第207話『頼人』
時は少し遡り、午後四時四十二分。
愛理、志愛、セリスティアの三人は、逃げたピエロ種レイパーを探していた。
そう、『探していた』という過去形だ。
実は愛理達は、レイパーを捜索するのに、レーゼ達とコンタクトをとろうとした。しかし彼女達は現在、通信が阻害されているエリアにいるため、連絡が付かない。それを知らないセリスティア達は、何かあったのではないか、と心配になったのだ。
そこで優一に尋ねたところ、レーゼ達が久世浩一郎を発見し、捕獲に動いたという情報を得た。警察所属の大和撫子もレーゼ達と合流しようとしたが、人工レイパーに邪魔された、という話も聞いた。
さらには、レーゼが指示した倉庫は激しく争った形跡があり、久世もレーゼ達もいなかった、という確認も取れた。
ここから、愛理達や警察は、レーゼ達が久世に襲われ、逃走しているのではないか、と推測。
そういう訳で、愛理達は警察と協力し、レーゼ達を探すため、中央区二ツ山の外れに来ている。
ピエロ種レイパーの捜索は、他の警察に引き継いだ。こちらは狙いが優一人だとはっきりしており、敵の行動範囲も中央区だけ。人数の多い警察に任せる方が、発見しやすいと判断したのだ。
そして、探し始めて数分後。
「しかし、マーガロイスさん達を探すと言っても、一体どこを探せばよいのやら……」
「レーゼさん達と同じデ、こっちもULフォンで通信出来なイ。地図で自分達の位置が分からないかラ、迷ウ」
愛理と志愛が、困り果てた顔で弱音を吐く。志愛も愛理も、普段は移動に地図アプリを多用する人間だ。地図は開けても、妨害電波によりGPSで自分の居場所は分からない。そうなると、途端に方向音痴になってしまう。
だが、
「いや、当たりは付けられる。レーゼ達も、闇雲に逃げているわけじゃねーはずだ。多分、電波や魔法が通じるところまで行こうとすると、二ツ山の辺りからは出たがるんじゃねーの?」
セリスティアだけは、冷静な頭でレーゼ達の動きを推理し、愛理の出したウィンドウに広がる地図を眺めていた。
「北側に行ってんなら、誰かと合流している可能性は高い。でも今も連絡がとれねーってんなら、別の方角に向かったってことだ。そんで地図を見ると、南側は住宅が少ない。自分達が襲撃されても、近隣住民に被害が出ないように、こっち側に向かったのかもな」
「南側となると、江南区の辺りですか」
「ああ。レーゼ達も、派手に逃げているわけじゃないみたいだし、そこまで遠くには行っていないと考えると、まずはここら辺を探してみよう。ここからそんなに離れてもいないしな」
「タ、頼もしイ……」
感嘆の声を漏らす志愛に、セリスティアは僅かに口角を上げる。
「探し人の居場所が分からねーって事態は、何度も経験している。今回探しているのは、よく知った相手だし、行動の予測なんて朝飯前さ。地理は詳しくねーから、人が隠れそうな場所とかはお前らが教えてくれ。行くぞ!」
セリスティアの言葉に、愛理と志愛は強く頷いた。
***
それから、二十分後。
「ちっ。どこにもいねぇなぁ」
江南区亀田中島四丁目。丁度、栗ノ木川を挟んだ、新潟新津線とは反対側の通りにて。
周りを見回しながらも、セリスティアの舌打ちが響く。
「どうします? もう少し向こうに行ってみますか?」
「でモ、あっちは田んボ。流石ニ――ン?」
開けた場所では、隠れられるような場所も無い。故に、違うところを探さないか、と提案しかけた志愛の目が、不審な動きを捕える。
僅か一瞬だが、大きな動物が暴れていたような気がしたのだ。
豆粒よりも小さい姿。瞬きをした瞬間には、見失っていた。
流石に、何かの見間違いだろうと思った志愛だが、一応念のため、ULフォンのアプリを使い、遠くの景色を拡大してみる。
次の瞬間、志愛の目が大きくみ開かれた。
「――いタ! 真衣華ダッ! レイパーと戦っていル!」
「何だってっ?」
志愛が見たのは、人工種ボンゴ科レイパーを相手に、一人で戦う真衣華の姿。荒れ狂う人工レイパーの乱打を、二挺の片手斧型アーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』でひたすらに防いでいる。
完全に防戦一方で、今にもやられそうになっていた。
「シア! アイリ! 俺は先に行く! すぐに助けに来い!」
二人を抱えていては、真衣華の助けに間に合わないと判断したセリスティアが、志愛達の返答も待たず、自身のスキル『跳躍強化』を発動させ、弓なりに大きく跳んで彼女の元へと向かう。
同時に、セリスティアの両腕に嵌った小手が巨大化し、銀色の爪が生えてくる。
セリスティアのアーツ『アングリウス』だ。
「マァァァイカァァァッ!」
超特急で真衣華へと跳んでいくが、今まさに、人工種ボンゴ科レイパーの拳が真衣華のアーツを弾き飛ばし、無防備となった彼女に追撃をしようとしていた。
