防ぐが、不意打ちだったために雅は吹っ飛ばされてしまい、背中から地面に叩き付けられてしまう。
「ライタリカタゾダ!」
「ソンレカタボネゾ!」
レイパー同士が互いを見ながらそう叫ぶ。
何を言っているのかは分からないが、互いを指差して、罵っているような雰囲気に雅は感じた。
だからといって状況が良くなる訳では無い。
それでも雅は立ち上がり、アーツを中段に構え、息を整える。
負ける訳にはいかないのだ。
***
丁度その頃。ノルンの病室で。
「――っ! ミカエル先生! あそこ!」
「あれは……ミヤビさんっ?」
何気なく窓の外を見たファムが、屋上でレイパー二体に悪戦苦闘中の雅を指差して叫ぶ。
つられてその方向を見たミカエルも、驚きの声を上げる。
ファムとミカエルは、ノルンと雅を交互に見る。
雅を助けに行きたいが、ハーピー種レイパーが厄介だった。
二人がここから攻撃を仕掛ければ、ハーピー種レイパーがノルンに気が付き、こちらに襲いかかってくるかもしれない。そうなれば無防備なノルンを危険に晒すことになる。
かといってここを離れるのは、それはそれで怖い。
無論、雅を見捨てる選択肢なんてあるはずも無い。
どうすべきか分からず、ファムは歯噛みをする。
そんな時、ミカエルが口を開いた。
「ファムちゃん、飛んでいるレイパーを、一瞬でいいから気を引いて頂戴。私の炎で倒すわ」
決意の籠った声でそう言い、ミカエルは壁に立て掛けていた杖型アーツ『限界無き夢』を手に取る。
日の光を受け、アーツの先端に付いた赤い宝石が光を放ち、ファムは息を呑んだ。
「……いけるの?」
「大丈夫。もう失敗しないわ。必ず倒す」
その顔を見た時、ファムは確信する。今ここに、いつもドジする先生はいないと。
「……信用するからね!」
ファムは頷き、背中に『シェル・リヴァーティス』を出現させる。
窓を開け、外へ飛び出すファム。空中で白い翼を大きく広げ、大空へと舞う。
ミカエルはハーピー種レイパーへとアーツの先を向けると、スキルを発動させる。
ミカエルが限界無き夢から授かったスキルは、『マナ・イマージェンス』。
このスキルは、体内の魔力を爆発的に増加させる効果を持つ。
ミカエルは炎の攻撃魔法を使うが、その際、体の中のエネルギーを消耗する。一般的にこのエネルギーは『魔力』と呼ばれており、魔法を使えば使うほど無くなり、休息を取ることで回復していく。
ミカエルのスキルは、こういった休息を取らずとも、魔力を増やすことが出来るのだ。
ただし一度使えば、三十分はスキルの使用が出来なくなる。
ミカエルは増やした魔力も含め、全ての魔力をアーツに注ぎ込んでいた。
そして、敵の動きをしっかりと目で追う。
今はファムがハーピー種レイパーに攻撃を仕掛け、雅が加勢に驚きの表情を浮かべていた。
雅がリザードマン種レイパーを、ファムがハーピー種レイパーを引き受け、それぞれが必死に戦っている。
そして――
ファムが飛ばした羽根が、ハーピー種レイパーの目に突き刺さった。
痛みに悶えるハーピー種レイパー。そいつから距離を取るファム。
絶好のチャンスだ。
限界無き夢の先端の宝石が、一際大きな輝きを放った瞬間。
ミカエルの足元に、巨大な魔法陣が。
空中に、五枚の星型の赤い板が、それぞれ出現する。
ハーピー種レイパーが危険を察知したかのようにミカエルの方へと顔を向けるが、もう遅い。
今から撃つのは、ミカエル最大の魔法。人を巻き込んでしまうからと、普段は絶対に使わない魔法。
だが今の標的は、空中にいる。だから使える。
五枚の板が高速で回転し、その中心から、ビーム状の巨大な炎が放たれた。
ハーピー種レイパーが逃げる事など出来やしない。
ハーピー種レイパーがその炎に焼かれ、爆発四散したのと、ミカエルがその場にへたり込んでしまったのは、同時だった。
***
ミカエルの魔法に思わず息を呑んでしまったものの、すぐに雅は気を引き締める。
まだリザードマン種レイパーが残っているのだ。
激しく、叩き付けるように振り回されるサーベルをいなしながら、雅は隙を伺う。
若干大振りになったところを見計らい、バックステップでレイパーから離れると、彼女は突然、レイパーに背中を向ける。
雅の視線の先には、先程のミカエルの大魔法によって飛び散った、ハーピー種レイパーの体の一部。
否。その一部分に絡み付く炎だ。
その炎目掛け、雅は百花繚乱を振る。
炎とアーツが触れた瞬間、百花繚乱の刃先にも炎が纏わり付く。
セラフィのスキル『ウェポニカ・フレイム』を発動させたのだ。
彼女のスキルと同じように、武器に炎を宿すことが出来るが、雅版『ウェポニカ・フレイム』は、火種を必要とする。
炎を纏った百花繚乱は、斬れ味が増すのだ。これでレイパーにダメージを与えられる、雅はそう思った。
しかしそのためにレイパーに背中を向けたために、リザードマン種レイパーの接近を許してしまう。
無防備な背中目掛けて振り下ろされる、レイパーのサーベル。
だがそのサーベルが、雅を斬り裂くことは無い。
彼女は同時に、レーゼのスキル『衣服強化』も発動させていたのだから。鎧並の強度になった雅の体には、傷を付けることは出来ない。
攻撃が通じなかったレイパーの目が見開かれる。
瞬間、『衣服強化』のスキルを解除し、振り向き様にレイパーの顔を殴りつけて仰け反らせ、剣を引き、がら空きになった腹目掛けてアーツの切っ先を放つ雅。
が、リザードマン種レイパーは咄嗟にサーベルを捨て、白刃取りをするようにアーツの刃を掴み、直撃を避ける。
刃に纏った炎の熱で、レイパーの手が焼かれ、苦しそうな呻き声を上げる。
膠着状態になる雅とレイパーだが、雅の目はレイパーの背後に向けられていた。
そこには、レイパーに勢い良く接近するファムの姿が。
「ファムちゃんっ!」
「ミヤビっ!」
ファムはレイパーの背中に抱きつくと、そのまま空中へと飛翔し――高い所からレイパーから手を離す。
雅の頭上目掛け、垂直に落下していくレイパー。
雅は素早く百花繚乱をライフルモードへと変形させ、銃口をレイパーへと向ける。
刃に纏わり付いていた炎が、銃口へと吸い込まれていく。
引き金を引くイメージでグリップを強く握ると、炎を纏った桃色のエネルギー弾が、レイパー目掛けて放たれた。
「ガ、ガァァァァァアッ?」
エネルギー弾はレイパーに吸い込まれるように命中し、その体を焼き尽くしていく。
断末魔の叫び声を上げながら、空中でリザードマン種レイパーは爆発四散した。
肩で息をしながら、それを見届ける三人。
やがて、声にならない歓声を上げるのだった。
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