第179話『実妹』
サウスタリアの首都、カームファリアに出現した強力なレイパーにより、大怪我を負った愛理とセリスティア、そして多くの女性。
彼女達の治療に必要な薬草を採るため、雅達はカームファリアの北西にある『ワルトリア峡谷』という場所に訪れていた。
切り立った岩壁に挟まれ、左右にも上下にも曲がりくねった道が続き、途中には崖もある。さらには全長三メートル近い獣も生息しており、大変危険な場所だ。
そんな峡谷を歩いている束音雅の後ろには、レーゼ・マーガロイス、ノルン・アプリカッツァ、桔梗院希羅々、権志愛の四人が続く。五人とも登山服を着てリュックサックを担いでおり、ガッチリと装備している。
彼女達採取メンバーだ。他の皆はカームファリアにお留守番。再びレイパーが出現した際、動けないセリスティア達を守る必要があるからである。
ただの峡谷ならシャロンやファムに飛んで向かってもらえば良さそうなものだが、ワルトリア峡谷の上空は乱気流がひどく、とても飛行出来るものでは無い。だがそれを避けようと少しでも高度を下げようものなら、峡谷の獣に攻撃される可能性がある。結局は徒歩で行くのが一番安全だという結論になったのだ。
時刻は午前九時十六分。
雅達は先程細い道を抜け、今は幅一メートル程度しかない崖路を進んでいた。
一歩道を踏み外せば、十五メートル下まで真っ逆さまだ。五人は慎重に進んでいたが……
「うぉっトッ?」
志愛が、地面から顔を覗かせている石に躓き、他の四人が青褪める。
レーゼが彼女の腕を掴んだことで間一髪助かったが、もし間に合っていなかったと思うとゾッとする。
「ア、ありがとうございまス、レーゼさン……」
「全く……。シア、やっぱりあなたは休んでいた方が……」
「そうですよ。やっぱりシアさん、まだ本調子じゃ無いんじゃ……」
普段の志愛なら、あんな石に躓いたりはしない。
愛理やセリスティア程では無いが、彼女もレイパーにやられ、体に結構なダメージが残っていた。本当ならカームファリアで安静にしているべきなのだ。
それでも、レーゼやノルンの言葉に志愛は強く首を横に振る。
「着いて行かせて下さイ。私がすぐにやられたりしていなけれバ、二人が大怪我を負うことも無かっタ。彼女達の為に動いていないト、私の気が治まらなイ」
「……シアが責任を感じることは無いわ。あんな奴らが出てくるなんて、誰にも想像出来なかったんだから……」
言いながら、レーゼは僅かに拳を握り締める。
責任を感じているのは、彼女も一緒。自分の頼み事のせいで、セリスティア達がレイパーとの戦いに積極的に関わってしまった結果がこれである。
愛理やセリスティア達についてもそうだが、優やライナだって、レーゼ達が助けに来るのが後少し遅ければ、殺されてしまっていたかもしれないのだ。
そしてノルンもまた、責任を感じて無言になる。あの戦い、自分は殆ど何も出来なかったからだ。
三人の間に流れる、微妙な空気。喧嘩をしたわけでも無いのに、何だか気まずくてそれ以上会話が続かない。
すると、
「……取り敢えず、先に進みませんこと? こんな崖っぷちに長居するのは、あまり得策とは思えませんが……」
希羅々がチラチラと崖の下を覗きこみながらそう提案する。
高所恐怖症という訳では無いが、流石にこの場所にいるのは怖かった。
「もう少し歩けば、休めそうなところがあります。一旦休憩にしましょう」
その方向に指を差しながら言う雅。その先には、岩壁が窪んでおり、四人が座りこんでも充分余裕があるくらいのスペースがあった。
レーゼと志愛の間に流れる、ちょっと淀んだ空気を変えようという意図もあるが、それだけでは無い。峡谷に入ってから二時間弱が経過しているが、ここまで休むことなく歩いてきたのだ。
幸い、まだ凶暴な野生動物には出くわしていないが、今の状態で襲われればどうなるか分かったものでは無い。事態は急を要するとは言え、早めの休息は必要である。
そして雅先導の元、歩いて十分。
ようやくその場所まで辿り着き、ホッと一息吐いた、その時だ。
「……けて……か……たす……て」
小さいが、切羽詰ったような人の声が聞こえた雅の眉が、ピクリと動く。
他の四人も、雅が『何かに気が付いた』ということに気が付き、どうしたのかと声を掛けようとすると、
「誰か、助けて……!」
今度ははっきりと、崖の下からそんな声が聞こえてきて、一行の顔色が変わる。
慌ててそちらを覗き込めば、金髪を背中の辺りまで伸ばした女性が岩壁の突起に掴まっているのが見えた。
旅人だろうか。こんな場所を歩くにしては、ブラウンのコートを羽織るだけと、随分ラフな格好である。腰には何か、長い棒のようなものを着けていた。
恐らく、崖から足を滑らせ、落ちてしまったのだろう。
「ミヤビっ! ロープ!」
「はい!」
レーゼからそう指示が飛んだ時には、雅は既にリュックからロープを取り出し、片方を自分の体に括りつけていた。
そしてもう片方をレーゼ達に渡すと、そのままゆっくりと崖を降りていく。
そして、十分後。
「すまんね……助かったよホント! どうもありがとう!」
「ど、どういたしまして……!」
女性も雅も、崖を登りきったところで、地面に倒れこみ、息を荒げながらそんな会話をする。
二人を引き上げたレーゼ達四人も、ホッと息を吐いていた。
「いやぁ、余所見をしていたら、うっかり落ちちゃって……。あ、私はカベルナ・アストラム。あなた達は?」
「うん? アストラム?」
聞き覚えのあるファミリーネームに、雅達が目を丸くする。
そう言えば最初にカベルナを見た時、どことなく『彼女』と似ているなぁと思った雅。
「あの、もしかして……ミカエルさんの妹さんですか?」
確認のためにそう尋ねると、カベルナは目を見開き、
「えっ? もしかして、姉さんの知り合い?」
そう答えたことで、雅は自分の考えが正しいことを確信するのだった。
評価や感想、いいねやブックマーク等、よろしくお願い致します!




