第195話『推測』
八月十二日日曜日、午前十時四十六分。
ここは新潟県警察本部の、とある一室。
「――以上で、報告を終わります」
そう言ってお辞儀したのは、青い長髪の少女。
翡翠の眼の、おおよそ日本人離れした容姿の彼女は、異世界人のレーゼ・マーガロイスだ。
レーゼの周りには、他に十二人の少女が座っていた。こっちは雅達である。
部屋の前でレーゼの話を聞いているのは、短い髪に渋い相貌の男性と、肩口辺りまで伸びたボブカットの女性。優の両親の、相模原優一と優香だ。
この部屋には十五人の人の姿があるが、実は全て、ただの立体映像。部屋の床にある装置で映し出されたものだ。
セキュリティ的に優れたこの部屋だけ借りて、それぞれが自宅やオフィス等から、ULフォンを介して集まっていたのである。
いつもは警察本部に集まって話をするのだが、雅達が疲れていたということもあり、今回はこういう形をとらせてもらった。カームファリアで起きた事件や、ラティアの件についての報告会だからこそ、直接集まって話す必要性が特に無いというのもある。
レーゼからの簡単な報告を聞いて、真っ先に唸ったのは優一だ。
「強力なレイパーに、新たなお面が二枚か……。軽く話は聞いていたが、改めて説明されると、頭痛がするな……」
ちらりと優一が目を向けた先には、何枚かの画像がある。そこにはレイパーの胎児や、愛理とセリスティアに大怪我を負わせた騎士種レイパーと侍種レイパー、そして姥の面を付けたミドル級ワルトレオン種レイパーと、火男の面を付けたピエロ種レイパーが映っていた。ULフォンの自動撮影機能で撮ったものだ。
「ノースベルグのバスター経由で、カームファリアのバスターとコンタクトが取れた。向こうの調べによると、逃げたレイパーの行方は未だ分かっていないとのことだ。ただ、途中まで追えた足取りから推測するに、恐らくもうカームファリアを出たと思われる」
「胎児もお面も、行動の目的が不明というのが不気味です。レイパーの胎児や侍と騎士のレイパーは、白い光球を見つけたところで殺戮や破壊活動を止めました。あれを手に入れることが目的だったのでしょうか?」
優一の言葉に、レーゼが首を傾ける。
「対峙した私の感覚では、そう思いますわ。あの時、私やパトリオーラさん、ラティアさんを殺そうと思えば出来たはずなのに、すぐに去っていきましたから……。パトリオーラさんはどう思います?」
「うーん、分かんない。黒い光球はレイパーの胎児だったけど、白い光球はなんなんだろうね? 敵って感じじゃなさそう。あの光球、レイパーから逃げていたように見えたけど……」
二人の話に、顎に手をやり考え込む優一。
光球の正体は分からないが、レイパーが狙っているのなら、奴らの手に渡すわけにはいかなさそうだ。現地のバスターと連携して、一先ずは白球の行方を追う、ということなった。
そして話題はお面を付けたレイパーへと変わる。こちらは、敵の目的がもっと不明だ。
「これまでに確認されたお面は三種類。般若の面に、姥の面、そして火男の面ね。……レイパーだけでなく、人間にも取り付いたと聞いたけど、その人は大丈夫だったの?」
「ええ。私の妹のカベルナが姥の面に取り付かれたけど、検査の結果、特に体に異常は無いと言っていたわ。私の目から見ても、特におかしな様子も無かった。一応、何か変なところがあればすぐに言うように言っておいたけど」
検査の後、普通に旅立ってしまったカベルナのことを思い出したのか、ミカエルの顔には呆れと心配の入り混じった色が浮かんでいた。止められないと分かっていたから何も言わなかったが、やはり姉としては心配である。
「あのお面は一体何なのかしら? まさか、ただ何かに取り付いているだけとは思えないけど……」
「ワルトリア峡谷で戦った、ワルトレオンみたいなレイパーですけど、お面が付いていた時と外れた時では強さが違いました。お面が外れたら結構弱体化して、最初は六人掛かりでも苦戦していたのが、二人でも何とか戦えるようになったんですよね。あのお面にはレイパーをパワーアップさせる力があるのは間違い無いです。もしかすると、お面自身に戦う力が無い代わりに、そういう能力があるのかも」
と、雅は難しい表情を浮かべながらも予想する。
「レイパーにとってのパワーアップアイテム、という訳カ。見つけ次第、即刻破壊しないト……」
「でも迂闊に近づいたら、カベルナさんみたいに逆に取り付かれるかも……。私の魔法が当たっても壊れなかったし、どうやって破壊しましょうか?」
志愛の言葉に、ノルンが不安そうな顔をする。
カベルナに取り付いたお面は、ノルンが風の魔法で剥ぎ取った。カベルナに怪我させないよう手加減していたものの、あの時確かに魔法はお面に直撃したはずだ。しかしお面には傷一つ付けられなかった。簡単に壊れるとは、ノルンにはどうしても思えなかったのである。
「もう少し敵のデータが取れれば、上手い方法が見つかるかもしれないわ。それまでは各自様々な方法で、お面の破壊を試みるということでどうかしら?」
優香の提案に、一同は頷く。今出来ることはそれだけだ。
「最後はラティア君の件か。進展が無かったのは残念だ。まさか手掛かりすら見つからんとは……」
「ニケ先輩曰く、自分以上の術者でも多分駄目だろうって。外部から、何かバリアが張られているようだって言っていたわ」
「こっちでも色々調べてみたんだけど、駄目ね……」
実はラティアの身に着けていた服などに付着した砂等から、故郷が分からないかと思っていた優香。しかし結果は今言った通りだ。どんなに詳しく調べても、ラティアが日本にいた以前のことは分からなかった。
「こっちももうちょっと調べてみる。あぁそれと、ラティアちゃんについてだけど、正式に雅ちゃんの家で預かる許可が下りたわ。後で手続きがあるから、ちょっと時間を頂戴」
「ほんとですかっ! やったー!」
多分大丈夫だろうと思っていたが、実際に許可を貰えるとやはり嬉しい雅。
横では志愛も、安堵の表情を浮かべていた。彼女もラティアの処遇は気になっていたのだ。
「発声器官に異常は無いのに声が出せなかったり、記憶が読み取れなかったり、色々不可解な点があるのは気になるな。彼女は今どうしている?」
「私の近くにいます。愛理ちゃんの動画が気になるみたいで、朝からずっと見てますよ。……終始、無表情ですけど」
「でもつまらないと思っているわけじゃなさそうよ。食い入るように見ている感じ」
「そ、そうか……」
「楽しんで貰えているようなら結構だが、なかなかシュールな絵面だな……」
その光景を想像したのか、優一と愛理は苦笑いを浮かべた。
まぁ、それは置いておいて、だ。
「まぁラティア君の件は、根気よく調べよう。この世に生を受けた以上、一切の痕跡を残さず生活するのは不可能だ。調べれば必ず、何か手掛かりが掴める。それよりもレイパーの方が心配だな。つい先日、魔王のようなレイパーを倒したというのに、次から次へと面倒な敵が現れて……」
「あいつらがナランタリア大陸中を逃げ回っているなら、日本で会うことも無いですよ。しっかり対策を練って、次に出た時にきっちり倒しましょう」
そう纏める雅。
だがこの時、彼女は知らなかった。
その『次に出た時』というのが、自分達が思っているよりずっと早く訪れることを……。
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