第190話『手玉』
シャロンに向けて投げつけられた、黒色のジャグリングボール。
球速は速いが、シャロンに捕らえられない程では無い。
シャロンは竜化した腕を振るい、ジャグリングボールを弾き飛ばそうとする――が。
「っ、煙幕かっ?」
爪がジャグリングボールに触れた瞬間、球は破裂し、大量の黒い煙を噴出させる。
怯んだシャロンに、火男のお面を被ったピエロ種レイパーはさかさず、二つ目のジャグリングボールを投げつけた。
今度は黄色いボールだ。
それがシャロンの体に触れた刹那、彼女の体に強烈な電流が走る。
「こ、この……!」
今レイパーが投げたのは、触れた対象を痺れさせる効果がある。電流は感電死する程では無いが、相手をスタンさせることは容易だ。
二つのジャグリングボールにより、動きが封じられたシャロンへ、レイパーは、今度は赤いジャグリングボールを投げつけた。
レイパーも自身の煙幕によりシャロンの姿は見えていないが、動きが止まった標的ならば、見えずとも当てることは難しくない。
そしてこのジャグリングボールは、相手に当たると大爆発を起こす効果がある。
先の二つとは違い、敵にダメージを与えることが目的のもの。その威力は、煙幕を吹き飛ばし、地面に直径五メートル近いクレーターを作る程だ。
響き渡る爆音。
しかし――あると思われたシャロンの死体は、どこにも無い。
木っ端微塵になったのだろうか……とレイパーが頭に『?』を浮かべた、その時だ。
「ふんっ!」
空からシャロンが迫り、レイパーの頭上目掛けて尻尾を叩きつけてきた。
シャロンは、雷の力を操る竜。電流による拘束は効果が薄い。
硬直から一瞬で復帰したシャロンは、敵が何かをする前に飛翔し、相手が油断した隙を見計らって攻撃を仕掛けたという訳である。
だが、寸前でシャロンの奇襲に気が付いたレイパーは、尻尾が命中する前にその場を跳び退き、躱してしまった。
それでも、シャロンに焦りは無い。
(あのジャグリングボール……厄介じゃが、特性は見切った)
最初に投げてきた黒いボールは、煙幕を出す効果がある。
次に投げてきた黄色のボールは、電流によるスタン効果を持つ。
最後に投げた赤いボールは、爆発を引き起こす。
レイパーの持つジャグリングボールは残り三つだが、それらは黄が一つと、黒が二つ。つまり、もうこちらにダメージを与えることが出来るボールは無いと思われた。
煙幕も電流によるスタンも面倒なものだが、殺傷能力が低いのなら怖くない。
そんなシャロンの考えを知ってか知らずか、レイパーは黒いジャグリングボールを投げつけてくる。
これは煙幕効果のもの。
シャロンは尻尾を振るい、ジャグリングボールを叩き割ると、予想通り大量の黒煙が噴き出てくるが、これは想定済み。
そして煙幕ならば、敵もシャロンの姿を見失う。
煙に紛れ、シャロンは気配を殺してレイパーに接近。
竜の強靭な爪を掲げ、レイパーの右側から斬り裂きに掛かった。
だが。
「ちぃっ!」
ガキンという甲高い音と共に、シャロンの爪が弾かれる。
どこから出したのか、ピエロ種レイパーは全長一メートル程の、刃が湾曲した刀――シャムシールだ――を取り出し、シャロンの攻撃を防いだのである。
さらに。
「っ!」
火男の口から炎が吐き出され、咄嗟にシャロンは飛び上がってそれを躱す。
予想外の火炎放射攻撃に、シャロンは眉を寄せた。
思うように敵にダメージを与えられず、苦しい展開だ。完全に竜の姿になれば攻め切れそうだが、辺りの様子を見るに、宿泊客の避難はまだ終わっていない様子。そんなところで変身すれば、下手すると自分の攻撃で人々を巻き込んでしまうかもしれない。
何か打開策は無いものかと、僅かに思考に気を取られていると、レイパーは再び黒いボールを投げてくる。
「小賢しい! ――っ?」
飛んでいる今は、煙幕なんて全く怖くないと思ったシャロン。故に腕を振るい、ボールを叩き割るが……その瞬間、彼女の全身に強い電流が走る。
(馬鹿なっ? 黒いボールは煙幕では……?)
