第196話『幼顔』
八月十五日水曜日。午後二時十一分。
新潟県中央区京王。丁度、雅の家から、川を挟んだ南東にある地区の、住宅街にて。
パトカーが止まり、立ち入り禁止のテープが張られ、辺りには野次馬がちらほら見受けられる。明らかに事件現場だ。
現場検証をしているのは、警察所属の大和撫子と鑑識。このことから、レイパーに関する事件なのは明らかである。そんな大人達の中に、桃色の髪にムスカリ型のヘアピンを付けた少女が混じっていた。明らかに場違いな彼女は、束音雅である。
実は雅は、レーゼに頼まれ、ここに来ていた。彼女もこちらへと向かっている。
雅の隣には、おかっぱで目つきの悪い女性。警察所属の大和撫子の、冴場伊織だ。
「こ、これは……」
「被害者は榎本あんなさん。大学三年生っす。死因は御覧の通り焼死っすね。全身焼かれていて、唯一無事なのは顔だけっすけど、それもこの有様で……」
雅と伊織は、顔を強張らせながらも、死体を見てそんな会話をしていた。
今日の正午過ぎ、ここにレイパーが現れ、一人の女性を殺した。二人が見ている死体は、その被害者のものだ。
ただのレイパーによる殺人事件なら、一般人である雅が呼ばれることは無い。雅が来たのは、ちゃんと理由がある。これと似たような状態の死体を、つい最近見たことがあったからだ。
死体は今説明があった通り、顔以外を焼かれているのだが、唯一残ったその顔も、何故か生まれたての赤子のようになっていた。
勿論、被害者が元々そのような顔をしているわけではない。
そして同じような事件が、ここ数日で他に四件発生していた。
吐き気を抑えるように、口元に手を当てながらも、雅は口を開く。
「これは確かに、ワルトリア峡谷で見たバスターの死体と似ています。最も、彼女達はこの方とは逆で、顔がヨボヨボのおばあさんみたいになっていましたが……」
「同一のレイパーがやった訳では無いってことっすか?」
「同じでは無いかも。でも、きっとそいつはお面を付けたレイパーだと思います」
「雅さんとレーゼさんが戦った、般若のお面を付けたレイパーに殺された女性達も、顔がグチャグチャに引き裂かれていたって言ってたっすよね」
伊織の言葉に、雅は頷く。
どうにもこの類のレイパーに殺された女性は、何かしら顔に酷い損傷を受けている。
ただの偶然とは、雅にはどうしても思えない。
お面と関わりのある部位だからだろうかと、雅が考え込んでいると、
「あと気になるのは、やっぱこれっすかね?」
伊織がそう呟きながら、被害者の側に落ちている紙を拾い上げる。
そこには、正方形のマス目が、四十六個並べられていた。
「他の被害者の側にも落ちていたやつですよね。まるでクロスワードパズルみたい。それにしてはヒントが無いから、答えようも無いですけど」
「やっぱレイパーが置いていったってことっすよね。何のためか分かんねーっすけど……」
と、二人がうんうん唸っていた、その時。
「何故あなたがここにいるの?」
不意にそう声を掛けられ、雅は振り向くと、目を丸くする。
そこにいたのは、目にナイフのような鋭い光を宿した娘。
全身銀色のプロテクターを装着し、ヘルメットを被っている。全身装備型のアーツだ。胸元には、紫色のアゲラタムの紋様が刻まれている。
浅見四葉だった。
「よ、四葉ちゃんっ? どうしてここに?」
「質問しているのは私なのだけれど……。こっちでレイパーが出たと聞いて、倒しに来たのよ。……遅かったけどね」
四葉はちらりと被害者を見て、顔を顰める。
すると、
「あの、こちらは関係者以外立ち入り禁止で――」
「彼女も部外者では? 一般人でしょ?」
伊織がいきなりやって来たことに驚きながらも、四葉にそう言いかけるが、当の本人はギロリと睨みながら文句を言い、伊織の言葉を遮る。
警察相手に中々に度胸がある態度だと、一周回って感心してしまう雅は、苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「私はちょっと事情があって、特別に中に入れてもらっているんです。向こうで話をしましょうか。――伊織さん。少し席を外しますね」
一言そう断りを入れてから、雅は四葉の腕に自分の腕を絡めると、反抗の声を上げる彼女を連れて、半ば強引にその場を離れる。
流れるような雅の行動は、四葉に抵抗する暇を与えない。あまりに手慣れたようなその行為に、四葉のみならず伊織さえも戦慄の目を向けた。
***
「お面を付けたレイパーに会った? どんな奴だったっ?」
数分後、雅が何故ここに呼ばれたのか……カームファリアでの出来事を簡潔に説明したところ、四葉の第一声がこれだ。
「一体はお婆さんの顔のお面で、もう一体は火男のお面でした」
随分な剣幕に雅はたじろぎながらもそう答えると、四葉は小さく舌打ちをする。
「違う奴ね……」
「あの、四葉ちゃん。どうしました?」
「何でもないわ。まぁ、もうレイパーが逃げてしまったのなら、ここには用は無い。私はこれで――」
と、四葉がそこまで言いかけたところで、雅のULフォンに着信が入る。
レーゼからだ。
「四葉ちゃん、ちょっとごめんなさい。――もしもし?」
『ミヤビ! レイパーが出た! お面を付けた奴よ! 今場所を送ったわ!』
「ありがとうございます! ええっと、南万代町から駅を通り過ぎて、紫竹山方面に逃走中……って、私の家がある方向じゃないですかっ?」
『そうよ! 私もそっちに向かっている! イオリさんと一緒に、すぐに現場に行って頂戴!』
「分かりました!」
そこで通話を切ると、雅は伊織のところへ戻ろうとして……肩を、四葉に掴まれる。
「話は聞こえた。お面を付けたレイパーでしょ? 案内しなさい!」
有無を言わせない、四葉の言葉。
伊織も一緒に……と雅が告げる間もなく、四葉の装着しているプロテクターが淡い光を放ち、雅と一緒に宙に浮く。
そのまま、驚く雅の声と共に、紫竹山方面へと飛んでいくのだった。
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