第203話『大破』
八月十五日水曜日。午後四時七分。
新潟市中央区紫竹山、新潟バイパス付近にて。
黒髪サイドテールの少女、相模原優は、窮地に立たされていた。
倒れた優へと迫るのは。手首と足首だけを膨らませた細身のボディで、大きく曲がった二本の角を生やしたレイパー。『ピエロ種レイパー』である。
レイパーの顔には、ほっかむりを被り、口を窄めた男の仮面――火男のお面が着いていた。
レイパーが手に持っているのは、いつもなら優が使っているはずの、メカメカしい見た目をした弓型アーツ『霞』。敵に奪われ、丸腰となった優に、レイパーはアーツで止めを刺そうとしていた。
だが、攻撃する寸前で霞は煙を噴いた、というのが今の状況である。
「トテッ?」
番えていたはずの、濁ったように黒ずんだ矢型のエネルギー弾が霧散したのを見て、レイパーは驚きの声を上げる。
再び弦を乱暴に引くが、霞はうんともすんとも言わない。
「マイジソノゾタハゾレバケゾ! ヘモノトレ……!」
レイパーは苛立つように、アーツを放り投げると、どこからともなくジャグリングボールを三つ取り出す。アーツの代わりに、これで優を殺すことにしたのだ。
赤・黄・黒の三色のジャグリングボールの内、赤色のボールを優へと投げつける。
剛速球で迫るそれを、優に避ける術は無い。
「っ!」
優が咄嗟に防御用アーツ『命の護り手』を発動させるが、ジャグリングボールの爆発の威力に吹っ飛ばされ、電柱に背中を強く打ち付け崩れ落ちる。
ピエロ種レイパーは倒れた優に止めを刺さんと、もう一つ赤いジャグリングボールを振りかぶった。
その刹那。
「はぁぁぁアッ!」
そんな声と共に、レイパーの右側から誰かが飛び出てくる。
ツリ目に、ツーサイドアップの髪型の少女……優の友人の、権志愛だ。
手には、全長二メートル程の銀色の棍。先端は、紫水晶を加えた虎の頭を模している。志愛のアーツ『跳烙印・躍櫛』だ。
優にばかり気を取られていたレイパーの胸部を、志愛は思いっきり棍で突く。
その衝撃で数歩後退させられるレイパー。棍で突かれたところには、紫色の線で、虎の刻印が刻まれていた。
本来ならこの刻印がレイパーの肉体を破壊するのだが、ピエロ種レイパーは体に力を込めると、その刻印をあっという間にかき消してしまう。
「優ッ! 大丈夫カッ?」
「志愛……ありがとう!」
棍を構え、油断なくレイパーを睨みつけながら、志愛はゆっくりとレイパーの周りを移動する。
一瞬の間。
だが次の瞬間、レイパーは志愛へと黄色いジャグリングボールを投げつける。
志愛はそれを最小限の動きで躱し、一気にレイパーへと接近すると、レイパーの体に連続で棍を叩きつける。
レイパーに殆どダメージは無く、返しの蹴りが放たれるが、志愛は軽やかなバックステップでそれを回避する。
睨みあう両者。
すると、
「いました! あそこです!」
「しゃぁ! まだユウが無事だ!」
「すまん! 遅れた!」
三人の少女が駆け付ける。
背の高い、三つ編みの少女は篠田愛理。
愛理を背負い、猛スピードでやって来る赤毛の女性は、セリスティア・ファルト。
腕が鱗に包まれ、尻尾や翼を生やした少女はシャロン・ガルディアルだ。
ピエロ種レイパーは、集まってきた優の仲間達を見ると、小さく首を横に振った。
「グボヨウレモ。レコソセマル」
そう呟くと、ピエロ種レイパーは優を指差す。
「ロナジコノマアヘテレム。ハイコジ、ヒレヂレテビウボレレ。――サガミハラ、ユウ」
自分の名前を呼ばれたことで、優の背中に悪寒が走る。
彼女の顔が青褪めたことで、満足したのだろう。
ピエロ種レイパーは、地面に黒いジャグリングボールを叩きつけ、大量の煙幕を発生させる。
「この……!」
シャロンが怒りのままに翼をはためかせて煙を払うが、ピエロ種レイパーは、もう姿を消していた。
「ちぃっ! どこ行きやがった?」
「隠れておるのじゃろうが、気配を上手く隠しておるのぅ。儂の鼻も効かん……!」
「とにかく、病院と警察に連絡しましょう」
辺りを警戒するセリスティアとシャロン。愛理は、志愛に肩を貸されてヨロヨロと立ち上がる優に、険しい顔をする。
命の護り手で防御したものの、爆風で大ダメージを受けてしまった優。頭から血を流しており、今や気合と根性で立ち上がっているという状態だ。
愛理は手早く連絡を済ませ、最後に優を一番心配しているであろう人物――束音雅だ――へ電話を掛ける。
ワンコールの途中で、雅は出た。
『愛理ちゃんっ? さがみんは――』
「心配するな束音。彼女なら無事だ。だが」
『え? な、何があったんですかっ?』
愛理は苦い顔で、地面に投げ捨てられた霞を拾い上げる優を見つめる。
煙を上げていたアーツは、事切れたように大人しくなっていた。
「霞が……相模原のアーツが、おじゃんになった」
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