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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第20章 カームファリア
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季節イベント『感謝』

 二つの世界が融合してから、ある日のこと。ウェストナリア学院にて。


「ふんふんふふふふーん」

「……どうしたの?」

「あ、ノルン」


 鼻歌を歌いながら廊下を歩き、アストラム研究室に向かうファムを見たノルン。


 怪訝そうな顔で声を掛けると、ノルンはファムが中くらいの箱を持っていることに気が付いた。丁寧に梱包されており、贈り物なのだろう。


「そろそろ『感謝デー』だから、ミカエル先生に日頃の感謝を込めて、プレゼントを渡そうかなって」

「……ファムが師匠に?」


 ウェストナリア学院では年に一度、教員から学生に、学生から教員に、日頃の「ありがとう」の気持ちを伝えるための『感謝デー』という日がある。因みに明後日がその日だ。


 格好つけて『感謝デー』なんて名前が付いているが、やっていることは大したことでは無い。大抵の学生は言葉で伝えるか、やっても色紙を贈るくらいで終わる行事である。


 ただ、特別仲の良い学生と教員――例えば師弟関係を結んでいるノルンとミカエルのような場合、手作りのアクセサリ等にメッセージカードを付けて渡す等、もっとディープにこの行事を楽しむことが常だ。


 ノルンも当日はミカエルにプレゼントと手作りのクッキーを渡して気持ちを伝えるつもりだし、ミカエルもその日は、結構グレードの高いレストランのディナーを予約していた。


 まぁそれは置いておくとして、だ。


 別にファムがミカエルに何か贈り物をしようとすること自体には問題は無い。しかし、やたらと機嫌の良いファムの様子に違和感を覚えたのである。


 付き合いが長いから分かるのだ。ファムが何か企んでいることは。


 その考えは正しい。実際、ファムはミカエルにドッキリを仕掛けようとしていた。


 計画はこうだ。最初にミカエルの羞恥を煽る『ニセのプレゼント』を渡して、次の日にちゃんとした『本命のプレゼント』を贈る。ドッと笑いが巻き起こり、皆ハッピーというわけだ。


 わざわざプレゼントを二つも用意するなんて手間を掛けたのは、普通に渡すのはちょっと恥ずかしいから。ファムだってミカエルへの感謝の気持ちはある。


 今ファムが持っているのは、その『ニセのプレゼント』。ミカエルが顔を真っ赤にして慌てる様子を思い浮かべて、ファムは上機嫌になっていたのである。


「じゃ、ノルン。私もう行くから! 後でまた!」

「あ、ファム! ……あぁ、行っちゃった。何を渡すつもりなんだか、もう」




 ***




 ノルンがファムと別れてから、二時間後。アストラム研究室にて。


「お疲れ様でーす、ししょー……ん?」

「あ……ノルンね」


 研究室にいたのは、いつも通り白衣のようなローブを纏ったミカエル……なのだが、どこかいつもと違うことに、ノルンは気が付く。


「師匠、もしかして風邪引きました?」

「ううん、そんなことは無いわ」


 そう言って首を横に振るミカエルだが、その顔はどこか少し苦しそうだ。


 顔も赤く、一体どうしたのか……と訝しむノルンだが、違和感の正体に気が付き、目を丸くする。


 胸が……豊かなミカエルの胸が、いつもより平坦なのだ。


(ま、まさか萎んだ? え? そんなことある?)


 頭に『?』マークを浮かべるものの、何となくそれを質問するのは憚られるノルン。




 実はミカエルは、いつもより小さいブラジャーを着けているだけだった。




 何故そんなものを、と聞かれれば、これはファムからプレゼントされたものだからである。


 そう、ファムが持っていた箱の中には、そのブラジャーが入っていたのだ。


 今から一時間半ちょっと前に来たファムに、「これ、日頃の感謝の気持ち。ほら、もうすぐ『感謝デー』だから」と言われ、大層喜んだミカエル。彼女もまさか、ファムからプレゼントを貰えるとは思っていなかったのだ。


 しかし「ここで開けるのは恥ずかしいから」と言われたので、ファムが帰ってからプレゼントの中を見てビックリ。


 流石に下着の贈り物は攻め過ぎだろうと思いながら十分くらい固まったミカエルだが、まさか折角の贈り物を着けない訳にはいかない。滅茶苦茶頑張って着けたものの既にブラのホックには相当な無理がかかっており、しばらくすれば壊れてしまうのは明らかだが、それでも着けるべきなのだろう。


