第201話『妨害』
人工種蛇科レイパーと人工種リス科レイパーに追い詰められていく四人。
四人は一か所に集まり、左右から二体の人工レイパーが迫ってくる、という状況だ。
その時レーゼは、希羅々と真衣華に目で合図を送る。
二人が控えめに頷くのを見て、自分の意図が正しく伝わったと理解したレーゼは、遠くで戦況を眺めている久世へと視線を向け、口を開く。
「こんなところで、何をするつもりだったの?」
「答える義務は無いと思うのだが……。それより、質問なんてしている余裕はあるのか?」
「あなたこそ、私の質問に気を取られている余裕はあるのかしら?」
「……何?」
久世が眉間に皺を寄せた、その刹那。
突如、天井が砕けた。
実はこっそり、ライナは自身のスキル『影絵』を発動し、屋根に五人の分身を創り出していた。
先程希羅々が『グラシューク・エクラ』で大きな穴を開けたことで、脆くなっていた天井。それを、分身ライナ達が広げたのである。
上から落ちてくる、大量の瓦礫。
二体の人工レイパーが久世を庇ったり、自身に降り注ぐ瓦礫に気を取られたりしている間に、レーゼ達四人は急いで倉庫から逃げ出すのであった。
***
十分後。
倉庫を出て東へと逃げたレーゼ達は、栗ノ木川を渡る橋の下に身を隠していた。
「……奴らは撒けた?」
「周りにちらほらと人の姿がありますね。少ししたら捌けるでしょうから、そうしたらここから離れましょう」
辺りの様子をこっそり伺いながら、ライナはそう答える。
レーゼは目を閉じると、深く息を吐いた。
「……ごめんなさい。私が迂闊だった」
「いえ、二体の敵が潜んでいることを見抜けなかった、私の――」
「いえ、違うわ。そもそも、あれ自体が罠だったのよ」
そう言いながら、レーゼの拳に力が籠る。
「おかしな点が二つあるわ。まず一つ。私は警察にも来るように要請したの。でも、一向に来る気配が無い」
「あ、そう言えば、そんなこと言っていたね」
倉庫に突入する前に、レーゼから見せられたウィンドウのことを思い出す真衣華。
レーゼは頷くと、空中で人差し指をスライドさせ、ウィンドウを出現させる。
そこに映し出されたのは、一枚の画像だ。
「おかしいなって思ったら、こんな事態になっていたわ」
「んーと? 何々……あれ? これって大和撫子が、レイパーと戦っている?」
「いえ、真衣華。小さくて分かりませんけど、これは人工レイパーではありませんの?」
希羅々が指差したところをよく見れば、確かに警察所属の大和撫子が戦っているのは、頭部が歪な形状をした相手だ。人工レイパーの特徴に合致する。
「今はもう電波を妨害されて通信が出来なくなっているけど、連絡が来ていた。他の道から向かっていた警察も、別の人工レイパーに足止めを喰らっていたらしいわ。……クゼの対処が早すぎる。あらかじめ準備していたとしか思えない」
「え? どういうこと?」
「私達がクゼを見つけたんじゃないのよ。クゼが、私達の前に現れたんだわ。そうすれば、私達が絶対に無視出来ないから」
「しかしマーガロイスさん、久世は、どうしてそんなことを?」
「それが、おかしな点の二つ目に関わるのよ。クゼはどうして、人工レイパーを二体も使って私達を始末しに来たのかしら? ……前に襲ってきた、のっぺらぼうの人工レイパーはどこ?」
七月二十六日。丁度、レーゼ達が久世の手掛かりを求め、三条市の下田地区にあるログハウスへと訪れた時のこと。
レーゼ達は、三体の人工レイパーに襲われた。二体は倒したが、一体はこてんぱんにやられてしまい、危うく殺されるところだったのだ。そいつがのっぺらぼうの人工レイパーである。
「前に奴と戦った時、私とセリスティア、アイリとシアの四人がかりでも手も足も出なかった。今回だって、人数は同じよ。私達相手に、わざわざ二体も人工レイパーを用意する必要は無い。あいつ一体いれば十分なはず。……何故姿を現さない?」
そう言ってから、自分の言葉を否定するように、レーゼは首を横に振る。
「恐らく、別のところで何かをやっているのよ。それを邪魔させないように、クゼが私達を足止めしたんだわ。あわよくば始末したいって思っていたのね。問題は、のっぺらぼうの人工レイパーが何をしているのか、だけど……」
「……あっ」
その言葉で、ライナはレーゼの言わんとしている意味を理解し、小さく声を上げた。
久世が姿を見せるリスクを冒してまで自分達を足止めしにきたのは何故か。
そもそも久世を見つける前、自分達は何をしていたのか。
その二つを繋げたら、自ずと答えが出たのだ。
「私達は、ミヤビ達が逃がしたレイパーを探していた。クゼはそれが不都合だったのよ。だからわざわざ邪魔しに来た」
そこまで言うと、希羅々と真衣華も分かったようで、目を見開く。
レーゼは強く頷くと、再び口を開いた。
「あのお面を付けたレイパーを、クゼも――のっぺらぼうの人工レイパーも追っているんだわ」
「い、いやレーゼさん? でも、どうして?」
「倒すためでは無い、というのは間違いないでしょうね。それなら私達に泳がせておけばいい。恐らく、目的は――」
そう言いかけたところで、レーゼは言葉を切って首を横に振る。
「私の予想なんて後にしましょう。今は取り敢えず、ミヤビ達や警察に、今のことを伝えるのが先決だわ。――ライナ」
「はい。あの人が向こうに行ったら――よし、これで誰もいない。今なら大丈夫」
「よし、キララ、マイカ。とにかく、電波妨害されているエリアを抜けたい。ここら辺の地理は疎いから、案内は任せたわ」
「それだけど、二人は通話の魔法が使えるんじゃないの? それで連絡は出来ない?」
そう真衣華が尋ねるが、レーゼとライナは困った顔をする。
「それが……どうも通話の魔法も妨害されているの。クゼに見つかった時点でULフォンの電波を妨害されるのは予想していたけど、こっちは完全に想定外よ」
「一応、ジャミング用の魔法というのは存在するんですけど、使い手なんて少ないんです。しかも、影響を及ぼす範囲なんて狭いのに、一体どうやって妨害しているのか見当も付きません。ミカエルさんなら、もしかして何か分かるかも」
「まぁそこら辺の謎は、この窮地を突破してから考えましょう。皆、行くわよ」
レーゼの言葉に、三人は頷くのだった。
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