第188話『既視』
先に外に出た雅、志愛、シャロンの三人。
シャロンは宿の周りを探し、雅と志愛は二人で南の方へと向かう。宿から伸びていく道は他にもあるが、そっちは道が整備されており、子供の足でも歩きやすいのだ。
街路樹が並ぶ中、走る雅達。
だが、
「……見つからないナ」
「シャロンさんの言う通り、まだそんなに遠くまでは行っていないはずなんですけど……」
「どこかに隠れて休んでいるという可能性は無いカ? もしかするト、夜道が怖くなったって可能性もあル」
「いや、あの綺麗な白髪は目立ちますよ。隠れていたら、すぐに分かります」
辺りをキョロキョロと見回しながらも、二人は歯噛みする。
そうこうしている内に、分かれ道へと差し掛かり、足を止める雅と志愛。
右へ行けば街中。左へ行けば住宅街だ。
カームファリアから安全に出ようとするなら街中を通る方が良いが、ラティアにその判断は出来ないだろう。どちらに行ってもおかしくは無い。
「どうすル? 二手に分かれるカ?」
志愛の問いに、雅は首を横に振る。いくらアーツを持っているとは言え、単独行動は危険だ。
しかし、それならそれで、どちらに進むべきか決めねばならない。
雅が悩み、目を瞑る。志愛は思わず固唾を呑んで彼女を見つめた。
そして、きっかり十秒後、カッと雅は目を開く。
「私達は街中を探しましょう」
「その理由ハ?」
「直感です」
そう言いつつも、何故だか雅には、ラティアがこちらにいるという確信めいたものを感じていた。
「前、ガルティカ遺跡っていうところにあったピラミッドの地下を、ミカエルさんと探索したことがあります。あの時、途中で直感の通りに進んだら、不思議な部屋に辿り着いたんですけど、今、何故だかあの時と同じ感覚を覚えています。きっと、彼女はこっちにいる、そんな気がするんです」
「……分かっタ。雅を信じよウ」
根拠としては乏しい発言だが、不思議とその言葉には強い説得力を感じた志愛。
雅の先導の元、再び走り出すのだった。
***
そして、五分後。
二人が進んだ先には、小さな広間を囲むようにして並ぶ建物があるエリア。
そこから三本の道が、別々の場所へと伸びているのだが……
そこには、建物の側に寄りかかるようにして座りこんでいる、女性の死体の数々があった。
「ナ、なんだこれハ……」
「……ひどい」
ラティアを探していたはずなのに、ショッキングな光景を目にした二人の顔からは、血の気が引いていた。
死体は、全部で七つ。
全て、後頭部が砕けている。建物の壁に血痕が残っていることから、恐らく死因は頭を壁に強く打ちつけられたことによるものと推測された。
建物の中には倒壊しているとまではいかないが、壁には穴が開いており、中を荒らされているところもある。
「……ミヤビ」
「ええ。この殺され方、何だか見覚えが……」
吐き気を抑えながら死体を調べていた雅達は、そんな会話をする。
すると、
「あの……」
「っ!」
どこかから声を掛けられ、思わず飛び上がってしまう。
慌てて辺りを見回すと……建物の影から、恰幅の良い女性が顔を覗かせていることに気が付いた。歳は四十位だろうか。
「あなたは?」
女性は怪我をしているわけでは無いようだが、随分と憔悴しきった顔で、疲弊しているのは明らかだ。
そんな彼女に、雅はゆっくりと、そして優しく問いかける。
女性はポロポロ涙を流しながら、話しはじめた。
雅達に声を掛けた女性は、すぐ近くの建物でパン屋を営んでいる方だ。名前はメレシーという。パン屋の上に住居があり、そこで生活しているとのこと。
「きょ、今日もいつものように明日の仕込みをして……終わったから寝ていたんです。そ、そしたらさっき――化け物が現れて……きっとレイパーだと思うんですけど……」
メレシーの言う化け物は、建物の中に入ると、女性を引きずり出し、頭を壁に叩きつけるようにして殺していったらしい。
「そのレイパー、どんな奴でしたカ?」
「銀の鬣をした大きな獣で……まるで、峡谷にいる化け物みたいな奴でした……」
雅と志愛が、同時に息を呑む。
間違いない。先日、雅達がワルトリア峡谷で逃がした、『ミドル級ワルトレオン種レイパー』だった。
志愛が「くソッ!」と吐き捨てながら、壁に拳を叩きつける。
途端、ビクっとなるメレシーの体。
「ス、すみませン……。それデ、そのレイパーハ?」
メレシーは腰を抜かして家の中で縮こまっていたが、ついにレイパーのターゲットにされてしまった。
だが、
「その時、子供がやって来て……あの化け物、私より先にその子を追いかけはじめて……」
「子供……? あの、もしかしてその子、綺麗な白い髪をしていませんでしたか?」
雅が顔を強張らせながら尋ねると、メレシーは小さく、何度も頷いた。
「間違いなイ……ラティアダ! あの子は今どこニッ?」
「あ、あっちへ逃げて行きました……。でも、もうどうなっているか……あぁぁぁ」
そこで限界が来たのか、メレシーは両手で顔を覆い、泣き崩れてしまった。
「メ、メレシーさん……」
「ごめんなさいぃ……わたし、なにもできなくてぇ……」
メレシーの背中を擦りながら、雅は歯噛みをして……それでも首を横に振る。
「大丈夫! 大丈夫です! 今から助けに行けば、まだきっと間に合います! ――志愛ちゃん!」
「分かっていル! 行くぞ雅ッ!」
志愛はポケットからペンを取り出しながら、強く頷く。
刹那、雅と志愛の右手の薬指に嵌った指輪が、光り輝いた。
雅の手には、二メートル程の大きさの、メカメカしい剣。剣銃両用アーツ『百花繚乱』が。
志愛の持つペンは姿を変え、長さ二メートルの銀色の棍に。先端は、紫水晶を加えた虎の頭を模した形状をしている。棍型アーツ『跳烙印・躍櫛』だ。
雅と志愛はそれぞれのアーツを構えながら、同時にラティアとレイパーの向かったほうへと走り始めるのだった。
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