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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第24章 新潟市中央区②
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第204話『喧嘩』

 午後四時四十七分。


 紫竹山三丁目にある、新潟市急患診療センターの処置室に、白いムスカリ型のヘアピンを着けた、桃色のボブカットの少女――束音雅が飛び込んでくる。


「さがみん!」

「あぁ、みーちゃん! ごめんごめん、心配かけたね」

「タバネ、すまぬ!」


 処置室には、優とシャロンがいた。


 優は応急処置をしてもらったようで、頭や腕、足に包帯を巻き、頬にはガーゼが貼られている。


 それでも親友に笑みを浮かべられるくらいには、優は元気だった。


「こんな大袈裟な治療されたけど、体は大丈夫だから。でも結構派手に攻撃されちゃったから、経過観察で、後二時間くらいはここにいないとだって」

「無事でよかった……。シャロンさんも、大丈夫ですか?」

「うむ。儂は何ともない……と思う。奴に変な薬を嗅がされたから検査は受けたが、医者も儂の体は分からんと言われてしまった。サガミハラと一緒に、ここに経過観察中じゃ」


 竜の体は、人間とは構造が違う。簡易的な治療はならともかく、基本的には自然治癒に任せなければならない。


 ただ、元々ピエロ種レイパーの狙いは優だった。邪魔者を殺すとなると手間が掛かり、手早く無力化するのに眠り薬を使ったのだろうとシャロンは推測している。


 優の部屋に侵入されるまで、近くにいたことを察知出来なかったのも、殺気が無かったが故だ。


「愛理ちゃん達は、レイパーを探しているって聞きました。ミカエルさん達が、もうすぐここに来るそうです」

「うん。聞いてる。そう言えば、愛理から教えてもらったよ。あのレイパー、ダブルオーワードパズルに則って人を殺しているって」


 ダブルオーワードパズル。正式名称はオンリーワンスワードパズル。クロスワードパズルみたいなもので、『ゐ』と『ゑ』以外の五十音を全て一回だけ使って、マス目を埋めていくパズルだ。


「まぁ、こじ付けじゃろう。多分じゃが、奴は最初からサガミハラを狙っておったのじゃと思っておる」

「えっ?」

「カームファリアの宿で、奴は宿泊客の名簿を漁っていた形跡があった。獲物を選定しておったのじゃろう。そして奴はサガミハラとシスティアの部屋の前におった。ということは、あの時点でサガミハラを狙っていたのじゃ」


 その際、シャロンに邪魔されて優を殺し損ねたレイパーだが、獲物を諦めず、日本まで追ってきたのだろうとシャロンは言う。


「もしかすると、名簿を漁ったということは、あの時からレイパーはこのルールで人を殺すつもりじゃったのかもしれん。儂に見つかったせいで予定が狂ったから、こっちで再チャレンジしておる可能性もある。条件が合えば、儂も標的にされたかもしれんな」

「あ、そっか。シャロン・ガ『ル』ディア『ル』、で『る』が二つあるから、ダブルオーワードパズルには組み込めなかったんですね」

「他の人間を殺さぬところを見ると、パズルが完成するまで、サガミハラだけに狙いを絞っておるようじゃの。随分とこだわりの強いレイパーじゃ」

「またさがみんが狙われたら、戦う手段、無いんですよね?」

「霞が壊れちゃって……。一応、護身用に代わりのアーツは支給されているけど、これじゃどうにもならない。『命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)』も使ったから、後四十分くらいはこっちも使えないね」


 雅の言葉に何気無く答えた優。


 だが雅が唇を噛み締めたのを見て、優は何となくだが、嫌な予感がした。


 いつもの親友と、ちょっと様子が違う。そう思ったのだ。


「レイパーに襲われたせいで怪我をして……それに、霞も完全に壊れて……ごめんなさい、さがみん」


 深く頭を下げる雅を見て、優は自分の予感が当たっていたことを知り、眉を寄せる。


 この雅の態度は、何となく気に食わなかった。


「ちょっと、止めてよみーちゃん。みーちゃんが悪い訳じゃないんだし……」

「違う、悪いのは私です。さがみんがピエロのレイパーに狙われたのは、私の事情に巻き込んだからで……アーツが壊れた原因だって、元を正せば私のせいです」

「いや、別にそんなの関係なくない? 一緒に戦うって決めたのは私なんだし」

「いや、でも――」

「『でも』って何よ」

「お、おい二人とも……」


 空気が段々おかしくなってきて、見かねたシャロンが止めに入ろうとするが、時既に遅し。


 雅も優も、もう止まらない。


「私が浅はかだったんです! さがみんがこんなことになるなんて、分かっていなかった! ちょっと考えれば分かったはず……いや、本当は気が付いていたんです。前に久世にアーツを奪われたあの日、それに気が付いたはずだった! でも私は自分の目的を優先して――」

「それの何が悪いのよ! 少なくとも、私達は……私は、危険を承知でみーちゃんの隣に立つことを選んだの! 今更何を言っているのよ!」

「私、さがみんには、こんな目に遭って欲しく無かった……!」

「レーゼさんやライナさん、それに愛理達だって危ない目に遭っているじゃん! 何で私だけ除け者みたいに……みーちゃんの馬鹿!」


 その言葉の直後、雅の胸元に強い衝撃が襲い掛かり、尻餅をついてしまう。


 優が、雅を突き飛ばしたのだ。


「こ、こりゃサガミハラ!」

「――っ!」


 シャロンに怒鳴られ、優は自分の今の行動を理解し、ハッとする。


 ヤバい、と雅を見て口を開く優だが、どう声を掛ければ良いか分からず、そのまま固まった。


 雅も自分の胸に手を当て、小刻みに震えている。


 俯いて表情は見えないが、涙を堪えているらしいのは、優には何となく分かった。


 シャロンが雅の元に向かうのが、優にはやけにスローリーに映る。


 体感一時間以上にも感じた、僅か数秒後。


「…………ごめんなさい」


 雅は俯いたまま小さくそう吐き出すと、走って部屋を出て行ってしまう。


 大きな音を立ててドアが閉まるのを、優はどこか遠くの出来事のように感じていた。


「お、おいタバネ! ――サガミハラっ?」

「…………やっちゃった」


 優はベッドに座り込むと、自分の発言を後悔するように頭を抑えるのだった。

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