第206話『偶蹄』
一方、レーゼ・マーガロイス、桔梗院希羅々、橘真衣華、ライナ・システィアの四人。
火男のお面を着けたピエロ種レイパーを探していた彼女達は、途中で久世浩一郎を発見した。彼は人工レイパー――人間が変身する異形の化け物で、レイパーと同じ力を持つ生命体だ――になるための薬を創った人物である。
一度は希羅々の父、桔梗院光輝が経営するアーツ製造販売メーカー『StylishArts』を乗っ取り、何やら良からぬことを企んでいたのだが、その事件の後、姿を消していた。
警察やレーゼ、雅達が探していた人物。
それが偶然とは言え見つかったことで、捕まえるチャンスと思い、行動に移したレーゼ達だが、実はそれは久世の仕掛けた罠だった。隠れていた二体の人工レイパーに返り討ちにされてしまったレーゼ達だが、何とか隙を突いて逃走し、事態を仲間に知らせる為に移動中である。
レーゼ達が久世を見つけたのは、新潟市中央区山二ツエリア。そこから栗ノ木川を渡って東区に逃げたのだが、そこはULフォンによる通信、そして何故か魔法による通話も阻害されていた。
そういう訳で、彼女達は現在、雅達と連絡がとれるようにするため、人目を避けつつ南下して、江南区へと向かっていた。
人目を避けるのは、敵に見つからないようにするのもあるが、万が一見つかった際、他の市民への被害を防ぐ意味もある。そちらは田んぼが広がっており、民家が比較的少ない。
時刻は午後五時ジャスト。
逃走してから一時間程が経過し、周りは田んぼや畑がちらほら見えてきた。四人は丁度、北山跨線橋――信越本線の上を通る橋である――の辺りにいる。そこを過ぎれば、江南区だ。
しかし。
「駄目ね。ミヤビ達と繋がらない」
「通話の魔法も、応答無しです」
青髪ロングの少女と、銀髪フォローアイ――前髪で片目を隠す髪型だ――の少女が、力無くそう呟く。青髪の方がレーゼで、銀髪の方がライナである。
二人の言葉を聞いた、エアリーボブカットの少女は、難しい顔をした。彼女が真衣華だ。
「困ったね……。希羅々、ここからどうする? 東に向かえば、さっきの倉庫からは離れるから、電波妨害されているエリアは抜けられるかもしれないけど……」
真衣華の言葉を聞いた、ゆるふわ茶髪ロングの少女は、すぐには返答せず、小さく唸る。
「因みに真衣華、電波妨害の具合はどんな感じですの?」
「相変わらず繋がらないのは変わらないけど、若干マシになったかも。若干、ね」
真衣華は『若干』という言葉を強調する。正直、誤差レベルと言えなくもない違いしか無かったのだ。
真衣華の話し方で意図が伝わったからか、希羅々は眉間に皺を寄せる。
「このまま逃げても、埒が明きませんわね。もう電波妨害されているエリアを突破するのは諦めて、束音さん達と合流する為に北へ向かう方がよろしい気がしますわ。最も、束音さん達がどこら辺にいるのかは分かりませんが」
「中央区のどこかだろうね。少なくとも、江南区にはいないよ。……じゃあ、北に向かう?」
と、真衣華がそう提案した、その時。
ピクリと、ライナの眉が動く。
ほんの僅かだが、殺気を感じたのだ。何者が奇襲を仕掛けてくる時のような、息を潜めているが故の鈍い殺気である。
希羅々と真衣華、そしてレーゼは気が付いていない。隠密行動を主とするヒドゥン・バスターだからこそ気付けたものだった。
三人に伝えようと口を開きかけた刹那、ライナは見る。
真衣華の背後の茂みから、白い巨体が飛び出してくるのを。
歪な頭部の化け物――人工レイパーだ。久世の部下だろう。
頭からは捻じれた角が二本生えており、顔には茶色と白の縞模様がある。アフリカに生息する森の魔術師、ボンゴのような顔である。
一方、体は白に毛皮に、黒い斑点が見受けられ、こちらはまるでパンダだ。二体の生物を掛け合わせた、奇妙な見た目の人工レイパーである。
分類は『人工種ボンゴ科』といったところか。
「っ!」
人工レイパーが接近していることを、ライナ以外の三人も、ここでやっと知る。
