第19話『急襲』
教員棟を出た雅だが、現在時刻は十一時半。お昼には早いが、かと言ってライナの手伝いに行くには遅過ぎる時間だ。図書館でライナを見つける頃にはお腹も空くだろう。場合によってはお昼を食べに出た彼女と行き違いになる可能性もある。
「どうせならファムちゃんともお話したいんですけど……どこにいるか分からないんですよねぇ……」
そう独りごちりながらも、雅の足は美術学科棟へと向かっていた。屋上でまたファムが寝ているのではないか、そんな予感がしていた。
最も、今日は授業が休みの日であるため、そもそも学院に来ていない可能性も充分にあるのだが。
何となくファムの様子が気になって、もし会えるのであればお昼ご飯にでも誘って、午後は彼女と一緒に過ごしたいと思った雅。もしいなければ、その時はライナの手伝いをすることに決めた。
教員棟から美術学科棟までは歩いて二十分。なまじ学院の敷地が広く、離れた二つの校舎の間を移動するのも時間が掛かるのだ。
学院内を移動する馬車が欲しいなぁ、なんて思いながら、雅がようやく美術学科棟の近くまで来た時だ。
「……ん?」
丁度、そこには雅以外の人はいなかった。道は石造りでちゃんと舗装されているが、周り一面木ばかりで何も無い。美術学科棟に用事が無ければ、わざわざ人が来るような場所では無いのだ。
そんな場所だが、雅はふと、誰かの視線を感じて足を止める。
キョロキョロと辺りを見渡す雅。
すると視界の端に、何か黒い物が映り、その方向をジッと見つめる。
だが何も無い。確かに、雅は人間サイズの黒い『何か』を見た気がしていたのだが。
一歩、二歩……と、何となく雅はその方向に歩を進める。
その時だ。
カサっ……という音が背後から聞こえ、振り向くと――
「――っ!」
黒いフードで覆われた『何か』が、全長二メートル程もある紫色の鎌を振り上げ、雅に肉薄していた。
雅が咄嗟に百花繚乱を出すのと、黒いフードで覆われた『何か』が鎌を振り下ろすのは同時。
その鎌が自身を斬り裂く前に、雅のアーツによる防御が何とか間に合った。
しかし突然のことだったため、攻撃を防ぐのが手一杯だった雅は、鎌を振り下ろす力に負け、片膝立ちになってしまう。
そのまま膠着状態になる雅と黒いフードの『何か』。それを嫌ったのか、黒いフードの『何か』は後方に飛び退いた。雅は立ち上がり、百花繚乱を中段に構えて息を整える。
そこでようやく、相手を観察する余裕が生まれた。
雅に襲いかかってきた『何か』は全身をローブで覆われているものの、黒いグローブやブーツが裾から覗いており、人型であるのは間違いが無い。身長は雅と大差が無く、若干雅よりも低いくらいか。顔と思われる部分まで真っ黒い布で覆われているため、表情が分からないのが堪らなく不気味である。
レイパーか、と一瞬思ったものの、見ただけでははっきりと雅にはそう断定が出来ない。衣服を身に付け、人の振りをして近づいて来るレイパーも偶にいるからだ。正体不明であることもまた、不気味さに拍車をかけていた。
黒いフードの『何か』は地面を蹴って雅に迫り、鎌を横薙ぎに振るも、雅はそれをバックステップで躱す。
黒いフードの『何か』は空振りした鎌を構え直し、続けざまに真上から垂直に振り降ろすも、雅はそれをアーツで受け止め、弾き返す。
そしてそのまま雅は体を横に回転させ斬りつけにかかるも、黒いフードの『何か』は飛んでそれを躱す。雅の肩を踏み台にして、彼女の背後へと回りこんだ。
振り向きざまに剣を振る雅と、鎌を振り下ろす黒いフードの『何か』。百花繚乱の刃と鎌の刃がぶつかり合い、大きな金属音を響かせ、互いに弾き飛ばされたかのようによろめく。
体勢をいち早く整えたのは、黒いフードの『何か』の方。
雅がアーツを中段に構え直す隙に地面を蹴って近づき、鎌で斬りつけてくる。
それを体を捻って躱せば、続けざまに別の方から鎌の刃が襲いかかってくる。
上から、右から、左から、下から……次々に迫る鎌の刃を、雅はバックステップで躱したり、アーツで防ぐ等して凌いでいく。
「……くっ!」
思わず雅の口から苦悶の声が漏れる。何とか反撃したいところだが、隙が無いのだ。防戦一方ではやられてしまうと分かってはいるのだが、無理に攻め込めば負けると雅は直感していた。
一体どうすれば……そう思っていた、その時だ。
黒いフードの『何か』の横から、誰かが猛スピードで飛んできて、飛び蹴りをかます。
すんでのところでそれに気がついた黒いフードの『何か』は、咄嗟に鎌の柄を盾にして直撃を防いだものの、衝撃を完全に殺すことは出来ず、大きく吹っ飛ばされ、地面に背中から叩き付けられた。
誰が来たのか、そう思って見て見れば、そこには薄紫色の髪の少女。雅が会いたいと思っていた、彼女がいた。
そう――
「ファムちゃんっ?」
「ちす。手出したけど良かった?」
「はい! 助かりました!」
ファム・パトリオーラである。
翼型アーツ『シェル・リヴァーティス』を背中に宿し、白い翼をバッサバッサとはためかせ、宙に浮いている。
口調は気だるげな感じだが、彼女の目はしっかりと黒いフードの『何か』へと向けられており、油断していないことが伺えた。
黒いフードの『何か』はむくりと起き上がると、鎌を構え、頭を動かす。顔が布で覆われているため定かでは無いが、恐らく雅とファムを交互に見たのだろうと思われた。
雅は深呼吸して、百花繚乱を中段に構える。
そして、今まさに雅が相手に向かって突撃しようと足に力を入れた、その刹那。
遠くで甲高い悲鳴が聞こえた。それも、別々の二ヶ所の方向から。
雅とファムが思わずその方向に視線を向けた瞬間、黒いフードの『何か』は二人に背中を向け、走りだす。
「しまった! 追わなきゃ!」
「待ってミヤビ! あれ見て!」
逃げ出した黒いフードの『何か』を追おうとした雅だが、ファムに呼びとめられる。
彼女が指を差した方は、空。図書館棟がある方向だ。目測で高度二十メートル程のところである。
そこにいたのは、翼を生やした人型の生き物。さっきの黒いフードの『何か』とは違い、そいつははっきりとレイパーだと雅は直感する。
遠くて詳細までは分からないが、人間の腕の部分が翼になっているところを見ると、ファンタジー作品なんかで出てくるハーピーにそっくりだと雅は思った。分類するなら『ハーピー種』といったところだろう。
そのハーピー種レイパーの足には、女子生徒が捕えられていた。彼女を抱え、空高く飛んでいるのだ。
レイパーが次に何をするつもりなのか、雅にもファムにも想像が付き、顔を青くして、レイパーの方へと全速力で向かっていく。
そして同時に、レイパーは空中で女子生徒を放り投げた。
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