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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第21章 ワルトリア峡谷
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第186話『談話』

 そして次の日。


 八月八日、火曜日。午後四時五十三分。


 カームファリアの北東にある病院に雅達が採取したレコベラ草が届けられ、大急ぎで治療薬が作られた。


 大勢の怪我人にそれが行き渡ったことで、地獄絵図だった病院内も、今は段々と落ち着いてきた頃。


 ここは、一階にある部屋の一室。元々は診察室だったが、今は中のデスク等が外に出され、大量に運び込まれた患者が床一面に敷かれたマットの上で寝かされていた。


 その一角にて。


「あ、セリスティアさん。起きちゃ駄目ですよ」

「大丈夫だって。もう動けるように――いてててて」

「言わんこっちゃ無いわ……」


 雅の忠告を無視してセリスティアが起き上がるが、腹部に激痛が走り、顔を顰める。そんな彼女を見て、隣にいたレーゼは溜息を吐いた。


「それにしても、異世界の医療技術は凄いな。傷も骨折も、あっという間に元通りとは……」

「はいはい。アイリもあんまり喋らない。体に障るわよ」


 侍種レイパーと騎士種レイパーにより、大きなダメージを受けて気絶していたセリスティアと愛理。体のあちこちの骨が折れ、生きているのも不思議な状態だった。


 それが、薬を投与して数時間で回復した。まだ本調子には戻っていないものの、日本では信じられない薬の性能に、愛理は舌を巻く。


「骨、まだ完全にくっ付いた訳じゃないみたいです。まだ細かい罅とか残っているようで……。無理して動くとまた折れちゃうみたいだから、あんまり動かないで下さいね」

「二人共寝ていなさい。後二日は絶対安静よ。ニケさんにも言われたでしょ? 会話も禁止。良いわね?」


 有無を言わさぬ迫力を醸し出す雅とレーゼの言葉。セリスティアも愛理も、頷くしか無い。


 その後、二人が部屋を出ると……セリスティアは早速レーゼの言いつけを破り、口を開く。


「すまねぇな、アイリ。俺が付いていながら、痛い思いさせちまって……」

「ファルトさんのせいでは無いでしょう。奴らが強過ぎただけで……」

「結局、あのレイパーは二体とも逃がしちまった。今は大人しくしているみたいだけど、何時暴れだすかも分からねぇ。でもそうなりゃぁ、また人が死ぬ。あんなヤバいレイパーなら、どんだけ被害者が出るか……」