レーゼ、希羅々の順番で気が付き、真衣華は少し遅れてしまった。背後から迫られたからだ。
ライナとレーゼが動き出すが、それより早く、人工レイパーは剛腕を振り上げ、真衣華を殴り倒す体勢に入っていた。
咄嗟に希羅々が言葉にならないような叫び声を上げ、真衣華を突き飛ばしつつ、人工レイパーと真衣華の間に割って入る。
同時に、人工レイパーのスマッシュが希羅々にヒットし、彼女を大きく吹っ飛ばす。
希羅々はライナとレーゼも巻き込み、三人一塊となって地面を転がっていってしまった。
「希羅々っ! 皆っ?」
突然のことに声を張り上げる真衣華だが、吹っ飛ばされた三人に気を取られている暇は、本当は無かった。
人工レイパーが、角を振り、第二撃を真衣華へと放っていたのだから。
しかし、その攻撃は、重い金属音と共に防がれる。
真衣華の手には、半月型の巨大な赤い斧が握られていた。彼女の持つ片手斧型アーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』だ。それを盾にして、角を弾いたのである。
それでも、攻撃による衝撃でよろめいてしまった真衣華。
そんな彼女に、人工レイパーは吠えながら、拳による乱打を放つ。
真衣華は自身のスキル『鏡映し』を発動。アーツを複製する効果があるこのスキルで、フォートラクス・ヴァーミリアを二本に増やし、それを盾のように扱い、何とか敵の攻撃の嵐を防いでいく。
両手が痺れ、足ももつれそうになりながらも、激しい攻撃に意識まで持っていかれまいと、真衣華は体に力を込める。
レイパーの背後では、吹っ飛ばされたライナとレーゼがヨロヨロと起き上がろうとしていた。
希羅々だけは、腕がピクピクと震えているだけだ。死んだ訳では無い。攻撃を受ける直前、防御用アーツ『命の護り手』を発動させていたため、何とか生きていたのだ。
だが、当たり所が悪かった。敵の拳は希羅々の頭にヒットしており、脳を揺さぶられ、意識も朦朧としている。とても戦えるような状態では無い。
そんな光景が飛び込んできて、真衣華は歯を食いしばった。
拳や角がアーツにぶつかり、辺りに響く嫌な音に眩暈を覚えながら、真衣華は腹を括る。
「二人とも……希羅々を連れて逃げて! こいつは私が引き受ける!」
「マ、マイカちゃんっ? 何を考えているのっ? 無茶だよ!」
必死で叫んだ真衣華に、ライナは顔を歪める。
戦況は、どう見ても真衣華が劣勢だ。ライナの勘は、レーゼと三人で戦って、やっとイーブンになるかどうかだと告げていた。
しかし真衣華は、即座に首を振る。
「二人が……二人が希羅々を守らなかったら、誰が守るのっ?」
「それは――」
「ライナ! マイカの言う通りにしましょう!」
言い淀むライナに、レーゼがそう声を掛ける。彼女は既に、希羅々の肩を担いでいた。
「キララがヤバい……。今三人で戦っても、この子を狙われたら守り切れないわ!」
「でも……!」
「私はマイカを信じる……。あなたも信じなさい! 北に向かうわよ! 中央区は、そっち方面だから!」
さっきの会話のこともあるが、真衣華がここに残り、希羅々が戦闘不能になった今、土地勘がある北の方が相対的に安全だと思ったレーゼは、そう指示した。
レーゼの言葉に、ライナは悔しそうに歯噛みする。
だが、希羅々の状態を見て、レーゼの言う通りにした方が良いと判断したのだろう。
ライナは小さく頷くと、希羅々の反対側の肩を担ぎ、その場を離れる。
人工レイパーは、逃げる三人を見て後を追おうとするが、その眼前に真衣華が割り込んだ。
二挺の斧を構え、かつてない程の気迫で睨んでくる真衣華に、人工レイパーは僅かに体を強張らせる。
「ここから先は……行かせない!」
自らを鼓舞するようにそう言うと、真衣華は人工レイパーに突撃するのだった。
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