第22章閑話
一方、雅達が日本に向かっていた頃。
新潟市西区にある、新潟県警察本部、その一室にて。
「優達、さっきカームファリアを出たみたいだな。結局、ラティアさんの故郷についての手掛かりは得られなかったみたいだが……」
「ええ。でも向こうじゃ強力なレイパーも出現したって聞いていたけど、皆無事に帰って来れそうで良かったわ」
小さな部屋で話をしているのは、優一と優香だ。二人共定期的に優から報告を貰っており、先日の事件のことも勿論聞いている。
愛理とセリスティアが大怪我をしたと聞いた時は肝を冷やした。命に別状は無いと知った時は、心底ホッとして力が抜けたものだ。
因みに優が手酷いダメージを受けたことは、二人は知らない。聞いたら心配するだろうからと、優は敢えて黙っていた。
一方で、もう一つ優に起きた問題については、きちんと報告をしていたのだが。
その後もあれこれと話をしていると、部屋の扉がノックされる。優一が「どうぞ」と返事をすれば、二人の男性――希羅々の父親の光輝と、真衣華の父親の蓮だ――が入ってきた。
アーツメーカー『StylishArts』の社長と開発部長である。そんな彼らがここに来た理由は……優のアーツに関して、話をする為だった。
「わざわざご足労頂き、申し訳ありません」
「いえいえ。謝るのは私どもの方と言いますか……うちもまだ建物が直っていないもので、あんなところにお呼び立てするのも却って失礼になりますので」
言いながら会社の惨状を思い出したのか、光輝は苦笑いを浮かべる。
久世による『StylishArts』乗っ取り事件で崩壊したビルは、未だあの時のまま殆ど修繕が進んでいない。瓦礫等の撤去作業が先日ようやく終わった程度だ。
こうなっている理由は、久世が使っていた『アーツを奪う装置』の対策だったり、『命の護り手』の開発等で資金が必要になっていたからである。とても建物の修繕をする金銭的余裕は無かった。
前は地下の小部屋に二人を呼んだのだが、あれは秘密裏の話をするためだ。今回は違う。今はもう物置状態になっているあの部屋に人を呼ぶのは余りにも憚られた光輝が、寧ろ自分達から伺いたいと申し出たのである。
「国からは補助も出ましたが、それでも経営は厳しい状況です。業務の大半はリモートでも可能なので何とかなっていますがね……完全復活は、当分先の話になりそうです。さて、そろそろ本題に入りましょう」
光輝がそこで言葉を切ると、蓮が鞄からリングケースを取り出し、蓋を開ける。
中に入っているのは……アーツが収納された指輪だ。
「本日は試作品をお持ち致しました。ご要望の機能は概ね盛り込みましたが、アーツの安定性や安全性の観点から、機能を変えたり省いたりする必要がありそうです。代替案をいくつか用意致しましたので、それを交えてご相談をさせて下さい」
「へぇ、もう試作品が出来たのね!」
「ええ。娘から、『霞』の調子がいよいよ危なくなったと聞いています。急ぎ必要になると思いましたので」
蓮は真衣華から、分解された弓型アーツ『霞』の写真を貰っていた。それを見た蓮が娘同様、盛大に顔を引き攣らせたのは言うまでも無い。真衣華の見立て通り、蓮もこれでは二週間はもたないと思っていた。
「いやぁ、本当なら本人もこの場に呼びたかったのだが……」
「状況が状況ですし、仕方ありませんよ。彼女が帰った際に、また伺います」
光輝の言葉に、優一は「すまないね」と小さく笑みを浮かべる。
そう。今日四人が集まったのは、優の『霞』に替わる、新しいアーツについて打ち合わせをするためだった。
***
同じ頃。新潟県村上市新屋。
村上市の東にある朝日岳から、市街地を通って日本海へと流れる三面川の近くに、大きな会社がある。
入口の上辺りに銀色で書かれているのは、『アサミコーポレーション』の文字。
アサミコーポレーションには大きく分けて三つの建物があり、内二つは本社と、専用の研究所。研究所は先日の魔王種レイパーが起こした事件の際に、レイパーに襲撃された。
そしてもう一つは、訓練施設だ。
ドーム状のその建物の中では、武器形状のアーツを構えた女性達が十数名と……装甲服に身を包んだ、浅見四葉の姿がある。模擬戦の最中だ。
女性達は四葉を囲んでアーツを構えており、信じられないことだが、これは四葉一人に対してこれだけの女性が敵であることを示していた。
