表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第3章 ウェストナリア
24/669

第20話『迂闊』

 翼型アーツ『シェル・リヴァーティス』を装備したファムの最高飛行速度は時速二〇〇キロ。


 美術学科棟からハーピー種レイパーのところまで、直線距離で約一キロである。


 故にファムが全速力で向かえば、僅か二十秒弱でレイパーの元に辿り着けるのだが……当然、空中で放り投げられた少女を救うには遅過ぎる。


 ファムが現場に辿り着いた時には、少女の体は地面に叩きつけられ、無残な姿で床に赤い液体をぶちまけていた。


 それを見て、ファムは空中で呆然と立ち尽くす。


 この学院の生徒は多く、ファムも全員の顔を覚えているわけでは無いし、実際彼女のことは知らない。それでも目の前で人が殺されれば、心中穏やかではいられるはずも無かった。


「ラコリカザルゾ? デホヌタノレミヤホヒニンウ」


 そんなファムに、レイパーはまるで笑いを堪えるような声で話しかける。


 何を言われているのかは分からないし、仮に分かったとしても、ファムに耳を貸す気は無い。


 ファムは怠け者だ。授業はしょっちゅうサボるし、宿題だって放り出して遊びに行くことも多々ある。「全力で頑張る」や「熱血」や「やる気満々」といった暑苦しいのなんて大っ嫌いだ。『本当に大事な事だけちゃんとやって、後は程々、適当に』というのがファムの主義である。


 そう。『本当に大事な事だけは、ちゃんとやらなきゃならない』と思っているのだ。


 こんな風に人を殺されて、怒りを燃やす事は「面倒だ」なんてファムは思わない。人として、きっとこの感情は無くしてはいけないはずだと、彼女は思っている。


 だから、絶対に許すつもりは無い。


 ファムは拳をギュっと握り締め、レイパーをひと睨みすると、勢いよく上空へと飛翔する。


 レイパーは彼女のその様子を、何をするのかと期待するような目で眺めていた。


 ある程度レイパーとの距離を取ったところで、ファムの翼が大きく広げられる。


 すると、翼から五枚の羽根が抜け、刹那、レイパーへと向かって猛スピードで飛んでいく。


 ファムの『シェル・リヴァーティス』の攻撃機能である。羽根を硬化・鋭利化させて飛ばすことで敵にダメージを与えるのだ。ある程度なら軌道をコントロールすることも可能である。三十発放つと、十五秒間は羽根を飛ばすことが出来なくなるが。


