第212話『温抱』
時は少し遡り、午後五時十三分。
雅は、弁天橋を歩いていた。
丁度、橋の真ん中辺りだ。
優に怒られ、処置室を飛び出した雅。ぐちゃぐちゃになる感情を抱え、頭の整理が付かないまま辺りをうろちょろしていた彼女。自分がどこに向かっているかもよく分からず、実は橋を渡っていることも、まだ理解していなかった。
すると、
「あ、いた! ラティア! ミヤビがいたよ!」
突然聞こえたその声に、体が跳ねてしまった雅。
声のする方を見れば、そこにいたのは二人の少女。ファムとラティアだった。
ファムは白い翼をはためかせ、ラティアを抱えて空を飛んでいた。翼型アーツ『シェル・リヴァーティス』である。
「やっと見つけた。全くもう、探したよ」
「どうしてここが?」
「じーぴーえす、だっけ? それで、ここら辺にいるって分かってね。それで空から探したの。ミヤビの髪、ピンクだから分かりやすいかなーって思ったんだけど、意外と時間掛かった」
「あはは……。髪染めている人、結構いますしねぇ。GPSってことは、さがみんが教えてくれたんですか?」
「そうそう。聞いたよ。ユウと喧嘩したんだって? ユウも悪いことしたって反省していたから、一緒に戻ろう?」
「いや、それは……」
ファムの言葉に、雅はどもる。
どんな顔で優と会えば良いか分からず、正直、今優のところに戻っても、また彼女を怒らせてしまうような気がしていた。
「ユウと、仲直りしたくないの?」
「そんなこと無いですよ、勿論。でも、さがみんと揉めたの、久しぶりで……。いや、揉めたっていうか、私が悪いっていうか……」
「ウジウジした返事だね。全く、らしくないよ」
「う……」
痛いところ突かれた、と雅は唇を噛む。
ファムに言われるまでも無く、自分らしくないのは、雅も分かっているつもりだった。
「本当に、一体どうしちゃったのさ?」
「いや、うーん……」
言語化出来ないというのが、雅の正直な気持ちだ。
優と喧嘩することはあっても、こんな風に頭の中がグルグルして、モヤモヤした気持ちを持て余すことは今まで無かった。
今日は、他にも四葉と上手くいかなかったこともあり、ショッキングな死体もたくさん見て、雅は自分でも分からない内に、不安定になっていたのである。
そんな雅の様子に、ファムも困った顔になる。ファムの想像以上に、雅は重症だった。
「取り敢えず、どっか座って話そうか? いい場所ある?」
「座れる場所ですか? いや、この辺りには……」
「なら、適当に道端でいっか。あっちなら人も少なそうだし」
ファムはそう言うと、雅とラティアを連れて、橋を渡る。
数分後。
「あ、あの……これは?」
「え? 何? ミヤビ、こうされるの好きでしょ?」
道端に座らされた雅の膝にラティアが乗り、後ろからはファムに抱きつかれていた。
確かにこういうのは雅も大好物だが、状況が状況だけに、喜びより先に困惑が来てしまう。
人通りが少ないとは言え、誰かに見られるかもしれない気恥ずかしさも、珍しく雅は感じていた。
ただ、
「…………」
思わず、ラティアをギュッと抱きしめてしまう。背中のファムの温もりに、身を任せてしまう。
二人の匂いに包まれ、その心地良さに、雅の気持ちも少しだけ落ち着いてきた。
「……なんか、昔を思い出します」
ふと記憶が蘇り、思わず、そんな言葉が漏れてしまう。
「んー?」
「両親が亡くなった時のことなんですけど、凄く悲しくて、苦しくて……でもそんな時、さがみんがファムちゃんみたいに、後ろから抱きついてきて、慰めてくれたことがあったんです」
雅の両親は、雅が保育園の年中組――五歳だ――の時に、事故で亡くなった。車で山道を走っていた際、落石で車が押しつぶされてしまったのだ。
奇跡的に助かった雅も、二日間は意識不明。
目が覚めてしばらくは、両親がもういないことの実感が無かった雅だが、何日かして保育園に戻り、他の子達が親御さんに迎えに来てもらっている姿を見ていたら、そこでやっと、雅は自分の両親が死んだのだということを理解してしまった。
他の子を見ているのが辛くなって、物陰でひっそり、涙と嗚咽を漏らしていたが、優だけは、雅の異変に気が付いたのである。
「二人とも、ありがとうございます。ちょっと頭が冷えてきたかも」
「なら良かった。ねえ、どうしてユウと喧嘩になったの? 一応、シャロンから大体のことは聞いているんだけど、ミヤビの口からも聞きたいっていうか……」
「あー、じゃあ、私がさがみんに怒られたきっかけって聞いていますか?」
「まぁね。レイパーとの戦いに巻き込んでしまったことを謝って、それがユウは気に入らなかったんでしょ?」
「ええ。……気を付けていたんですけど、多分、私は必要以上に謝り過ぎたんだと思います」
「どういうこと?」
雅の言葉の意味が、ファムには分からなかった。ラティアも同じようで、二人は揃って頭の上に『?』を浮かべる。
当然のことだと、雅は思った。流石に説明を端折り過ぎてしまったと反省しつつ、考えを纏めるのに少しだけ無言になるも、やがてゆっくりと口を開く。
「二人とも、昔話をするので、ちょっと時間を下さい。――あれは、私達が九歳の時のことです」
話し始めた雅の脳裏に、かつての記憶が蘇ってくる――。
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