「何十人……いや、何百人でしょうか……何れにせよ、少なくない」


 愛理の言葉に、セリスティアは顔を顰める。


 街に転がっていた死体。その光景を思い出すと、体中の傷が……心が、痛んだ。


「俺がもっと強くて、あそこであいつらを倒せていりゃあ、『次の犠牲者』なんて出ねぇよなぁ……。畜生め」


 言いながら、セリスティアは拳を握り締める。


「……俺達の攻撃は、一切通用しなかった。あの鎧に阻まれたから……。突破するだけ、ぶち破るだけの力が必要だ」

「……ですが、どうやって?」


 愛理の声は、弱い。彼女には、敵を倒すためのビジョンが見えていなかった。


 それは、セリスティアも同じだ。


 しかし、セリスティアは「決まってんだろ」と呟く。その瞳は、燃えていた。




「鍛えんだよ。力が足りねぇなら、上げるだけだ」




 ***




 一方、病院の裏手では。


「あ……カベルナさん」

「やっほー、ノルンちゃん」


 怪我人の介護等、色々と手伝いをしていたノルン。ワルトリア峡谷から帰ってきて、ずっと働き詰めの彼女だったのだが、流石に疲れがピークに達し、休憩に入ったのだ。


 そういう訳でこの場所にやって来たのだが、まさかカベルナがいるとは思ってもいなかったノルン。持っていた杖型アーツ『無限の明日』を、思わず後ろに隠してしまう。


 最も、ノルンがここに来ることなんて、カベルナも予想していなかったのだが。余裕ぶっているが、内心では少しパニくっていた。


 ノルンがカベルナとの関わり方に悩んでいるように、カベルナもノルンにどう接すれば良いか分からなかったのだから。


 雅からの頼みを了承したものの、どのタイミングでどう話をしようかと頭を悩ませていたカベルナ。実は今もこの場所で、一人であれこれと考えていた。


 挨拶を交わしたものの、それから二人の間には会話が無い。互いに、相手に気づかれないよう、そっとチラチラと視線を贈っているだけだった。


 いっそ誰かが乱入してくれないものか……そう思ってカベルナが辺りをこっそり伺い、ある一点で少しの間目を留め、深く息を吐く。


 自分の気持ちを伝えるタイミングは、どうやら今この時が最良らしい。


 そう思って口を開いた、その時だ。


「あの……このアーツ……無限の明日のことなんですけど……」


 ノルンの方から、先に話掛けてきて、カベルナは思わずずっこけそうになる。


 なんて間の悪いことか。


 ノルンは隠していた無限の明日を前に持ってくると、続ける。


「師匠から、聞きました。無限の明日は、本当はカベルナさんの物になるはずだったって……」

「あー……そのことね。うん。姉さんに、昔謝られた。『勝手に弟子に上げちゃった。ごめん』って。あ、これ言われたまんまの台詞ね」

「そ、それは軽過ぎませんか……?」


 敬愛する師匠の、存外に失礼な態度に、ノルンが顔を強張らせる。


「あー、ノルンちゃんもそう思うよね?」

「は、はい。えーっと、あの……師匠とお母さんの関係が悪いのって、やっぱり私のせいですよね……」


 前にフォルトギアに行った時の出来事を思い出し、ノルンの顔色が悪くなる。


 そんなノルンを見て、カベルナはミカエルとヴェーリエのやりとりをノルンが見た時の心情を察し、少し同情した。あれは身内でも胃が痛くなるのだから。


「ノルンちゃんが気にしなくて良いよ。あの二人、前からあんまり上手くいってないんだから……まぁ、いいや。それで?」


 カベルナが先を促すと、何故かノルンは俯いてしまう。


 それでも、数秒後、意を決したように顔を上げる。


「その時、レイパーの襲撃事件があって、その後、師匠のお母さんに言ったことがあります。『無限の明日は、師匠が私を認めてくれた証。だから、誰にも渡したくない。このアーツを、誰よりも使いこなしてみせるから、もう少し使わせて下さい』って」


 そう言って、ノルンは深く頭を下げる。


 カベルナは……一回目をパチクリとさせると、「おぉぅ……」と畏怖の息を吐く。


「……え? マジ? それお母さんに言ったの? 大丈夫だった? 怒鳴られなかった?」

「いえ? 『勝手になさい』って言われましたけど、怒ったりはしていませんでした」

「ノルンちゃん、意外と度胸あるねぇ……」

「そ、そんなことないです。でも、その時の気持ちは今でも変わっていない。このアーツは、やっぱり自分が持っていたい。だから……失礼かもしれないけど、そのことはカベルナさんに伝えておきたいって思ったんです」


 きっぱりとそう言われ、カベルナは内心で舌を巻く。


 思ったより、意思の強い娘だと思ったのだ。


 ふと、自分が情けなくなるカベルナ。


 自分より年下の娘が、こんなにはっきり意見を言っているのだ。自分が悩んでいて、どうするのだろうか。


 そう思ったら、自然とカベルナの口が開く。


「……実はさ。姉さんが勝手に無限の明日をノルンちゃんに渡したって聞いた時、直接文句を言ってやりたくて、ウェストナリア学院まで行ったことがあったんだ。まぁ、結局何も言わずに帰ってきたんだけどさ」

「えっ? どうして?」

「……君が、私の想像以上に、そのアーツを使いこなしていたからさ」


 カベルナは、ノルンの持つ無限の明日を指差してそう言った。


「それ見たら、私もそのアーツはやっぱり君が持っているべきだって思ったよ。今回のレイパーとの戦いの時だって、ちゃんと使いこなしていた。だから……気にしなくていいよ。私にはもう、自分にぴったりのアーツが見つかったんだから」


