第210話『曲芸』
一方、真衣華が人工種ボンゴ科レイパーを引き付けている間に、負傷した希羅々を連れて逃げたレーゼとライナはというと、中央区を目指して北へと向かい、東区の新岩山まで来ていた。
丁度、線路が東西に向かって伸びている。白新線で、少し東に行けば駅もある。
「……っ! やった! ULフォンが繋がったわ!」
レーゼが歓喜の声を上げた。魔法による通話は未だに通じないが、これなら雅達に助けを求めることが出来る。
真衣華達が人工レイパーを倒したからだ、というのはレーゼには分からないことで、この時彼女は、電波妨害されているエリアを抜けたのだろうと思っていた。
「良かったです! これで何とかなるかも!」
「ええ、早速ミヤビ達に――って、あら?」
ここでレーゼには、愛理達からメッセージが届いていたことに気が付く。これは、彼女達がレーゼ達と連絡を取ろうとして、色々と送ってきたものだった。
「どうやら、セリスティアやアイリ達が、私達と合流しようとしているみたい。ここで待っていれば、助けが来るわ」
自分達の居場所を知らせるメッセージを愛理達に送った後、愛理達が送ってきた他のメッセージを確認して、眉を寄せる。
「ライナ。お面を着けたレイパーは、ある法則に則って殺人を行っているそうよ。次の標的は……ユウだって」
「ええっ? でも、ユウさんはアーツの調子が悪いんですよっ? 襲われたらひとたまりも……」
「いえ、もう襲われた。シア達が駆け付けて事無きを得たけど、その時にユウのアーツも完全に壊れて、レイパーも逃走中よ。ユウは、今は新潟市急患診療センターってところで治療を受けているわ」
「じゃあ、私達も早くそこに――」
「どうしたの、ライナ? ――っ!」
ライナが突然顔を強張らせたのを見て、その視線の先に目を向けたレーゼ。
そして、大きく目を見開く。
人型の生き物が、こちらに走って来ていた。
手首と足首だけが膨らんだ、細身のボディ。頭には、大きく曲がった二本の角。まるでピエロのような格好だ。
直接見たのは初めてのはずのレーゼだが、その生き物が火男のお面を被っているのを見て、すぐに奴が、自分達が元々探していた『ピエロ種レイパー』だと確信する。
「何であいつがこんなところにっ?」
「あのレイパー、アイリさん達が来て逃げたんですよね。多分、追手を撒くために遠くまで逃げて、十分時間が経ったから、もう一度ユウさんのところへ行くんだと思います!」
レイパーの迷いの無い走り方を見て、ライナはそう推理する。
レーゼは舌打ちをすると、腰から剣型アーツ『希望に描く虹』を抜き、構えた。
「ライナ! あなたはキララを連れて逃げなさい! 私があいつを足止めする!」
「……っ! 分かりました!」
一瞬レーゼを止めようとしたライナだが、今二人で戦えば希羅々を危険に晒すことになると理解し、頷く。
レーゼは防御系のスキルを持ち、さらに防御用アーツ『命の護り手』もある。しばらく待てば愛理達も合流するだろう。それなら殺される可能性は低いと判断したのだ。
「頼んだわよ!」
「はい!」
頷き合う、二人。
希羅々を担ぎ、逃げていくライナを尻目に、レーゼは大きく深呼吸すると、やって来るピエロ種レイパーの前に立ちはだかる。
剣を向けてくるレーゼに、ピエロ種レイパーも、彼女が自分の邪魔をするのだと理解し、足を止めた。
「デンコユフウト。ザミ」
「邪魔をするなら殺す、って言いたそうね。――やれるものならやってみなさい!」
レーゼがそう声を上げた直後、ピエロ種レイパーの顔を覆う、火男のお面の口から、火炎放射が放たれる。
勢いはあるが、直線的な軌道で迫る炎。レーゼが躱すのは難しくない。
体を逸らす程度の動きで炎を回避したレーゼは、流れるような動作でレイパーへと接近していく。
そして剣の攻撃範囲に敵を入れた瞬間、横に一閃、斬撃を放つ。
直後、ガキン、という、甲高い音が轟いた。
レイパーの手には、いつのまにやら刀身が湾曲した刀――シャムシールだ――が握られており、それでレーゼの斬撃を受け止めたのである。
無論、レーゼとて、自分の攻撃が防がれることなど想定していた。
レイパーが反撃の蹴りを放つのを、バックステップで躱してから再び接近し、素早く剣を振って、虹の軌跡を描きながら八連撃を繰り出す。
だが、レイパーはバク転や前宙といったアクロバティックな動きにより、紙一重のところでレーゼの斬撃を躱してしまった。
何となく、人を小馬鹿にしたような避け方に、レーゼは思わず舌打ちをしてしまう。
