第23章幕間
レーゼ達が倉庫から逃げ出してから、程無くして。
「……随分と派手に荒らしてくれたものだな」
砕かれた屋根の残骸の山を見ながら、黒いスーツを着た、五十代程の男性――久世浩一郎は呆れたような声を出す。
あわや瓦礫の下敷きになるところだった彼だが、寸前で人工種リス科レイパーに助けられ、事無きを得ていた。
服に着いた汚れを手で払いながら、久世は辺りを見回す。当然ながら、レーゼ達はもう逃げた後だ。
軽く鼻を鳴らすと、久世の視線が、その場にいたもう一体の人工レイパー……人工種蛇科レイパーの方へと向けられる。
「放っておくには厄介な娘達だ。出来れば始末してもらいたい」
その言葉に人工レイパーは軽くお辞儀をすると、その姿がぐにゃりと歪み、人間態に戻る。
その人物は空中で指をスライドさせると、ウィンドウを呼び出す。この一帯には通信妨害の電波を流しているが、当然ながら、久世達のULフォンには効果が無いように細工されている。
人工種蛇科レイパーに変身するその人物が、何やらメッセージを打ち込み始めるのを見て、久世は目を閉じ、小さく息を吐く。
「君自身が向かう方が確実だと思うが、部下を使うつもりか? 正体を知られたくないのは分かるが、随分と慎重だな」
嫌味のつもりで言ってやったのだが、人工種蛇科レイパーの人間態にはいまいち通じなかったのか、曖昧な笑みを浮かべられてしまう。
久世はこの人物には度々イライラさせられるのだが、強力な力を持つだけに邪険にも出来ず、正直なところ、悩みの種になっていた。
「……君自身が動く気が無いのなら、計画を少し早めようか。異世界の地に、我々の欲する力があるという確かな情報を得た。彼女達も警察も、そろそろ我々の目的に気が付いてもおかしくないところまで来ている。対策をされる前に動きたい。決行は三日後だ」
そう言うと、久世達はその場を後にする。
警察が到着したのは、それから十分後のことである。
***
一方、愛理の連絡を受けた雅と伊織はというと、新潟県立図書館の周辺にいた。中央区の女池町にある図書館で、鳥屋野潟という湖がすぐ側に見える所だ。
レイパーの標的の一人と推測された『江西保美弥』という人物は、この図書館の職員だと分かったのだ。二人は偶然近くにいたため、訪れたというわけである。
だが、
「……遅かったっすね」
図書館に行き、件の江西保美弥を呼び出してもらったのだが、やって来る気配がない。嫌な予感がした二人が辺りを探したところ、裏手の茂みの陰で倒れているのを発見した。
全身を焼かれ、顔は幼子のようになっており、側にはマス目の書かれた紙が置かれている。間違いなく、ピエロ種レイパーの仕業だ。
死体の状態からみて、雅と四葉がピエロ種レイパーと戦った時よりも前に殺されたと推測された。見え辛いところで倒れていたため、誰も気が付かなかったのである。
「愛理ちゃんの推理、当たっていましたね……。じゃあやっぱり、あのレイパーはさがみんを……」
雅はそう言って唇を嚙み締めた後、空中で人差し指をスライドさせ、ウィンドウを呼び出す。
優にレイパーを警戒するよう連絡をしたが、繋がらず。メッセージも送ったが、既読マークが付いていない。GPSも、どうも感度が悪いのか、上手く優の居場所が表示されなかった。
電話やメッセージに気が付いていない、という可能性もあるが、もしや何かあったのでは……と、心がざわつく雅。
すると、ピコンと音が鳴り、雅にメッセージが届いたことを知らせる。
愛理からだ。雅の不安は増々高まり……メッセージを見て、雅は大きく目を見開く。
「い、伊織さん! あのレイパーが、さがみんのところに出たって!」
「やべぇっすね……。とにかく、向かうっす!」
言うが早いか、伊織と雅はバイクのところまで走り出す。
優一には連絡を入れてあるから、もうすぐ警察がやって来るだろう。本当はその時までここにいるべきなのだろうが、そうも言っていられない状況だ。
バイクに飛び乗った二人。雅の先導の元、優のところまで走り出す。
「優ちゃんも心配っすけど、もう一人の標的の『あべきょうこ』さんのことも心配っす……。ミカエルさん達が探して保護しに行ってますけど、守れるっすかね?」
何せ、苗字と名前の読み方しか分からないのだ。『あべ』も『きょうこ』もよくある苗字と名前である。場合によっては、複数人いる『あべきょうこ』を守らなければならないのだ。戦力が分散するから、警護も手薄にならざるを得ない。
しかし、雅は悔しそうな顔で首を横に振る。
「いや、多分『あべきょうこ』さんも殺されていると思います」
「ええ? なんでっすか?」
「多分ですけど、あいつは元々さがみんを殺すために日本まで来たんじゃないですかって思うんです。あいつ、カームファリアでさがみんから結構な一撃を受けたから、その仕返しをしに来たんでしょう。パズルにさがみんの名前が入っているのは、偶然じゃない。あれを完成させる最後のピースに、さがみんを選んだのかも」
「あのレイパーが優ちゃんを狙った時点で、他の標的は殺し終わっているってことっすか?」
伊織の言葉に、雅は頷く。
「家にいるところを狙った時点で、とっくの前にさがみんの居場所を掴んでいたはずです。でも、今日まで襲いに来ることは無かった。いつでも襲いに行けたのに、そうしなかった。なのに、パズルの途中でさがみんを襲うとは思えない」
雅は拳をグッと握りしめる。
雅は自分を悔やんでいた。何故自分は、こうなることを予想出来なかったのか。レイパーと積極的に戦えば、いずれこのような事態になるのは、少し考えれば分かったはずなのに、と。
優は親友だ。ならばこそ、『レイパーを全滅させるための仲間』に、彼女を加えるべきでは無かった。寧ろ遠ざけるべきだったのだ。
「……私、最低だ」
気が付けば、雅は小さくそう呟き、涙を零していた。
せめて、どうか優が無事でいて欲しいと願いながら。
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