第197話『協弱』
マグナ・エンプレス。
これが、浅見四葉の纏うアーツの名前だ。使用者の身体能力を三倍以上も上げ、衝撃を放ったり、宙を飛び回れる機能もある。
アーツというのは剣や弓、杖等の武器の形状であることが一般的だ。ファムの使う翼型アーツ『シェル・リヴァーティス』は比較的特殊な立ち位置だったりする。
そう考えると、全身装備型のアーツというのは大変珍しい。
これは人気が無いとか、誰も作らなかったのではなく、今まで『誰も作れなかった』からだ。エネルギーの制御が難しく、すぐにアーツがオーバーヒートしてしまうのである。
だがアサミコーポレーションは三年かけて開発に取り組み、つい先日、ようやく実践投入出来るレベルまで持っていった。
使用者の身体能力が低いと動くことすらままならないため、使い手の四葉でさえ、毎日のトレーニングはかかせない。マグナ・エンプレスだって日夜改良されている。しかしそれを差し引いても、このアーツは世間で大きな話題になっていた。
量産化への課題は山積みで、現在はそれを一つ一つ潰しているところ。フィールドテストの真っ最中という訳だ。
「レイパーはこの辺りね! どこにいるっ?」
「っ! あそこです!」
新潟市中央区紫竹山の東の上空。丁度、新潟バイパスと栗ノ木川の間にて。
雅が指差す方向には、手首と足首だけを膨らませた細身のボディで、大きく曲がった二本の角を生やした、まるでピエロのような格好のレイパーがいた。
よく見れば、お面を付けている。ほっかむりを被り、口を窄めて曲げた男の顔……火男のお面だ。
カームファリアの宿でシャロンと優が戦った敵と、同じレイパーである。
しかも、
「ヤバい! 誰か襲われています! 助けなきゃっ!」
「降りるわよ! しっかり掴まっていなさい!」
そう叫ぶや否や、四葉はレイパーの方へと急降下していく。
同時に、雅の右手の薬指の指輪が光を放ち、彼女の手に、メカメカしい見た目の大剣――いや、今はグリップが曲がっているため、大銃だ――が握られる。剣銃両用アーツ『百花繚乱』だ。
雅はライフルモードになった百花繚乱の銃口をレイパーに向けると、グリップを握る手に力を込める。
「っ? 待ちなさい!」
雅がレイパー目掛けて桃色のエネルギー弾を放つのと、四葉が制止の声を上げるのは同時。
エネルギー弾は、女性に襲い掛かろうとしていたレイパーへと直撃して吹っ飛ばした。
だが、
「ちょっと! 何で攻撃するのよ! 一気に近づいて奇襲すれば、そのまま押し切れるでしょう!」
「でも、あの人を助けないと!」
「私のスピードならギリギリ間に合ったわ! ――ちっ、仕方ない!」
想定外の雅の動きに、四葉は大きく舌打ちをするが、すぐに頭を切り替えて、襲われていた女性のところへと向かっていく。
「大丈夫ですかっ?」
「あいつはこっちで何とかする! 早く逃げなさい!」
「あ、ありがとうございますっ!」
襲われていた女性は、助けに入った雅と四葉にお礼を言うと、すぐにその場を離れていく。
二人は軽く息を吐いてから、吹っ飛ばされたレイパーの方へと顔を向けた、その刹那。
黒いジャグリングボールが、二人の方へと飛んでくる。
ジャグリングボールは足元に落ちると、大量の煙幕を噴出し、二人の視界を覆ってしまう。
「どこだっ?」
「落ち着きなさい! ――ここか!」
レイパーを見失う雅とは裏腹に、冷静に敵の気配を探っていた四葉。
背後から、刃渡り一メートル程のシャムシールを手に襲い掛かっていたピエロ種レイパーが襲い掛かってくるのを正確に察知し、振り返り様にレイパーの腹部に、カウンター気味に右拳を叩き込む。
そして左手にエネルギーを集中させると、レイパーへと衝撃波を放ち、煙幕諸共吹っ飛ばした。
そこに、
「はぁぁぁあっ!」
怯んだレイパーへと雅が飛び掛かり、ブレードモードにした百花繚乱で斬りかかる。
二撃、三撃と次々に攻撃を繰り出し、レイパーの体に傷を付けていく雅。
そしてスキル『共感』で真衣華のスキル『腕力強化』を発動しながら、全力の回転斬りをレイパーへと叩き込んで吹っ飛ばした。
レイパーは一回転して着地すると、雅と四葉を交互に見てから、黒いジャグリングボールを取り出す。
ジャグリングボールを地面に叩きつけると、自分の姿を煙幕で覆い隠した。この二人相手では分が悪いと判断したらしく、逃げるつもりなのだ。
そうはさせまいと、四葉が左手にエネルギーを集め、レイパーへと放とうとする。
しかしその時、四葉とレイパーの間に雅が入り込む。
雅も敵を逃がさまいと、突っ込んで行ったのだ。何とも間の悪いタイミングだった。
それでも雅は途中で四葉の動きに気が付き、慌ててその場を跳び退く。
少し遅れて放たれる、四葉の衝撃波。
だが、煙幕が吹き飛んだ時、レイパーの姿はどこにもなかった。
敵に当たった手応えもない。まんまと逃げられてしまったのだ。
***
「あなたのせいで敵を逃がしたじゃない!」
「っ! ご、ごめんなさい……」
戦いが終わって一分後。
四葉がズカズカと雅へと近づき、彼女を思いっきり突き飛ばしながら怒鳴り散らす。
四葉のアーツはフィールドテスト中とは言え、レイパーとの戦績はアーツの評価に関わって来る。彼女が怒るのも無理からぬことだった。
その時だ。
「遅れちまってすまねーっす! ……レイパーはどこに?」
白バイと共に伊織がやって来た。雅からULフォンでレイパーの居場所は聞いており、今やっと到着したのである。
四葉はイライラしたように鼻を鳴らすと、雅を睨みながら口を開く。
「逃げられたわ。どこにいるのやら……。全く!」
そう言うと、四葉は淡い光を纏い、雅と伊織を置いてどこかへと飛び去ってしまった。
「ちょ、どこにっ?」
「……レイパーを探しにいったんだと思います」
「……どうしたっすか? なんか元気ねーみてーですけど?」
「あ、いや……私が上手く四葉ちゃんに合わせられなくて……」
痛む胸を擦りながら、雅は四葉が飛んで行った方向を見つめるのだった。
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