第193話『説教』
レイパーが爆発するのを、肩で息をしながら眺めていた志愛。
やがてハッとしたように自分の腕や体に目を落とすが、既に志愛の着ている服は元の状態に戻っていた。
すると、そんな彼女の元に、雅が駆け寄ってくる。
「志愛ちゃん! 最後のは一体……?」
「分からなイ。何だか最後の一撃だケ、凄い力が出たようナ……」
右手の拳を握り、開く動作を繰り返しながらそう答える志愛。
不思議な感覚だった。誰かが自分に力を分けてくれたような温かさがある一方、確かに自分自身の底に眠る力が発揮されたという解放感もある。
得体の知れない力のはずなのに、嫌な感じが全くしないのだ。
「私も離れたところから見ていただけでしたけど、私と同じように変身した感じでした。ほら、魔王のようなレイパーと戦った時の、あの指揮者みたいな姿のあれですよ」
「そうカ……」
雅の言葉に、志愛は難しそうな顔をする。
これは直感だが、それとは違う類の力のような、そんな気がしたのだ。
上手く説明出来ないもどかしさに俯き、悶々としてしまうが、そこでふと、一番大事なことを思い出して顔を上げる。
「そうダ……ラティアのところに戻らないト」
「そうですね。きっと怖い思いをしているはずです。安心させてあげないと。もう大丈夫だとは思いますけど、また別のレイパーに襲われないとも限りませんし……」
「それもあるガ……一番大事な仕事ガ、まだ残っていル」
***
もしや自分達がいない間に逃げてしまってはいないだろうかと不安になりながら、ラティアが隠れているはずのところへと向かった雅と志愛。
行ってみて、二人は安堵の息を吐く。ラティアは志愛の約束を守り、ちゃんとそこにいた。
ラティアは雅達を見つけると、建物の陰から辺りをよく確認してから、こちらにやって来る。
雅は手を振り、笑みを浮かべたが……志愛は雅を手で制すると、早足でラティアのところへと向かっていく。
真面目で、どこか苦しそうな志愛の表情に、雅は何となく、志愛がこれから何をするのか理解して、ゆっくりと笑みを消した。
ラティアの前で立ち止まり、彼女の目をジッと見つめる志愛。
ラティアは直前まで志愛に抱き付こうとしていた様子だったが、彼女の雰囲気から、僅かに体を強張らせる。
刹那、乾いた音が、夜の静寂の中に轟いた。志愛がラティアの頬をぶったのだ。
勿論志愛は本気ではたいたわけでは無い。しかし、ラティアが平手打ちされた頬を押さえたところを見ると、ちゃんと痛みは感じていたのだろう。
雅が固唾を呑んで見守る中、少し間を置いてから、志愛はゆっくりと口を開く。
「私達の住む世界ハ、こういう所。子供が一人で出歩けバ、今日みたいに怖い想いをすることになル。……そんなの絶対間違っているけド、でモ、これが現実」
志愛の声に抑揚は無い。だが、彼女に近しい人間なら気が付ける程度には、震えを押し殺しているような不安定さがあった。
「アーツを持っている私達でさエ、独りでいる時にレイパーに襲われたらひとたまりも無イ。戦うための力が無いラティアなラ、尚更。こんな夜遅くなラ、君が襲われてモ、誰も気が付けなイ。今日は私と雅が助けられたけド、それはとても運が良かっタ。ラティアが生きているのハ、奇跡なんダ」
そこで言葉を切ると、志愛はラティアの両肩を掴み、視線をラティアの高さに合わせる。
なるべく優しい力で掴んだつもりだが、上手くコントロール出来ていないのか、ラティアが着ている服に強めの皺が付いてしまった。
「この間あんな事件が起きテ、怖くて堪らなくなったのは分かル。でモ、今日ラティアが消えた時、私達皆、とても心配しタ。私達モ、凄く凄ク、不安になった。だかラ……約束して欲しイ。もう二度ト、黙って私達の前からいなくならないっテ」
志愛の言葉に、ラティアはしばらく志愛の眼を見つめていたが、やがて控えめに、しかし確かにコクンと頷いた。
それを見て、志愛は大きく息を吐くと――彼女に向かって、深く頭を下げる。
