第211話『縫包』
気絶した希羅々を抱え、仲間の元へと向かうライナ。
その時だ。
「っ!」
ライナの目に、レーゼが足止めしているはずのピエロ種レイパーが、こちらへと走って来るのが見えた。
これはつまり、レーゼがやられたということだ。
ライナは、抱えている希羅々と、ピエロ種レイパーを交互に見る。
レイパーの邪魔をしようものなら、負傷した希羅々ごと攻撃される恐れがあるが、さりとて無視も出来ない。進行方向に邪魔者がいれば、素通りせず退かそうとする可能性も十分に考えられる。
そこまで瞬時に思考を巡らせたライナは、紫色の鎌、『ヴァイオラス・デスサイズ』を構え、スキル『影絵』を発動させた。
自分の分身を創り出すことが出来るこのスキルで、十人のライナを出現させると、彼女達を一斉にレイパーへと襲い掛からせる。
希羅々を庇いながらの戦闘では勝ち目は無い。分身で時間稼ぎをしつつ、希羅々を安全なところへと避難させるのが、ライナの狙いだ。
だが、
「速いっ?」
ピエロ種レイパーは無駄の無い動きで、群がる分身ライナ達の合間を通り抜けると、本体のライナの方へと走って来た。
こうなれば、身を呈してでも希羅々を守らなければ、とライナはアーツを構えながら歯を喰いしばる。
しかし、
「――えっ?」
ピエロ種レイパーは、ライナと希羅々の前で跳躍すると、彼女達を跳び越え、中央区へと走り去って行く。
ライナには知る由も無いことだが、レーゼとの戦闘で思わぬ時間を喰っていたレイパーは、さっさと優のところへと行きたかったのだ。
標的でも何でも無いライナと希羅々など、ピエロ種レイパーにとってはどうでも良いのである。
ただレイパーも、また邪魔される可能性は、一応考慮していた。
「……何これ? 雪? ……いや、綿?」
空からパラパラ降ってくる、白い綿を見て、ライナが怪訝な顔をする。
困惑していた彼女だが、それが突然、一か所に吸い寄せられ、巨大な塊になるのを見て、顔を強張らせた。
集まっていった綿は、形を変えると、現れたのは……全長三メートルもの、巨大な白い熊。
これはピエロ種レイパーが創り出した、レイパーと同じ力を持ったぬいぐるみだ。しかもミドル級並の巨体である。
ピエロ種レイパーは、呼び出したそれをライナ達にけしかけると、自身は優の元へと向かって行く。
突如現れたぬいぐるみに、近隣住民が気付き、悲鳴を上げながら逃げ始めた。
だが、ぬいぐるみは市民には目もくれず、無機質な目を、ライナと希羅々に向ける。
ヤバい、と直感したライナは、本能的に大量の分身ライナを呼び出して、ぬいぐるみへと襲い掛からせる――が。
ぬいぐるみは腕を一薙ぎして、分身ライナ達を蹴散らしてしまう。
そして、そのままライナと希羅々に踏みつけんと、片足を上げた。
その刹那。
全長二メートル程の投げ槍が飛んできて、ぬいぐるみの胸元に直撃した。
さらに続けて、ぬいぐるみの後頭部へと、ブーメランがヒットする。
二つの攻撃により、軽くよろめくぬいぐるみ。
「あなたっ! 大丈夫っ?」
「この近くに野球場があります! そっちまで誘導しましょう!」
ライナの後ろからそんな声が聞こえてきて、振り返ってみれば、そこには六人程の女性の姿があった。
全員、この近くに住んでいる住民、一般の大和撫子達だ。避難しようとした彼女達だが、襲われているライナと希羅々を見て、助けに来てくれたのである。
思わぬ助けに、ライナの顔も自然と明るくなる。
「すみません! この娘、どこかに匿って頂けませんかっ?」
「怪我をしているのね! 分かった! 半分はこの娘を避難所へ! もう半分はあいつの相手よ!」
住民の一人がテキパキと飛ばした指示の元、他の人達がすぐさま動く。
スムーズな行動に、ライナは舌を巻く。まるで統率の取れたバスターチームのようだった。
負けてはいられない、と、ライナはヴァイオラス・デスサイズを構え、気合を入れる。
「野球場って、どこですか? 私のスキルで気を引きます!」
「北西よ! 線路を超えた向こう側!」
「分かりました!」
ライナは返事をするやいなや、五人の分身ライナを呼び出して、ぬいぐるみの足元に向かわせる。
軽く攻撃はしているが、それらは全て、引っ掻き傷を付ける程度のもの。ぬいぐるみが鬱陶しく思う程度の威力だ。
ぬいぐるみは、足元でうろちょろする分身ライナを踏みつけ始めるが、逃げ回る分身ライナ達には当たらない。
分身ライナを踏みつけ、消したとしても、すぐに別の分身ライナが出現するため、数は減らない。
さらに、そこに住民達の飛び道具系アーツがぬいぐるみの頭部にヒットし、ぬいぐるみのイライラを煽っていく。