 カベルナは、今度は自分の腰に収めているエストック型アーツ『セイクリッド・ラビリンス』を指差して、笑みを浮かべる。


「そうだ。まだちゃんとお礼を言っていなかったね。最後に私からお面を剥ぎ取ってくれたのって、ノルンちゃんでしょ? 助けてくれて、ありがとう」

「いえそんな……。他の皆さんの力があったから、上手くいっただけですし……」

「またまたそんなご謙遜を。……これからもさ、そのアーツを使って、色んな人を助けてあげて。私を助けてくれたみたいにさ。約束、いいかな?」


 そう言うと、カベルナは右手の小指を差し出す。


 丁度、指きりげんまんの時の手の形をさせて。


 ノルンは驚いたようにカベルナの顔と小指を交互に見ていたが、やがてはにかみ、カベルナの小指に自分の小指を絡める。


「……はい! 約束します!」


 そう言って、二人はギュッと、指に力を入れるのだった。




 ***




 そして、それから少し会話をして、ノルンが手伝いに戻った後。


「さぁて――ちょっと、姉さん。いつまで隠れているの?」


 カベルナが物影の方へと視線を向けると、ややジト目でそう声を掛ける。


 すると、


「あぁ……カベルナ。偶然ね。私も今来たばかりで……」


 恐る恐るとそう言いながら姿を表したのは、鍔の広いエナン帽を被り、白衣のようなローブを身に付けたミカエルだ。


 今来たばかりなのよ、なんて見え透いた嘘に、カベルナはやれやれと溜息を吐く。


「全く……最初から気づいていたっての。……お弟子さん、心配だったの?」

「うぅ……ごめんなさい……でも、事が事だし……」

「そんなこと思うなら、ちゃんと筋を通してからあの娘にアーツを渡せば良かったものを……」


 最も、それが出来ていれば苦労は無いというのは言わずもがなか。


「本当は途中で会話に入ろうかとも思ったんだけど、ノルンの様子を見ていたら、これは見守らないとって思って……」

「なんだ。思ったより、ちゃんと師匠やっているね。最初に弟子をとったって聞いた時は、ちゃんと指導出来るのかなって心配していたんだけど。ちょっと安心した」

「あ、ひっどーい!」


 子供のように頬を膨らませ、拗ねるミカエルに、カベルナは思わずクスリと笑みを零す。


 その反応が気に入らなくて、ミカエルは拗ねたままツンツンとカベルナの脇腹を小突く。


「ちょ、くすぐったいって! ごめんごめん! ……もう、子供なんだから!」

「お姉さん相手に生意気なこと言うからよ、全く。……もう行くの?」

「うん。こっちには、レコベラ草を採りに来ただけだしね。実は、ちょっと行きたいところが出来て……。ほら、ミヤビって娘、いたじゃん?」

「ええ。あの娘がどうかしたの?」

「エンドピークに、あの娘そっくりの銅像があったのを思い出してさ。誰の銅像だったかな? でもミヤビちゃん見ていたら、なんだかあの銅像が見たくなって……。ついでにコンサートでも聴いてこようかなって」


 エンドピーク。


 それは、エスティカ大陸にある国の一つだ。


 オートザギアのすぐ上に位置する国で、特筆すべきは、音楽で有名なところだということか。著名な音楽家がこぞってエンドピークに集まり、あちこちの会場で頻繁にコンサートが開催される。


「そこに言ったら、一度実家に顔を出して……そしたら、またイェラニアに行ってみようかなって思ってる」

「そっか……。じゃあ、またしばらくはお別れね。今回はどうもありがとう。本当に助かったわ。体に気をつけて」

「うん。姉さんこそね。ノルンちゃんにもよろしく。それじゃ!」


 そう言って、カベルナは去っていく。このまま、雅達に別れの挨拶もしないまま行ってしまうのだろう。


 カベルナは湿っぽいのが嫌いだから、こういう去り方をすると、ミカエルはよく知っていた。


 小さくなっていくカベルナの背中が消えていくまで、ミカエルはずっと手を振る。


 そして、彼女の姿が見えなくなると、ほぅっと息を吐いた。


「……そう言えば、ミヤビちゃんに良く似た銅像があるって言っていたわね。本当かしら?」


 ミカエルのそんな独り言は、暗くなっていく空の茜色と共に、ふぅっと消えていくのだった。

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