 羽根の付け根には返しがついており、刺されば容易には抜くことが出来ない。


 だがレイパーは翼の腕を一振りして風をおこし、全ての羽根の軌道をずらしてしまう。


 ならば、とファムの翼からさらに二十五枚の羽根が抜け、放たれる。羽根はそれぞれを別々の方向からレイパーへと襲いかかった。


 レイパーもこうなっては先程のように風で軌道をずらすのは至難の業であるため、縦横無尽に飛んでそれを躱していく――が。


 その動きを先読みし、回りこんでいたファムは、レイパーの顔面を思いっきり蹴り飛ばした。


 縦回転しながら吹っ飛ばされるレイパーに追撃を入れんと、ファムは放物線を描くように飛んでいき、レイパーの頭上から近づいて踵落としを繰り出す。


 しかし寸前で体勢を整えたレイパーは、それを身を捩って空振らせ、隙だらけになったファムの腹に膝を打ち込む。


「――ぅっ!」


 体をくの字に折り曲げ、痛みに悶えるファム。


 そんな彼女に、レイパーは翼を叩き付けるも、ファムも背中の翼を盾にして直撃を防ぐ。


 ファムが反撃しようと翼を広げるも、彼女の視界にレイパーの姿は無い。


 どこに行った? そう思って探しはじめた刹那、上から何かが来る気配を感じて顔を上げる。


「――っ!」


 レイパーが足をこちらに向け、勢いよく垂直に落ちてきた。


 躱す暇は無い。ファムはやむなく腕をクロスさせて攻撃を防ぐも、衝撃は殺せず、地面に背中から墜落していく。


 段々と近づいてくる地面への恐怖と腕の痛みを押し殺し、ファムは必死で翼を羽ばたかせた。


 徐々に落ちていく落下速度。そして辛うじて、地面に激突する寸前で空中に踏みとどまる。


 だが安堵する余裕は無い。


 もう既に、レイパーはファムへと近づいていたのだ。


 来ているのは分かっていても、墜落を防ぐのに精一杯だったファムには、次のレイパーの一撃は躱せない。


 そのままレイパーの足がファムの喉を捕らえ、地面に押さえつける。


 くぐもった声が、ファムの口から漏れた。


 体をジタバタさせるも、レイパーの力が強く、引き剥がすことは出来ない。


 レイパーの足の爪が、ゆっくりとファムの首を締め付けていく。


 息が出来ず、さらには首の骨が悲鳴を上げるように軋んだ音を立てる。


 あまりの苦しさに、死の恐怖が実感として湧いてきた、その瞬間。


 何かがレイパー背中で爆発する。その衝撃でよろめき、足の力が弱まったところで、ファムは必死にその足に腕を叩き付けて喉からどかし、地面を転がってレイパーから離れた。


 ゲホゲホと咳き込んでから新鮮な空気を肺に精一杯吸い込み、攻撃が飛んできた方向を見る。


「ミ、ミヤビ……っ!」


 大分距離は離れているが、雅が百花繚乱をライフルモードにして、こちらに走りながらレイパーへと銃口を向けていた。


 すると突然雅は銃口を上へと向ける。


 つられてファムもそちらを見れば、レイパーが再び空を舞っていた。


 ファムは翼を大きく広げると、彼女もまた飛び立つ。


 空中戦、第二ラウンドが始まった。



 ***



 ファムがハーピー種レイパーと戦い始めた丁度その頃、教員棟の入り口付近に、もう一体、別のレイパーが出現していた。


 刃渡り一メートル程もある、濁った赤茶色に汚れたサーベルを持った、全身に鱗のある人型のレイパーだ。まるでトカゲのような見た目をしており、分類は『リザードマン種』といったところだろう。


 どこから学院に侵入してきたかは不明だが、突然出現したこのレイパーは、教員棟に入り暴れ回った。


 教員棟の入り口には、六人の女性が胸部や首、腹部等を斬られて殺されている。一人は教員で、他の五人は学生だ。入り口を入ってすぐのところにある椅子に座り、談笑していたところを襲われたのだ。


 学院の女性教員には、レイパーから生徒を守るため、各人に国からアーツが支給される。だが教師と研究者を両立する中、そこに追加で戦闘技術も磨ける女性はそう多くない。教員の多くはレイパーに対して精々自衛する程度の能力しか持っておらず、これが不幸を呼ぶ原因となってしまった。


 そして現在、レイパーは教員棟の外に連れ出され、二人の女性と交戦している。


 相手をしているのは、ミカエル・アストラムとノルン・アプリカッツァ。


 二人は丁度、お昼を食べに行くため外出しようとしたところで悲鳴を聞きつけ、現場に向かったところ女性を殺害中のレイパーと出くわし、そのまま戦闘に突入することとなったのである。


 ミカエルは学院でも数少ない、戦闘能力のある女性教員だ。国からではなく、彼女自身、元々アーツを所持しており、日夜授業と研究の合間を縫って鍛錬を積んでいる。


 しかしそんなミカエルはともかく、何故ノルンまでレイパーと戦っているのか。


 それは、実はノルンもアーツを持っているからである。ミカエルから、万が一の時に自衛が出来るよう、アーツを貰い、戦闘技術を仕込まれていた。


 二人が使っているのは、共に杖型のアーツ。


 ミカエルが使用しているのは『限界無き夢』といって、全長二メートル程の節くれだった木製のスタッフだ。白木で出来ており、全体的に白っぽい。先端には直径二十センチ程の赤い宝石がついている。


 ノルンが使用しているのは『無限の明日(あした)』といって、形状はミカエルの持つ『限界無き夢』と同じ物だ。先端も同じく赤い宝石がついているのだが、スタッフのカラーリングが異なっており、材質が黒木であるため全体的に黒っぽい見た目をしている。


 二つのアーツが似たような形状をしてるのは、これらが姉妹品であるからだ。同じ場所で、同時期に発見されたアーツであり、長らくアストラム家が保管していたのだが、内一本をノルンに与えたという訳である。