ぬいぐるみは、分身ライナ達を踏みつけることに夢中で、気が付かぬ内に、野球場の方まで移動して行った。
そして、ついに――。
「よし! ここまで連れてくれば、後は警察の大和撫子に任せましょう!」
「あなたも、早く逃げないと!」
ぬいぐるみを野球場まで誘導し終わった彼女達は、急いでその場を離れようとするが、ライナは首を横に振り、ぬいぐるみを睨みつける。
「皆さんは先に行ってください! 逃げる時間は、私が稼ぎます!」
「いや、だけど――」
「後で追いかけますよ! さぁ、早く!」
口ではそう言いつつも、ライナは実は、ここでぬいぐるみを倒すつもりだった。何故なら、警察所属の大和撫子は今、ピエロ種レイパーや人工レイパーの対処で手一杯だと知っているからだ。こちらに人員を割く余裕はない。
つまり、ここでライナが逃げてしまえば、誰もあのぬいぐるみを止める者はいなくなってしまう。派手に戦っても被害が少ないこの場所にいる今の内に、誰かがここできっちり倒さなければならないのだ。そしてその役目は、自分が負うべきだとライナは思っている。
ライナだって、表立って活動しないだけでバスターなのだから。
一般の大和撫子達は一瞬躊躇ったものの、すぐに避難していく。
ここに残ったのは、ライナとぬいぐるみだけ。
ライナの目が、ぬいぐるみの肩口に向けられる。
僅かだが、表面に穴が空いていた。ここに誘導する際に出来たものである。そこを集中砲火して、一気に敵の体をバラバラにすれば勝てると、ライナは踏んだ。
三十人以上もの分身を敵の弱所に送り込み、自身も鎌を構えてぬいぐるみへと突撃していく。
ぬいぐるみは腕を振り回し、襲い掛かってくる分身達を吹っ飛ばしていくが、突如、右足から力が抜けて、ガクリと体勢を崩した。
ぬいぐるみが分身の対処に集中させている間、本体のライナが膝裏を斬ったのだ。関節部分の強度は弱く、ライナが全力で斬りつけたことで、表面が破れ、中から綿が飛び出した。
さらに分身ライナ達が、肩口の傷へと群がり、鎌を突き刺して右肩を斬り落とす。
そこからどんどんとぬいぐるみを斬り裂いていき、あっという間に体をバラバラにして、無傷で残ったのは頭だけとなった。
このまま押し切れる、とライナが確信した、その刹那。
「っ?」
飛び出たぬいぐるみの綿が繋がって、無数の触手となり、激しくうねって分身ライナ達を絡めとっていく。綿で強く締め付けられ、捕らわれた分身ライナ達が次々と消えていった。
ライナがすぐに追加の分身を呼び出すが、それでも綿が分身ライナを倒す速度の方が早い。
「くっ……!」
ついには本体のライナにまで綿の触手が襲い掛かってきて、ライナはそれに対処するので手一杯になってしまった。最早スキルで分身を出す余裕も無い。
のたうつ綿は、ヴァイオラス・デスサイズで斬っても斬ってもすぐに新しい綿を紡ぎ、より強固な触手を作り上げてしまう。
頭が無傷だから、綿を操れるのだろう。ならばそこが損傷すれば倒せるはずだが、今のライナはそれどころではない。
このままでは、やられる。
ライナが歯を喰いしばった、その時。
突如、空から巨大なレイピアが飛んで来て、ぬいぐるみの頭を貫いた。
「これは……キララさんのスキルっ?」
貫かれたぬいぐるみの頭が裂け散り、辺りにうねっていた綿の触手が霧散する中、ライナは驚いた目で、レイピアが飛んできた方向に目を向ける。
遠くで、希羅々が他の大和撫子に支えられながらも、レイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』を構え、立っていた。
***
「あなた、無茶をするわね……」
「仲間が戦っているので。いつまでも寝てはいられませんわ」
遠くで、巨大な熊のぬいぐるみが消え去るのを眺めながら、希羅々は、自分を支える大和撫子の言葉にそう返す。
一般の大和撫子に引き渡された後、希羅々は意識を取り戻した。それから彼女達に状況を聞かされ、ライナの助太刀に来たのである。
無論、本調子ではない状態で近接戦闘などしようものなら、却ってライナの足手纏いになるのは分かっていたため、遠くから自身のスキル『グラシューク・エクラ』を発動し、巨大なレイピアを呼び出して、ぬいぐるみを撃破したというわけだ。
「おいしいところを持っていってしまいましたわ。システィアさんには、後で謝らないと。――うっ」
「あぁ、もう!」
ふと、クラリとした希羅々。慌てて、隣の女性が彼女を支える。
この二十分後、希羅々とライナは、負傷したレーゼを連れた愛理達と合流するのだった。
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