間に合え! というセリスティアの魂の叫び声が木霊したからか。
人工レイパーが声のした方を見たことで、一瞬の隙が生まれる。
その隙のお蔭で、人工レイパーの拳が真衣華に直撃するより早く、セリスティアが真衣華と人工レイパーの間に着地した。
ほぼ同時に、レイパーの拳が放たれ、セリスティアはアングリウスでその一撃を受け止める。防御用アーツ『命の護り手』も発動させ、襲い掛かる衝撃からも身を守るが、それでもセリスティアが一歩後ずさる程の威力だ。
なんというパワーか……と、セリスティアは冷や汗を流すと同時に、真衣華の助けに間に合ったことにホッとする。
人工レイパーは二撃目を繰り出そうとするが、拳を振り上げたタイミングでアングリウスの爪が人工レイパーの腹部にヒット。
軽く怯んだ隙に、セリスティアは真衣華の手を掴み、『跳躍強化』のスキルを発動させて大きく跳び退き、敵から距離を取る。
「セ、セリスティアさんっ? なんでここにっ?」
「それより、レーゼ達はどこだっ?」
「三人はもう逃げたよ!」
「それでマイカ一人だけで戦っていたのか! 色々話があるが、それは後だ! まずは奴をぶっ倒すぞ! アイリとシアもすぐこっちに来る!」
「二人もっ? う、うん!」
状況が呑み込み切れない真衣華ふぁが、とにかく助けが来ることは理解した。
弾き飛ばされたフォートラクス・ヴァーミリアを広い、スキル『鏡映し』を発動させて二挺に増やし、構える。
人工レイパーも姿勢を低くし、唸る。敵が増えて、警戒しているのだ。
一定の距離を保ったまま睨みあうセリスティア達と人工レイパーだが、先に動いたのはセリスティア。
スキルを発動させ、アングリウスの爪を向けながら、猛スピードで敵に突進していく。
少し遅れて、人工レイパーが角を向け、彼女を迎え撃った。
激しい音を立ててぶつかり合う、銀色の爪と、黒い角。
一瞬力が膠着したが、すぐにセリスティアの方が弾き飛ばされる。
「ちぃ!」
空中で素早く体勢を整え、上手く着地したセリスティアだが、自身の攻撃が効かないことに顔を歪めた。
自分の方が早く動いたのに、押し負けたのだ。原因は明らかに、パワー不足。
カームファリアでも痛感したが、未だセリスティアはそれを、改善出来ていなかった。鍛錬はしていても、レイパーのパワーには遠く及ばない。
どうする……と思っていると、
「はぁぁぁアッ!」
志愛が声を轟せ、人工レイパーへと飛び掛かる。遅くなったが、線路を超え、やって来たのだ。
志愛の手には、銀色の棍。先端は虎の頭を模した形状になっているそれは、彼女のアーツ『跳烙印・躍櫛』だ。
無防備な背中に棍の突きがヒットするが、浮かび上がった虎の刻印は、薄い。
毛皮が分厚く、威力が吸収されてしまうのだろう。以前戦った、人工種ゾウ科レイパーも、体には熊の毛皮を纏っており、同じように攻撃が効かなかった。あの時と同じだ。
カームファリアの時に発現した、不思議な力があれば、効いたのだろうか……と志愛は悔しさに眉を傾ける。
刻印がかき消えると同時に人工レイパーは振り向き、志愛へと腕を振るう。
だが、
「させん!」
人工レイパーの足に、鋭い痛みが走り、志愛への攻撃が中断される。
志愛に少し遅れて登場したのは、愛理。メカメカしい見た目の刀を持っている。彼女のアーツ『朧月下』だ。それで、レイパーの膝の裏を斬りつけたのである。
奇襲を受けた人工レイパーは怒りの咆哮を上げ、腕を滅茶苦茶に振り回すが、志愛も愛理もすぐにその場を飛び退いたことで、当たらない。
「橘! 遅くなってすまない!」
「人工レイパー……こいツ、久世の手下カッ!」
「二人とも、気を付けて! そいつ、凄くパワーがある!」
迂闊に敵の攻撃レンジに入れば、待っているのは激しい乱打。
フォートラクス・ヴァーミリアが頑丈だったから猛攻を凌げたが、そうで無ければ、真衣華はとっくにやられていただろう。
だが、言われずとも、志愛も愛理も、今の僅かな攻防で、敵の強さを理解していた。
額や背中に汗を浮かべ、アーツを構えながら、四人は人工レイパーを囲む。
しかし、誰も攻め込めない。敵の構えに隙が無く、タイミングが無いのだ。
どうする……と、誰もが状況の打破に頭を悩ませた、その時。
まるで隕石でも落ちてきたかのような勢いで、何者かが空から降って来る。
その人物は、全身に銀色のプロテクターを装着しており、真っ直ぐ人工レイパーの方へと向かってきていた。
人工レイパーは寸前でそれに気付き、その場を飛び退くと同時に、プロテクターを装着した人物が地面を抉り、着地する。
「ちっ、躱されたか……!」
撒きあがるコンクリートの破片の中、舌打ちと共にそう呟いた人物の胸元には、紫色のアゲラタムの紋様が光っていた。
彼女は、そう――本日雅と共に、火男のお面を着けたピエロ種レイパーと戦った人物。
浅見四葉だった。
評価や感想、いいねやブックマーク等、よろしくお願い致します!