 この二種類のアーツは少し特別で、雅の『百花繚乱』やレーゼの『希望に描く虹』、セリスティアの『アングリウス』のように、持てば誰でも武器として使用できるアーツではない。


 使用する者に、攻撃魔法の才を要求するアーツなのである。


 攻撃魔法は、鍛えて習得できるものでは無い。生まれた時に体内に魔力が一定以上あるか否かで決まる。条件を満たす者は八十人に一人くらいの割合と言われており、加えて日常生活で使用するものでもないため、才を自覚することなく生を全うする人も多い。


 たとえ才を自覚したとしても、正しい知識を持った指導者の元で鍛錬を積まなければ使いこなせるようなものでは無く、現実で攻撃魔法が使われているところを見る事はかなり稀だ。


 レイパーの存在が公知の事実となってからは魔法の需要も増えたものの、アーツを持たない人が使用する魔法ではレイパーにダメージを与えられないことが発覚したため、相変わらず攻撃魔法は『ごく一部の才ある者にしか使えないもの』と認識されている。


 ミカエルとノルンは偶然にも魔法の才を授かっており、良い指導者にも恵まれ、その上アーツを持っているということもあり、レイパーと戦える力を身につけることが出来た。


 しかし。


 今現在、二人はリザードマン種レイパーに苦戦していた。


「――きゃっ!」

「師匠っ?」


 ミカエルの悲鳴と、ノルンの叫び声が重なる。


 ミカエルが作りだした炎の壁を突破し、レイパーがミカエルに向かってサーベルを振り下ろしたのだ。


 アーツを盾にして直撃を防いだものの、重く圧し掛かる衝撃までは殺せない。


 ミカエルとレイパーの間に風が巻きおこり、二人を強制的に引き剥がす。ノルンの魔法だった。


 吹っ飛ばされたレイパーは、地面を蹴って、今度はノルンの方に猛スピードで近づいてくる。


 魔法で迎撃する暇は無い。


 レイパーがサーベルを振り回し、ノルンは何とかそれをアーツで受け止める。


 手が痺れ、次の一撃は止められそうも無いと悟るノルンだが、そこでレイパーの横からレイパーに向けて火球が飛んできた。咄嗟に後ろへ飛び退き、それを躱すレイパー。


 ミカエルが肩で息をしながら、片膝立ちになってレイパーへと杖を向けていた。


 ミカエルがレイパーへと火球を次々に放つも、レイパーは身を反らして避けたりサーベルで防いだりしながら、あっという間にミカエルとの距離を詰めてしまう。


 そして再び剣撃がミカエルへと襲いかかり、レイパーを妨害するためにノルンが魔法を放つ……戦闘開始から、これを繰り返していた。


 魔法攻撃はその性質上、敵との距離が離れていた方が都合が良いが、リザードマン種レイパーは動きが機敏であり、距離を離す暇が無い。


 ミカエルかノルンがしばらくレイパーの攻撃を一手に引き受けられれば、その間にもう片方がレイパーから離れられるのだが、サーベルの攻撃をアーツを盾にして受け続けるのは無理がある。直撃は避けているとはいえ、二人の体力はゴリゴリと削られていた。


 魔法を使って戦うミカエルとノルンは、剣等の近接戦闘用のアーツを使う人達ほど体を鍛えていない。遠距離戦は得意だが、今強いられているような近接戦は不得手だ。


 これが、二人がレイパーに苦戦している理由である。


 ただ、防戦一方のミカエルとは違い、ノルンは段々とレイパーの動きに対応していく。


 アーツで受けるしか無かった相手のサーベルの攻撃も、飛び退いたり体を反らしたりして避ける。避けられない時は、杖で相手の攻撃を受けるのではなく『受け流す』ようにして凌ぐ。


 ノルンの動きが変わった最大の要因は、彼女がアーツから与えられたスキル、『未来視』によるところが大きい。


 このスキルはどんな行動をしたらどんな危険があるのか、事前に察知することが出来るのだ。察知出来るのは危険な未来だけである。


 このスキルを随所で使用することにより、ノルンはレイパーの攻撃を躱していた。


 だが何故最初からこのスキルを連続で使わなかったのか。


 それはこのスキルを使うと、ノルンの体力も削られてしまうというデメリットがあるからだ。ただでさえ慣れない近接戦闘の中、スキルでさらに体力を奪われては絶対に勝てないと判断したノルンは、相手の動きに目が慣れてくるまでの間、防御に専念していたのである。