明らかに黄色のボールが持つ、スタン効果。
思いもかけない現象に驚愕するシャロンへと、レイパーは黄色いボールを投げつけてくる。
空中で硬直させられ、動揺しているシャロンは、それを避けきれない。
ボールが体に命中した途端、大爆発が巻き起こる。
「――っ」
声も上げられず、地面に墜落したシャロン。
「お……おのれ……狡い真似を……!」
体を強く打ちつけ、うつ伏せのまま苦しみながらも、そう呟かずにはいられなかった。
ボールの色と、持っている効果は、一切の関連が無かったのだ。シャロンが勝手に決めつけていただけだった。
己の馬鹿さ加減を呪う彼女に、ゆっくりと近づいてくるレイパー。
爆発のダメージで動けないシャロンに跨ったレイパーは、シャムシールを振り上げた。そのまま彼女を串刺しにして殺すつもりだ。
万事休すか……シャロンがそう思った、その時。
突如、レイパーの体に白い矢型のエネルギー弾が直撃し、レイパーを吹っ飛ばす。
「シャロン! 大丈夫っ?」
「サ……サガミハラ……?」
シャロンの目に、宿の屋根の上に登った優の姿が映る。
優もライナも、当然この騒ぎには気が付いていた。
今まで姿を見せなかったのは、ライナと一緒に宿泊客の避難誘導をしていたからだ。そちらがある程度落ち着いたため、ライナ一人に任せてこちらに加勢に来たという訳である。
そしてレイパーを狙撃すると同時に自身のスキル『死角強打』の効果を使い、相手が視認していなかった攻撃の威力を上げたことで、レイパーを吹っ飛ばしたのだ。
無論、それで倒される程、弱い相手では無い。レイパーはすぐに起き上がると、足に力を込め、屋上まで跳躍する。
優は迎え撃とうと、弓型アーツ『霞』の弦を引いた。
しかし。
「っ? こんな時に……!」
エネルギー弾が、中々装填されない。中の部品が壊れていて、それが不具合を起こしていた。
前から調子が悪かったが、それでもほんの僅かに矢の充填速度に遅延があった程度。だが今は、今までにないレベルで充填速度が遅い。
弦を引く手に力が入る優。それでも中々矢を放てるところまでいかない。そしてその間も、レイパーは近づいてきていた。
「こ……こんのぉぉぉおっ!」
跳躍中のレイパーが、シャムシールを振りかざす。優を攻撃の範囲に収めるまで、後僅か。
すると、焦る優の叫びに呼応するように、一気に霞にエネルギーが集束し、矢型エネルギー弾が出来上がった。
レイパーが湾刀を振り下ろすのと、優が矢型エネルギー弾を放つのは同時。
一瞬先に敵に攻撃を当てたのは――優の方だ。
大きな爆発音と共に、レイパーは吹っ飛ばされ、地面に背中から叩きつけられる。
かつてない程の威力の矢型エネルギー弾。部品の不具合が功を奏し、エネルギーを過剰に充填したために起こったことだった。
だが、追撃のために優が弦を引いても、今度は小さな矢型エネルギー弾が出来上がるだけ。
これでは追撃出来ないと、優が歯噛みする。
その間に、レイパーは起き上がり……今自分が攻撃を受けたところを、手で擦った。
そこには、大きな火傷の跡。
レイパーは低く、しかし楽しそうに唸ると、踵を返す。
「な……待て!」
「おのれ……」
優とシャロンの言葉を背中に受けながらも、レイパーはそのままどこかへと去っていくのであった。
評価や感想、いいねやブックマーク等、よろしくお願い致します!