同時に、斬撃の後に出る虹で、次のレーゼの動作が見えにくくなっているはずなのに、それでも容易に躱したレイパーの身体能力に、心の中で舌を巻いてもいた。
とにかく攻撃を当てなければと、次の斬撃を放つために、レーゼが大きく踏み込んだ刹那――レイパーの姿が視界から消える。
だがすぐさま横から殺気が来る気配を感じ取り、レーゼは咄嗟に自身のスキル『衣服強化』を発動し、服の強度を高めつつ、右腕を上げると、そこに強烈な斬撃が直撃した。
レイパーが、レーゼの右側から、シャムシールで攻撃してきたのである。
ともすれば、腕が折れてしまうのではと錯覚する程のパワーだ。
続けざまに放たれていく、レイパーの斬撃。
レーゼは腕と剣を駆使して、何とかレイパーの斬撃を防いでいくが、彼女の顔は険しい。
レイパーの放つ斬撃が、読めないのだ。上から振り下ろされていた刀が、突如軌道を変え、左から襲ってくるのである。
レイパーが、レーゼの防御を見て対応しているのだ。
それ程までに、ピエロ種レイパーの剣術の腕前は凄まじいものだった。
このままでは、やられる。
そう悟ったレーゼは、敵の攻撃を腕で受け、わざと吹っ飛ばされて距離を離すと、希望に描く虹を腰に収め、両腕を上げて防御の構えを取る。
敢えて『攻撃を受ける』ことに集中し、敵の動きを見切ろうという狙いだ。
レイパーは、戦法を変えたレーゼを見て一瞬戸惑うが、それでもすぐにシャムシールを振りかざして飛び掛かってくる。
全神経を総動員させて敵の動きを読み、不規則な軌道の斬撃を、腕と足で防いでいくレーゼ。
一撃一撃が重く、スキルを使ってもレーゼの体には負担が掛かるが、先と比べればきっちり受けきれている分、精神的には楽だ。
しかし、レーゼの頬を汗が伝う。
斬撃を防ぐことに集中したことで分かったが、このレイパーの動きはアクロバティックなようで、意外にも隙が無い。
不用意に反撃しようとすれば、逆にその一瞬を突かれ、やられてしまう自分が明確にイメージ出来るのだ。
だが守ってばかりいても勝てない。僅かではあるが、レイパーの攻撃はレーゼの体力を削っており、どこかでリスクを取らねばならないだろう。
それでも、レーゼは焦らない。何故なら、中々倒れない彼女に、レイパーも苛立っているのが動きに表れていたからだ。
きっと、早く優を殺しに行きたいのに、自分が粘っているからだと、レーゼは推測する。
ならば、このまま防御を続けていれば、焦ったレイパーが自分を仕留める為に、必ずどこかで無理な動きをするはずだと、レーゼは確信していた。
レーゼが倒れるのが先か、レイパーが隙を見せるのが先か。
我慢比べが始まること、三十秒。
レイパーが斬撃を放ちながら、別の手で黒いジャグリングボールを取り出した瞬間に、レーゼの目が光る。
攻撃の合間を縫って、レイパーがボールを地面に落として大量の煙幕を発生させ、自分の姿を覆い隠す。
刹那、レーゼは自分の左側から、殺気を察知し――素早く腰に収めていた希望に描く虹を抜き、煙幕を吹き飛ばしながら斬撃を放つ。
迫っていたレイパーは、脇腹ががら空きだ。煙幕で目晦まししたが故に、攻撃を仕掛けるレイパーも油断したのだろう。
希望に描く虹が、吸い込まれるようにそこに向かう。
だが、
「っ?」
斬撃がレイパーに触れた時、違和感のある手応えに、レーゼの瞳が揺れる。
刹那、僅かな抵抗感と共に斬り裂かれたレイパーの胴体から、大量の綿が溢れ出てきた。
「人形っ?」
そこでレーゼは気が付く。今自分が斬ったのは、レイパーと同じ姿形をした人形だということに。
直後、背中に何かが触れたと思ったら、全身に電流が走る。
レーゼの背後には、レイパー。人形ではない、本物だ。気配を殺し、背後に移動していたのだ。
レーゼの背中に当てたのは、スタン効果のあるジャグリングボールである。
戦況が膠着した時、レイパーもどうやってそれを打破するか考えていた。
この短時間の戦闘から、レーゼは隙を見出せば、必ず攻撃に転じると判断したレイパー。煙幕と人形は、彼女に攻撃を誘発させるための餌だったのだ。
それにまんまと引っ掛かってしまったレーゼは、悔しさに歯噛みする。
彼女が『衣服強化』のスキルと、命の護り手を発動させたと同時に、レイパーの強力な蹴りがレーゼの背中に命中し、彼女を大きく吹っ飛ばした。
***
真衣華達が到着した時、そこにいたのは気絶したレーゼのみで、ピエロ種レイパーは既に立ち去っていた。
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