「君の気持ちに気が付いてあげられなくテ、ごめン。色々偉そうなことを言ったけド、私達がもっと強けれバ、ラティアが不安になることも無かっタ。……私達、もっと強くなル。ラティアが怖い想いをしないようニ」
志愛は今日の戦いで、自分にはまだ強くなれる余地があると知った。
ラティアに言った言葉が嘘にならないよう、少なくとも今日のあの力は、自在に引き出せるようにならなければいけない。
絶対に物にすると、志愛は強く、そう誓うのだった。
***
そして、宿に戻った志愛達。
宿はまだ、騒がしい。
戻る途中で優達にラティアを保護したと連絡した際、新たなお面を被ったレイパーが現れたという話は聞いていた。驚いたのは言うまでも無いだろう。
詳しく話を聞きたいところだが、夜はもう遅い。ラティアもすぐに休ませたいので、宿の襲撃事件の後始末は他の人に任せ、志愛、雅、ラティアの三人は部屋へと戻らせてもらうことにした。
戦いで激しく体を動かしたから、志愛も雅も眼が冴えているが、ラティアは流石に布団に入ると、少しも経たない内に眠りに堕ちる。
寝息を立てるラティアをしばらく眺めていた志愛と雅だが、頃合だと思ったのか、雅が志愛に顔を向け、口を開く。
「志愛ちゃんの言っていた『最後の仕事』って、お説教のことだったんですね。……嫌な役目をさせちゃって、ごめんなさい」
「うン。年下の間違いを正すのハ、年上の役目。……でモ、上手く叱れたカ、自信は無イ」
最初にラティアをぶった手が、嫌な熱を帯びる。その不快感を取り除こうと、志愛は手の平を擦った。
やってから思ったのだが、あの平手打ちは本当に必要だったのか、自分の気持ちがラティアにちゃんと伝わるような言葉を選べたのか、そんな疑問と不安がグルグルと頭の中を渦巻くのだ。
「明日から嫌われるようになったラ、どうしよウ?」
「大丈夫ですよ。きっと志愛ちゃんの気持ちは、ちゃんと伝わっています」
ラティアは感情を表に出す方では無いが、仕草を見れば、嫌がっているかどうかは何となく分かる娘だ。
志愛の話を聞いている時、ラティアは逸らすことなくちゃんと彼女を見ていた。近くの雅に助けを求めるようなことは無かった。だから、雅はそう思ったのである。
「ならいいんだけド。……ところで雅、ずっと何か考えている様子だけド、どうかしたのカ?」
「……気が付いていましたか」
「知り合って一ヶ月ちょっト。何となク、雅のことが分かってきタ」
雅のちょっと驚いた顔に、志愛はやや得意気に口角を上げる。
雅はチラリとラティアを見てから、ゆっくりと口を開いた。
「ラティアちゃんが逃げ出した理由って、本当にレイパーが怖かったからなんでしょうか? 志愛ちゃんの意見を否定するようでアレなんですけど……」
「どういうことダ?」
「パニックになって逃げ出したにしては、ラティアちゃんは妙に落ち着いていたというか……私には、何か別の理由があるような気がしてならないんです」
メレシーの話でも、ラティアはレイパーと遭遇しても、腰を抜かして動けなくなるようなことは無く、街の方まで逃げたと言う。
アーツを持っていない、しかも子供の行動にしては、随分と冷静な判断だ。故に、雅はどこか不自然さを感じていた。
「ラティアちゃんが逃げた先には人がいませんでしたけど、裏を返して言えば、レイパーが他の女性を襲うことが出来なかったということにもなりませんか?」
「雅、何が言いたイ? まさカ、ラティアが他の人を守るために囮役を買って出タ、とでも? そんなまさカ……」
「まぁ、流石に考え過ぎですかねぇ?」
状況が妙に繋がってしまったからか、自分でも随分突飛な想像だと理解していた雅。
志愛に否定されてすっきりしたのか、雅は「忘れて下さい」と笑い、その考えを頭の隅に追いやるのだった。
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