第183話『支配』
「カベルナさんっ!」
運悪く、姥の面をかぶってしまったカベルナ。
フラフラとした足取りで自分達の方へとやって来るのを見て、猛烈に嫌な予感がした雅。
声を掛けるも、返事は無い。
代わりに、エストック型アーツ『セイクリッド・ラビリンス』の切っ先を向けてくる。
次の瞬間。
カベルナとノルンの横に丸い穴が開く。
カベルナのスキル『アンビュラトリック・ファンタズム』だ。
「きゃっ?」
ノルンが咄嗟に跳び退くと同時に、穴からセイクリッド・ラビリンスが襲いかかってくる。
「カベルナさんっ? なんでっ?」
「無駄よノルン! きっと、あのお面に操られているんだわ!」
「雅ッ、どうすればいイッ?」
志愛の切羽詰った質問に、雅は一瞬言葉を詰まらせるが、すぐにお面を指差す。
「あれを剥がして下さい! 一発攻撃が当たれば、何とかなります!」
雅がそう言えたのは、『共感』でファムのスキル『リベレーション』を使ったからである。
拘束の解き方を教えてくれるこのスキルが、そうしろと雅に告げたのだ。
「来ますわよ!」
希羅々の声がした刹那、再びノルンの横に穴が出現。
ノルンは杖型アーツ『無限の明日』を振るい、緑の風で出来た壁を出現させるが、カベルナの突きはそれを貫通し、ノルンの頬を掠める。
レイパーの攻撃すら防ぐノルンの防御魔法だが、カベルナの攻撃がそれを上回っているのだ。カベルナが自身の魔法で、身体能力を強化しているが故である。
カベルナの動きを止めようと駆け出すレーゼと志愛だが、その行く手を阻むように穴が出現し、カベルナの攻撃が放たれた。
レーゼは『衣服強化』のスキルを使いつつ腕でエストックの攻撃を受け止め、志愛は身を捩って回避する。
だが防御に一瞬気が向いた隙を狙い、カベルナは素早くレーゼの懐に潜りこむと、彼女の腹部へと強烈な突きを繰り出した。
「っ!」
スキルで防御しているが、それでも相当な衝撃が襲いかかり、レーゼは声も上げられずに吹っ飛ばされてしまう。
「レーゼさンッ!」
「ッ!」
志愛の言葉には、背中から地面に叩き付けられたレーゼを心配する気持ちと、警告を発する気持ちが半々。
何故なら、レーゼが飛ばされた場所のすぐ側には……ミドル級ワルトレオン種レイパーがいたからだ。
お面を剥がされたからか、しばらくは大人しくしていたこのレイパーだが、既に動けるようになっていた。
倒れたレーゼへと、レイパーは前足を振り上げる。
防御をしても、ある程度のダメージは免れないと覚悟した、その時。
「させませんっ!」
「はぁっ!」
雅と希羅々が横からアーツで攻撃し、レイパーの気を逸らす。
「マーガロイスさん! こいつは私達で何とかしますわ!」
「しばらくカベルナさんを引きつけておいて下さい!」
「分かった! お願い!」
レーゼは起き上がりながらそう叫ぶと、言われた通りカベルナの方へと走り出す。
カベルナは今、志愛とノルンを二人同時に相手しながらも、随分と優勢に立っていた。
「多分、向こうは長くは持ちません……! 行きますよ、希羅々ちゃん!」
「ええ! 分かっていますわ!」
雅は剣銃両用アーツ『百花繚乱』を、希羅々はレイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』をそれぞれ構え、同時にレイパーに向かって地面を蹴る。
レイパーも低く唸り、雅達の背後を取ろうと走り出す。
だが、その速度は先程とは比べ物にならないくらい遅い。勿論、二人よりは断然速い。しかし少なくとも、雅も希羅々も、充分に目で追えるレベルだった。
故に、敵の思惑通り背後を取られても、攻撃が来るより先に、敵が来る方向に体を向けられる。
上から叩きつけられるようにして飛んできた前足の一撃を、雅が百花繚乱で受け止め、希羅々が懐に入り込み、鋭い突きの連打を浴びせた。
体の柔らかいところに絶え間なく突き刺さるレイピアのポイント。
さらに雅が百花繚乱でレイパーの前足を跳ね上げ、懐へと飛び込む。
敵が怯んでいる、今がチャンスだ。
「はっ!」
「喰らいなさい!」
雅と希羅々の斬撃が同時にレイパーの腹部へとヒットし、その巨体をかちあげる。
「希羅々ちゃん! アーツ!」
「ええ!」
雅が合図した刹那、百花繚乱の刃の中心に切れ目が入り、上下にスライドする。出来た隙間に、希羅々のシュヴァリカ・フルーレがすっぽり入ると、そのまま刃ががっちりとレイピアを咥えた。
完成したのは、全長三メートルものランス。
シャフトが白く発光すると同時に二人でそれを持ち、「せぇのっ!」と声を合わせてレイパーの腹部に力一杯に突き攻撃を繰り出した。
その威力は、レイパーの腹の肉を大きく抉り、血の雨を降らせる程。
それでも、絶命させるまでには至らない。だが流石のレイパーも痛みに大きな呻き声を上げ、逃げるようにその場を跳び退いた。
だが、その瞬間。
「束音さん、準備はよろしくてっ?」
「勿論ですっ!」
二人の声が轟き、レイパーは顔を歪める。
ランスで攻撃した時の手応えから、撃破はしないと悟った雅達。
レイパーが離れる間に、既にアーツを分離させ、二人の手に戻していた。
狙いは一つ。
希羅々と雅が、息ピッタリの動きで同時にアーツを前に突き出すと同時に、空から巨大なシュヴァリカ・フルーレと百花繚乱が出現する。
希羅々の必殺スキル『グラシューク・エクラ』だ。
召喚された二つの巨大なアーツが、空気を切り裂く音を立ててレイパーへと迫る。
手負いのレイパーに、この大技は躱せない。
捉えた!
二人はそう確信した。
だが――レイパーは怒り狂ったように雄叫びを上げると、二人に背を向け、腹部を怪我しているとは思えない動きで逃げ始める。
生き延びるために発揮した、火事場の馬鹿力に、雅も希羅々も目を大きく見開いた。
二人共も、レイパーの力を甘く見ていたのだ。
空振りした巨大なアーツが地面を抉り、辺り一面に土や石を撒き散らして視界を塞ぐ。
それが晴れた時、
「しまった……!」
「しくじりましたわね……!」
レイパーはもう、完全に姿を消してしまっていたのだった。
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