第23章閑話
時は、雅達がカームファリアを発った日。
八月十一日土曜日午後十一時三十七分。
ここはカームファリアの北にある国、ナリア。
そんなナリアの東エリアには、遺跡がある。かつて雅が訪れ、魔王種レイパーと初めて相まみえた、ガルティカ遺跡だ。
かつては観光地として有名だったこの遺跡も、今は地面に巨大な穴が空いている。雅達がここに来た際、遺跡の地下から巨大な島が浮遊したことが原因だった。
今は真夜中なこともあり、全くと言って良い程に人気が無いこの場所に、三つの影がやって来る。
内二体は、和洋の異なる鎧を着こんだレイパーだ。愛理とセリスティアに大怪我を負わせた、侍種レイパーと騎士種レイパーである。
そして侍種レイパーの手に抱えられているのは、生まれたばかりの赤子のような姿をした、真っ黒い人型の生き物。
雅達が『レイパーの胎児』と呼ぶ生き物だ。
先日、カームファリアで大暴れしていたレイパー達が、何故ここにいるのか。
それは、カームファリアで見つけた『ある物』を追いかけてきたからである。
丁度、希羅々やファム、ラティアを見つけ、殺そうとした時のことだ。白い光球が、上空を飛んで行った。このレイパー達は、それを追って来たのである。
白い光球はレイパー達から逃げるように飛び回っていたのだが、ここに落ちたのを、レイパー達ははっきりと目撃していた。
意気揚々と白い光球が落ちたところへと向かうレイパー達。
地面に出来た大きな穴の近くにそれはあった。眩かった白い光は、身を隠すように、ほんのりとしたものになっている。それでも真夜中であれば、見つけるのは容易だった。
だが、騎士種レイパーがそれを拾い上げると、怒りを溢れさせるように、ワナワナと震え始める。
「マイソ……テヒカタジソトレモ!」
白い光球だと思っていたそれは、ただの石ころ。
吠えるような声を上げた騎士種レイパーは、それを思いっきり地面に叩きつける。
一体どこで入れ替わったのか。いや、そもそも最初から偽物だったのか。
確かに言えるのは、このレイパー達は白い光球に、まんまとしてやられた、ということである。
地面に打ち付けられた石ころが、無残な音を響かせ砕けた。
その刹那。
低く唸るような声が、騎士種レイパーの背後から聞こえてくる。
それが、レイパーの胎児の声だとすぐに分かった騎士種レイパーは、慌てて振り向くと、その場で跪く。
侍種レイパーは既に、レイパーの胎児を地面に降ろし、土下座の恰好をしていた。
「カ、カルヘヨミロエコヒヤ、ヨボロウデ! ラ、ラヲウヘ――」
騎士種レイパーは、まるで許しを請うようにそう言ったが、それを遮るように、レイパーの胎児は大きな声を上げて泣き始めた。
刹那、二体のレイパーの背後の地面に、巨大なクレーターが出来る。
何かが衝突して出来たようなものでは無い。信じられないことだが、そこにあった土が『まるごとごっそり消え去った』ことで出来たクレーターだ。
震えながらも、必死に頭を垂れる侍種レイパーと騎士種レイパー。
弱々しい赤子のようなレイパーの、まさに癇癪のような行為。にも関わらず、その所業に、この二体のレイパーは明らかに恐れをなしている。
レイパーの胎児が泣き止んだのは、それから約一時間後。
その頃には、辺りの地面は様変わりしていた。まるで流星群でも落ちてきたかのように、ボコボコの状態になっていたのだ。
それでも、レイパーの胎児の癇癪が収まったことに、二体のレイパーはホッと胸を撫で下ろすと、レイパーの胎児を抱え、その場を立ち去るのだった。
誰も訪れないが故に、遺跡でこんなことがあったことは、八月十五日現在でさえ、誰も知らない。
***
時は、八月十三日月曜日。午後八時四十二分。
新潟県警察本部、科捜研にて。
部屋には、髪を肩口辺りで綺麗に切りそろえた女性が一人。優の母親の優香がいる。
作業机の上には、今時珍しい箱型のコンピューターが置かれていた。
先日、レーゼ達が三条市下田地区に行った時のこと。里山の奥で、久世がアジトにしていたログハウスを見つけた。そこを調べたところ、フロッピーディスクを入手したのだ。
その後、人工種のっぺらぼう科レイパーとの交戦で、そのフロッピーディスクは破損してしまったのだが、それでも久世への数少ない手掛かりだ。
レーゼ達が命辛々になりながらも持ち帰ってきたそれを、優香は様々なコネを使って何とか修理してみたのである。
この箱型のコンピューターは、修理したフロッピーディスクを読み取るためのものだ。フランスのとあるマニアが、偶然コレクションしていたため貸してもらったのである。「何とかする」と格好つけた優香だが、正直望み薄だったので、見つかった時はホッとするよりも先に本当に驚いた。
修理が成功したかどうかは、このコンピューターがフロッピーディスクを読み取れるかどうかに掛かっている。
一度深呼吸し、手を合わせて「どうか上手くいきますように」と呟いてから、優香は恐る恐るコンピューターにフロッピーディスクを読み込ませた。
一度読み込めれば、データをコピー出来る。この一回だけで良いのだ。
古いパソコンかつ、フロッピーディスク自体も一度物理的に破損したもの。故に、読み込みに相当な時間を要したが――フロッピーディスクのフォルダが開いたことで、優香は奇声を上げてガッツポーズをとる。
早速中を見た優香は、首を傾げた。
「これは……報告書が一つだけ?」
容量が少ないから、多くの情報を得られるとは思っていなかったが、それにしたってもっと他に色々あると期待していた優香。
最初からこれしか入っていなかったのか、破損した際にデータが吹っ飛んでしまったのか……どちらにせよ、少しがっかりしてしまう。
だが、手掛かりは手掛かりだ。データが開ける内に急いでファイルをコピーしてから、中身を確認して――優香は、今度は盛大に舌打ちする。
残念ながら、報告書は文字化けしていた。優香の頑張りは、まだまだ続きそうである。
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