訓練施設とあるが、実はここ、四葉専用の場所となっている。彼女達は、四葉の模擬戦の相手として呼ばれていた。
しかし、彼女達は一人残らず肩で息をしており、体力を相当に消耗している様子。対して四葉は余裕綽々だ。どちらが優勢なのか、火を見るよりも明らかだった。
疲弊する女性達に、四葉はつまらなそうに鼻を鳴らす。
訓練相手として、彼女達とはもう随分と実力に差が出来てしまった。もう手応えが無く、これなら走りこみでもしている方がマシに思えたのだ。
さっさと終わらせてしまおうと、四葉が拳に力を込めた、丁度その時。
「流石、四葉様です。新型のそのアーツを、もう随分と使いこなしてらっしゃるようで」
突然遠くから声を掛けられ、四葉は誰にも聞こえないように舌打ちをする。
そちらに目を向ければ、そこにいたのは、生き物で例えるなら蛇のような顔をした中年の男と――四葉をもっと大人にしたような顔の、五十代くらいの白衣を着た女性。
「葛城さん。何かご用でしょうか? ――それと毎回言っていますが、私を『様』付けで呼ぶ必要はありません」
声を掛けてきた男は、葛城祐司。アサミコーポレーションの専務だ。
「いえ、社長が四葉様のご様子を見たいとのことでしたので、お連れしたのですよ」
四葉の要望を無視して、葛城は四葉に恭しい態度を取る。それが四葉を少し苛立たせた。
特段何かをされたわけでは無いが、こういう態度が積み重なったからか、四葉は葛城が正直嫌いだ。
嫌いな人間の顔を見ていても気分が悪いだけなので、四葉は葛城から、後ろの女性へと目を移す。
彼女はアサミコーポレーションの社長。名前は浅見杏。
四葉の母親だ。
杏はチラリと訓練相手の女性達に目を向け、溜息を吐く。
「お疲れ。少し見ていたけど、訓練相手を代えた方が良さそうね。社内であなたの相手になる人はもういない。後で良さそうな人を手配させるわ」
「ありがとうございます。社長。そうして頂けると助かります」
相手役の人達の前でそんな会話をするのもどうかと思われるが、彼女達は誰一人抗議の声を上げようとしない。社長と四葉がこういう人物なのは、社員にも知れ渡っていた。
最も彼女達は、自分達への評価うんぬんを横に置き、四葉に同情の目を向けていたのだが。
社員に対して厳しい言葉を投げかける社長だが、四葉に対しては人一倍厳しい人なのだ。今回も恐らくは何か言われるのだろうと、彼女達は思っていた。
そしてその想像は当たる。
「まぁそれはともかく……あなた、まだスキルは授かっていないの?」
「申し訳ありません」
「……訓練が足りないのかしら? 明日からは、二倍に増やしなさい」
実は四葉がこのアーツを使うようになったのは、例の魔王種レイパーの起こした、大量のレイパー召喚事件の時からだ。ノルン達を助けたあの日は、このアーツが実戦投入された日でもある。
あれからまだ一ヶ月の経っていないなら、スキルを貰っていなくても恥じることは無い。
だが四葉は深々と頭を下げていた。
「……現状、そのアーツを使いこなせるのはあなただけなの。自覚を持って頂戴」
「はい」
母からの厳しい言葉に、一切言い訳をすることなく、四葉は返事をする。
社員は恐々と二人の様子を見守っているが、当の四葉本人は余り気を悪くしていない様子だ。
言葉はキツくとも、それは期待の裏返しだと、四葉は充分に理解していた。
それでも……いや、だからこそ、四葉は少し悲しい。
母親がこういう人間なのは前からだが、それでも以前は、もう少し優しさを見せる人だった。仕事の場だから、敢えて律するような、そんな厳しさだった。それなりに笑顔も見せてくれる、愛嬌のある人だった。
だが、ある時から彼女の笑顔を殆ど見なくなった。四葉が最後にそれを見たのは、会社に侵入したレイパーを倒した時だ。それも三ヶ月ぶりだった。
四葉の妹、黒葉がレイパーに殺され……それから杏は変わってしまったのだ。
あの事件で失ったのは、黒葉だけでは無い。母の心も、奪われてしまった。
話が終わり、戻っていく杏の背中を見ながら、四葉は思う。
黒葉を殺した、お爺さんの面を被ったレイパーを倒せば、彼女はまた以前の母に戻ってくれるのだろうか、と。
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