第21章閑話
「暇過ぎる」
雅達がレコベラ草を採りに行っている間、カームファリアの宿の一室で、優の声が響く。
「仕方ありませんよ。状況が状況ですし」
答えたのは、ライナだ。
ここはシングル用の部屋だが、優とライナが一緒に使っていた。街がレイパーの被害に遭い、泊まれるところは殆ど無い。数少ない宿を、より多くの人が使えるようにするために、このような手段を取っているという訳だ。
優とライナの二人は、今はベッドに仰向けで寝ていた。一人用のベッドを二人で使っているので狭いが、我慢するしかない。
まぁ、それはそれとして、だ。二人がここで暇を持て余しているのは、ちゃんと理由がある。
「あー、やっぱり無理にでもみーちゃん達に着いて行けば良かったかもしんない。ライナもそう思わない?」
「そりゃそう思いますけど、止められましたしね……」
先日現れた、人型種アイビー科レイパー。優もライナも、そのレイパーの操る蔦にやられ、あわや殺される寸前だったのだ。
そういったこともあり、愛理やセリスティア程では無いにしろ、二人は大きなダメージを受けていた。
頑張れば動ける体だから、最初はレコベラ草を採りに行くメンバーに入るつもりだった優とライナ。優の狙撃技術は、険しい峡谷の中でも役立つだろうし、採取の時になれば、ライナのスキルは非常に便利だろう。
だが、二人が行くことに反対したのは……雅だった。雅は二人の体調を見抜き、ここで安静にしているよう、強く要望したのだ。
結局雅に説得され、二人は渋々待機することになったのだが、今ではそれを後悔している。
「今から行ったら、追いつけるかな? 今は十一時ちょい過ぎか……。向こうまでどれくらいかかるだろ? あ、でも道が分からないや」
「……後でミヤビさんに怒られますよ」
「むぅ……仕方ない。でも本当にやる事が無いし――あ、そうだ」
ライナにジト目を向けられた優だが、突如、ガバっとベッドから上体を起こす。
一体どうしたのかとライナが頭に『?』を浮かべていると、優の右手の薬指に嵌った指輪が光り、床の上に弓型アーツ『霞』を出した。
「え? 何をするんですか? レイパーはいませんけど……」
「メンテナンスよ、メンテナンス。霞、ちょっと調子が悪くてね。最近は頻繁に点検するようにしているのよ」
六月の下旬辺りから、矢型エネルギー弾の装填時間に遅延が発生するようになった優のアーツ。最も、遅延すると言っても頻度はごく稀だし、遅延時間もコンマ何秒にも満たないレベルだ。持ち主でないと分からない程度の、些細な事象である。
ただ、真衣華に相談――彼女はアーツを弄るのが好きなのだ――してみたところ、やはり中の部品がいくつか劣化していた。原因は、優のアーツの使い方が少々乱暴だったからだ。
霞は遠距離攻撃専用のアーツであり、耐久性は近距離攻撃用アーツと比べると劣る。だが優は平気で敵に霞を叩きつけたりしていた。
真衣華からは「小手先のメンテナンスじゃ再発するから、一度ちゃんと直した方が良い」と言われたものの、そんな余裕も無く、今に至る。
一応、戦闘の際は乱暴に扱わないよう気をつけていたが、それにしたって限度はあるだろう。
優は霞の調子が悪くなってからは、三日に一度は部品の点検、交換をするようにしていた。
おっかなびっくり分解していたのも今じゃ昔。優の手つきは、もう慣れたもののそれだ。
「そっか。人工のアーツだから、そういう作業が必要になるんですね」
ライナは、バラバラになっていく霞を、興味深そうに見つめながらそう呟く。
「そうそう。……うわ、この部品、もう悪くなってる。この間交換したばかりなのに」
優が摘み上げたのは、矢型エネルギー弾を創り出すための機構に使われている部品の一つだった。チューブのような部品で、最初は透明なものだったのだが、今では茶色くくすんでいる。初めて見たライナでさえ、ひどい状態なのが分かる程だった。
優はそれを新品に変えながら、顔を顰める。
メンテナンスする度に、交換しなければいけない部品が増えていくのだ。それだけ、アーツが悲鳴を上げているということである。
メンテナンスで持たせるのも、もう限界かもしれない。
と、そこで、部屋の戸がノックされる。
「二人共いるー?」
その声は、真衣華のもの。
瓦礫の撤去作業等を手伝っていた彼女だったが、概ね一段落したので、宿まで戻ってきたのである。
丁度良い。今の霞の状態を真衣華にも診て貰おうと思った優は、返事をして戸を開けに行った。
***
「…………」
「え、ちょっとまって。何その顔。え? そんなヤバい?」
分解された霞を見た真衣華の顔が盛大に引き攣ったのを見て、優の心臓がバクバクと嫌な跳ね方をする。
側で見守るライナは、そんな二人の様子を見て、素人目にもいよいよ事態の深刻さを理解したようだ。
真衣華は優の質問には答えず、中の部品をいくつか手に取り、「あー」とか「うー」等という曖昧な声を上げる。
優とライナはしばらく固唾を呑んで見守っていたが、やがて真衣華は力無く首を横に振った。
「いやぁ……これは真面目に駄目かも」
「ええっ?」
「ここ見て」
真衣華が指を差したのは、矢型エネルギー弾を作るためのエネルギーが蓄えられている場所だ。
一見すると何も問題が無いように見えるが……よく見ると――
「あ……罅入ってる……」
「ほ、本当だ……」
ほんの僅か。大きさにして、三ミリも無い程度だが、そこには確かに罅が入っていた。
「多分、ここからエネルギーが漏れ出ていると思う。中の色んな部品がちょっと変色していて、変だなって思ったんだけど……」
「あ、もしかして、さっき交換した部品……」
優は先程の茶色くなったチューブのような部品のことを摘み上げる。
すぐに劣化してしまったと思っていたが、どうやらその原因は、エネルギー漏れだったようだ。
「でも、なんでこんなところに罅が……最近は、乱暴には扱わないようにしていたのに……」
「あの魔王のようなレイパーと戦ったりしたし……それに、雅ちゃんのアーツと合体させたりして、思っている以上に負担が掛かっていたんだと思う。でも、流石にこれはどうにもならないなぁ……」
「……うぅ」
「あの、マイカさん。なんか深刻な状態だっていうのは分かりますけど、実際のところ、どれくらい悪いんですか?」
ライナが、霞と優の顔、そして真衣華の顔を順番に見てからそう尋ねる。
真衣華はチラリと優の顔を見て、軽く息を吐いてから、口を開く。
「すぐにでも修理しないと駄目な状態だね。今は小さい罅だけど、これからどんどん大きくなっていくはずだから。もしこのまま使い続けると、多分、二週間も持たないと思う」
真衣華の口から発せられた、絶望的な診断結果。
優はそれに対し、唇を噛み締めることしか出来ないのであった。
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