 その努力が実り、今まで劣勢だったのが嘘のように、ノルンとレイパーの実力が拮抗していく。今やノルンは近接戦を強要されている中でも、相手の動きの隙を突き、魔法で風の球体やかまいたちを作り、攻撃を仕掛けるようにまでになっていた。


 こうなるとミカエルは、下手に魔法を放つとノルンを巻き込んでしまうと悟る。


 適所で火球や火の壁をレイパーとノルンの間に出現させる等のサポートをしているとは言え、弟子に戦闘の重要なところを任せっきりにせざるを得ない事が、ミカエルは悔しくて堪らなかった。


 それでもミカエルの頭は冷静だ。


 どこにどんな魔法を打ち込めば良いか計算し、放たれる魔法は、間違いなくノルンにとってはありがたいサポートである。


 そしてついに、ミカエルの火球がレイパーの足元に着弾し、地面を砕きレイパーの体勢が崩れる。


 そのチャンスを逃すノルンでは無い。


 一気にレイパーから距離をとり、杖型アーツ無限の明日をレイパーへと向ける。


 赤い宝石が輝きを増し、ノルンの周りに大気が渦巻く。


 そして大量の風を集め、直径一メートル程の巨大な球体にすると、それをレイパー目掛けて放った。


 リザードマン種レイパーは咄嗟にサーベルを盾にしてノルンの魔法を受けるが、その威力は防ぎきれず、大きく吹っ飛ばされてしまう。


 そこへさかさずミカエルが追撃の火球を放った――のだが。


「――っ、しまった!」

「そんなっ?」


 二人の驚愕した声が同時に発せられる。


 リザードマン種レイパーはなんと、倒れた状態にも拘らず、火球に向かってサーベルを投げつけたのだ。


 空中でぶつかり、爆発する火球。


 巻きおこる煙をノルンが風で払った頃には、後に残っていたのはレイパーが使っていたサーベルだけになっていた。


「逃げられた……ごめんなさい、師匠! 私の攻撃で止めを刺せていれば……」


 申し訳無さそうなノルンに対し、ミカエルはすぐに首を横に振る。


「私の追撃で倒せていれば良かったのよ……ノルンは何も悪く無いわ。それよりも、すぐにあのレイパーを探さないと――って、えっ?」


 話している途中で、ミカエルは何かに気がついたように空を見上げ、ノルンもつられてそちらを見て――息を呑む。


 空中で、ファムとハーピー種レイパーが戦っているのが見えたのだ。レイパーに向かって桃色のエネルギー弾が飛んでおり、恐らく雅の援護では無いかと二人は何となく悟る。


 ミカエル達は学院の敷地内にもう一体レイパーが忍び込んでいたことを知らなかった。


 無論、学生が戦っているのを見て、穏やかな気持ちでいられるミカエルでは無い。


「ちょっと助けに行ってくる!」

「ちょ、師匠っ?」


 ミカエルが突っ走ったのを見て、何となく嫌な予感がしたノルン。焦っているのか、明らかに勇み足だ。ミカエルがドジを踏む時の前触れと言える。


 ノルンは咄嗟に『未来視』のスキルを発動し……顔を青くする。


 考える前にノルンの足が動いた。


 ノルンがスキルによって見た未来は――「下手に攻撃を仕掛けたミカエルがレイパーの反撃にあい、殺される」というもの。


 そして今まさに、ミカエルはハーピー種レイパーに向かって火球を放ってしまう。ファムが体勢を整えるため、レイパーから少し距離を取ったところを狙ったのだ。


 しかしレイパーはそれを避け、ファムを無視してミカエルへと向かって急降下する。


 その後ろから、焦ったような顔で追いかけるファム。


 空中でレイパーが体勢を変え、足をミカエルに向け蹴りのポーズをとるのと、ノルンがミカエルに飛び掛かるのは同時。


 ノルンがミカエルを突き飛ばした瞬間、ノルンにレイパーの蹴りが炸裂し……。


 ミカエルとファムの悲痛な叫びが轟いた。

評価・感想・ブックマークして頂けますと大変喜びます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