第184話『斬舞』
姥の面に操られているカベルナの相手をする、志愛とノルン。
「えいっ!」
ノルンが杖型アーツ『無限の明日』を振るい、何発もの風の球体をカベルナに放つ。
なるべくカベルナを傷つけないように飛ばされた魔法攻撃。半分程はカベルナから離れたところを通り、背後の地面に落ちてしまう。
直撃コースの魔法さえも、カベルナはエストック型アーツ『セイクリッド・ラビリンス』を振るえば、いとも容易く明後日の方向へと弾かれてしまった。
人間相手、それも敬愛する師匠の妹ともなれば、ノルンの攻撃にいつもの威力は無い。カベルナに軽々防がれているのは、これが理由である。
だがカベルナの方は容赦無い。
ノルンの連続魔法攻撃を防ぎつつも少しずつ接近し、止んだ瞬間に一気に迫る。
このままエストックでノルンを串刺しにするつもりだ。
しかし、
「させなイ!」
カベルナとノルンの間に、志愛が割り込み、代わりにエストックの突き攻撃を棍型アーツ『跳烙印・躍櫛』で受け止める。
そのまま巧みに棍を操り、カベルナの足を払うと、そのままお面へと振り下ろすような打撃を繰り出した。
だがカベルナも負けてはいない。
体勢を崩されそうになりながらも、志愛の一撃をアーツで受け流し、カウンターのように志愛の腹部へと突きを放つ。魔法により腕力を強化した一撃だ。
辛うじて防御用アーツ『命の護り手』の発動が間に合うも、体に強烈な衝撃が襲い、痛みに顔を顰めながら後ずさる志愛。
そんな彼女に、カベルナは追撃を試みようとして――寸前で背後の気配に気づき、振り返る。
「こっちよ!」
そこにいたのは、レーゼ。
レイパーの相手を雅と希羅々に任せ、志愛とノルンを助けに来たのだ。
レーゼは剣型アーツ『希望に描く虹』を振りかぶり、カベルナのお面目掛け、虹の軌跡と共に素早い斬撃を放つ。
しかしカベルナは身を反らしてその攻撃を躱し、レーゼが第二撃を放つより早く、腹部へと突き攻撃を繰り出した。
「くっ……!」
カベルナの攻撃を受けながらも、レーゼは構わず剣を振る。
しかし狙いが逸れてしまい、斬撃はカベルナの頭の上を横に通過していくだけだった。
すると、カベルナの右側に丸い穴が出現。彼女のスキル『アンビュラトリック・ファンタズム』が発動したのだ。
狙いは――レーゼの後ろから、魔法で援護しようとしているノルンである。ノルンの背後に、穴があった。
「ノルン! 危な――っ?」
それに気が付いたレーゼがノルンに警告を飛ばした刹那。
ノルンの背後にあった穴が消え、レーゼの左側へと再度出現した。
レーゼは知らなかったのだ。穴に何かを突っ込む前なら、自由に出し直せることを。
故に、レーゼに大きな隙が生まれる。
ヤバい、と思った瞬間には、レーゼの脇腹へとエストックが直撃していた。
スキル『衣服強化』の発動がギリギリ間に合ったものの、予想外の一撃にレーゼは大きくよろめく。
そしてそんな彼女に、カベルナの突き攻撃の嵐が襲いかかった。
レーゼは希望に描く虹を腰に仕舞い、両腕と足をフルに使ってその乱打を防いでいくが、それでも服で覆われていない顔や手の甲等に、少しずつ傷が出来上がる。
何とか反撃の隙を見つけたいが、攻撃を捌くのに必死で、そんな余裕は無い。完全に防戦一方だった。
「レーゼさん! 後ろ気をつけて!」
ノルンの声が聞こえた瞬間、レーゼの後ろから緑風で出来た球体が飛んでくる。ノルンの援護だ。
だがカベルナに命中する寸前、彼女はアーツを振るい、その攻撃をレーゼの方へと弾き返してしまう。
「きゃっ?」
「そんなっ?」
レーゼは腕をクロスさせて魔法を受けるが、その衝撃で吹っ飛ばされてしまう。
驚愕するノルンだが、カベルナの動きは止まらない。
エストックを構え、勢いよくノルンへと迫るカベルナ。
接近戦になれば、ノルンに勝ち目は無い。それが分かっているから、ノルンの顔も青褪める。
その時だ。
カベルナは急に何かに気がついたように横を見ると、慌ててその場を跳び退いた。
刹那、地面に着弾する二つの桃色のエネルギー弾。
ノルンが、攻撃が飛んで来た方を見れば、そこにいたのは雅。
ミドル級ワルトレオン種レイパーとの戦闘が終わった雅が、二本の剣銃両用アーツ『百花繚乱』をライフルモードにし、カベルナへと向けていたのだ。
百花繚乱が二本あるのは、雅が『共感』により、真衣華のスキル『鏡映し』を使ったからである。アーツをコピーする効果があるのだ。
カベルナは攻撃してきた雅へとエストックの先端を向けるが、雅が助けに来たということは、つまり……
「はぁっ!」
希羅々もいるということである。
雅が気を逸らし、別の方向から希羅々が奇襲を仕掛けて来たのだ。
レイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』による鋭い突き。それでもカベルナはセイクリッド・ラビリンスを振り、その一撃を外側に逸らした。
そしてカベルナは反撃の突きを繰り出すが、希羅々は体を傾けそれを躱す。
金属音を鳴り響かせながら、激しい攻防を繰り広げる希羅々とカベルナ。
優勢なのは、カベルナだ。魔法による身体能力の強化が、戦況に如実に現れているのである。
雅の放つエネルギー弾が、所々でカベルナの動きを邪魔しているお陰で一方的にはなっていないだけだった。
腕が痺れる中、諦めずに攻撃を続ける希羅々だが、ついにカベルナのエストックが希羅々のレイピアを弾き飛ばしてしまう。
姥の面で顔は隠れていて分からないが、続くカベルナの攻撃がやや勇み足になっていることから、相当に勝ち誇っているのは明らかだ。
だから気が付かない。実は希羅々が、上手く敵を引き付けていたということに。希羅々も僅かに口角を上げていたことに。
無論、勝てるなら自分で勝負を決めにいくつもりだったのだが、最初の攻防でそれは無理だと判断した希羅々。だから、第二の作戦に移行した。
希羅々も雅も、見えていたのだ。
志愛がこっそり、カベルナの背後から近づいていることへと。
カベルナがそれに気が付いた時には、もう遅かった。
「すみませンッ!」
志愛がカベルナに抱きつき、動きを封じる。
ジタバタとカベルナがもがき、志愛の体はいとも容易く吹っ飛ばされてしまった。
だが、少しだけでも動きを封じられれば、それで充分。
カベルナの顔面へと、風の球体が迫る。
ノルンの放った魔法だった。
いくら身体能力を強化したと言っても、もうカベルナは間に合わない。
風の球体が姥の面に直撃し――カベルナの顔から剥がれるのだった。
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