第205話『恩返』
「ごめんなさい! 遅くなって……って、あら?」
「うぃーっす、ユウ……ん?」
雅が処置室を出ていってから、数分後。
鍔の広いエナン帽を被った、金髪ロングヘアーの女性と、薄紫色のウェーブ掛かったセミロングの少女がやって来た。
ミカエル・アストラムと、ファム・パトリオーラだ。
その後ろからは、前髪に癖のついている緑ロングヘアーの少女、ノルン・アプリカッツァがいた。さらに、ファムやノルンよりも幼い、美しい白髪の娘のラティアが、ノルンに手を引かれている。
入ってきた四人は、お通夜のような雰囲気を纏う優とシャロンを見て、首を傾げる。
「あの、ユウさん、シャロンさん? 何かあったんですか?」
「……みーちゃんと喧嘩した」
ノルンの質問に、死んだような声を返す優。
それを聞いたファムとノルンは、互いに目を合わせる。「え? マジで?」と、とてもでは無いが信じられないといった顔をしていた。
「本当なの?」
「喧嘩……まぁ、うむ。そうじゃのぉ……」
頭を抱え、溜息を吐く優の代わりに、シャロンが事の一部始終を説明し始める。
***
五分後。
「――と、言うわけじゃ。ところでお主ら、タバネとはすれ違わんかったか?」
「ええ。入り口から、凄い速度で走って出ていくのは見たわ。急用かしら、と思ったけど、そっか。そういう訳があったのね……」
声を掛けようとしたが、あっという間に姿が小さくなったのだ。チラっとしか見かけなかったため、様子がおかしいということには気が付けなかったのである。
「どうしよう……なんか途中から色々頭にきて、声を荒げちゃった。突き飛ばしたのは、絶対やり過ぎだったって……」
悪いのはこの手か、と言わんばかりに掌をベッドに叩きつけるが、柔らかいところでは痛くも何ともない。
気持ちは燻るばかりで、それが優をさらに苦しめた。
「さっさと謝って、仲直りすればよかろう」
シャロンの言葉に、ラティアがコクコクと頷く。ラティアもこの場の雰囲気から、状況をちゃんと理解していた。
「それが出来れば苦労無いのよ……。みーちゃんと喧嘩したの、凄く久しぶりだし……」
「えっ? そうなの? 意外……でもないのかしら?」
途中まで驚いた顔をしたミカエルだが、よく考えると、雅が女の子相手に声を荒げる姿が想像出来ず、妙に納得してしまう。
「うん。相手と分かりあうために、どうしても必要なら怒ることもあるけど、基本的には穏やかな子なのよ。だから、私がみーちゃんを怒ることはあっても、みーちゃんが私に怒ることって滅多になくて。だから喧嘩にならないっていうか……」
「でも、ないわけじゃないんでしょ? いつもはどうやって、元の鞘に戻っているの?」
「いや……その……喧嘩して最初に謝るの、決まってみーちゃんで……」
ファムの質問に、優は苦虫を嚙み潰したような顔をする。優は意地っ張りな方だから、自分から素直になるのが苦手だった。誰かからクッションを差し出してもらわねば、振り上げた拳が下ろせない人間なのである。
最も、高校生となった今は比較的改善している。だから、優も自分の気持ちを上手くコントロールして、行動に移す努力は出来るようになっていた。
だが、
「今回は私が言い過ぎたから、ちゃんと謝んないと……。でも、どうやって謝ればいいか分かんない……」
我ながら子供過ぎて、自分が嫌になる優。
「タバネも、出ていく前に『ごめんなさい』と言っておった。どのような形であれ、お主が仲直りの意思を見せれば問題なかろうて」
「どんな顔でみーちゃんに会えばいいか、分かんない」
「馬鹿者め」
呆れた溜息以外、何も出ないシャロン。
すると、
「シャロン。年頃の女の子はね、色々あるんだよ」
「儂も一応、竜の中では『年頃の女の子』じゃぞ?」
小生意気な顔で、何やら失礼なことを言うファムに、シャロンは半眼を向ける。
ノルンは、ファムの発言に苦笑いを浮かべていた。
ラティアでさえ、ファムの言葉に怪訝な顔を浮かべる始末だ。
だがミカエルだけは、ファムの発言に籠る、複雑な気持ちが読み取れた。
「まぁ、ユウはどうやってミヤビに謝るか、考えていなよ。ミヤビは、私が迎えに行くからさ」
「えっ?」
「ユウのところに連れていくよ、って意味。ミヤビ、今どこにいるの?」
「GPSだと、この辺り。うーん……なんかうろちょろしているから、行く当てが無くて彷徨っている感じがする」
「ここを出たら右にちょっと行った辺りだね。ラティアもいた方がいいか。一緒に行こ」
ファムはラティアの反応も待たずに彼女の腕を引くと、早足で処置室を出る。
だが、すぐに戻って来て、顔を覗かせたと思ったら、
「ちゃんと、ミヤビと仲直りするんだよー?」
悪戯っぽくそう言った。
「……分かっているわよ。ごめんファム、ラティア、お願い」
ファムはサムズアップをし、ラティアが後ろから顔だけ出して軽く頷くと、今度こそ雅を探しに行く。
そんな彼女の後姿を見て、ノルンは目を丸くしていた。
夏の暑い中、自ら進んで人探しを買って出るとは思わなかったのだ。ここに来る間も、ぶつくさ暑さに文句を言っていたくらいである。
「なんかファム、随分協力的。どうしたんだろう?」
「多分、恩を返しに行ったんだと思うわ」
「恩?」
「ファムちゃんも私も、ミヤビちゃんには大きな恩があるのよ」
ミカエルが思い出すのは、初めて雅と会った日のこと。
あの時、ファムとミカエルの間で起こったあれやこれは、実はノルンは薄らと悟っているだけで、ちゃんとは知らない。
「ファムちゃんがミヤビちゃんと話をしに行ったのなら、私はユウちゃんとお話しさせてくれないかしら。謝り方、一緒に考えてあげるわ」
「……すみません、助かります」
自分一人でどうにか出来ないのを情けなく思いながらも、正直悩んでいる優は、素直にミカエルの提案に頭を下げるのだった。
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