 ただ、痛いし苦しいというのはあるが、スタイルはシュッとしていてミカエル的にはこっちの方が好きだ。そんな彼女の心境は、ノルンは知る由も無いが。


 ミカエルは胸の苦しさに気を取られ、ノルンは反応に困るという各々の事情により、ちょっとの間沈黙に包まれる研究室内。


 そんな時だ。


「おっじゃまっしまーす!」


 入口の扉が開き、やたら元気にファムが入ってきた。


「どもどもー。……ん? どうしたの?」


 ミカエルとノルンを交互に見ながら、ファムは首を傾げる。彼女も、二人の様子に違和感を覚えたのだろう。


 あなたのくれたブラが原因よ、とは流石に言えないミカエル。そしてミカエルの様子がおかしいとは口に出せないノルン。


「えと……いえ、なんでもないわ。ファムちゃん、また来たのね?」

「またとはなんだ。失礼な先生だね、全く」

「……うん?」


 ファムが今日二回目の訪問だという話に、ノルンの眉がピクリと動く。ふと、さっきファムがミカエルにプレゼントを渡すつもりだという話を聞いたことを思い出した。


「ねえファム。もしかして――」

「んー……」


 ノルンが話し掛けるも、ファムの注意はミカエルに向いているからか、反応が鈍い。


 一瞬だけミカエルにジト目を向けながらも、ファムはジーッと彼女を見つめる。


 ファムもどことなく微妙な顔をしていた。しかし「ま、いっか」と呟くと、再び笑顔を向け、口を開く。


「ところで先生……プレゼント、どうだった? 着けてくれた?」

「ええっ?」


 まさかこの場所でそんなことを聞かれるとは思っていなかったミカエル。何せ貰ったのが下着だ。しかもここにはノルンもいるのだ。


 既に赤い顔をさらに赤らめ、ミカエルはチラチラとファムとノルンを交互に見始める。


「い、いや……あぁそれは……そのぉ……」


 明らかに動揺しだした彼女に、ファムは満足したのだろう。


 初めは小さく、堪えるような笑い声を漏らしていたが、やがて我慢出来なくなったのか大笑いをして、


「いぇーい! ドッキリ成功!」

「……えっ?」

「ファ、ファム……!」


 ガッツポーズで叫んだファムに、ミカエルは困惑し、ノルンはジト目を向ける。


 ミカエルはまだ理解が追いついていないようだが、ノルンにはここで、ファムが何をせんとしていたのか全て分かったのだ。


「いやー、ごめんごめん! 先生のあたふたする姿が見たくってさー! あ、はいこれー。こっちが本当のプレゼントねー!」

「え……ええっ?」


 ペロっと舌を出し、謝罪しながら、懐に隠していた別のプレゼントを差し出す。


 最初に貰ったプレゼントと全く同じラッピングがなされたそれを見て、ミカエルもようやく事情を呑み込んだのだろう。


 自分の胸元を見てから、「もぅ!」と可愛く頬を膨らませながらも、ファムからのプレゼントを受け取った。


「全くファムったら、普通に渡せないわけ?」

「えー? だって恥ずかしいじゃん。あ、それより先生、早く開けてみてよ!」

「え? でも、今日開けてもいいのかしら?」

「最初の方は開けたんでしょ? 今更今更! 早く早くぅ!」


 ノルンの呆れたような言葉を受け流しつつも、ファムは目を輝かせながらミカエルを急かす。


 こっちは正真正銘、ミカエルのことを思って選んだプレゼントだ。


 子供らしい、純真な眼差しを向けられ、ここで開けないのは寧ろ失礼だろうと思ったミカエルは、丁寧に梱包を開けて……中を見た途端、思考がフリーズする。




 なんと……こっちのプレゼントの中身も、下着だった。しかも、完全に大人向け。どう見ても夜の営みに使う目的のものである。




 まさかこんな物を渡されるとは夢にも思わず、一瞬これもドッキリなのかと疑ったが、ファムの顔を見てそうではないと直感するミカエル。


 どうしてファムがこんなものを渡したのか? まさか着けろということなのか? 色々グルグルと疑問が頭の中を駆け巡る中、


「師匠、何を貰ったんですか?」

「えっ? いやっ、そのっ……」


 さっきよりも慌て出すミカエルに、目を丸くするノルンとファム。特にファムは、ミカエルの予想外の反応に、一気に真顔になる。


 しかしミカエルは二人の様子に気を払う余裕は無い。何せ貰ったものがものなのだ。


 ミカエルは一旦深呼吸をすると、流石にこれは言わねばならないことだろうと思い、覚悟を決め、口を開く。


「ファムちゃんの気持ちはすっごい嬉しいわ。……でもねファムちゃん。こういう贈り物は、まだファムちゃんには早いと思うの」

「……え?」


 ファムの困惑したような顔に、ミカエルの胸が締めつけられる。


 しかし自分は教育者。人としての正しい道を教えなければいけないのだと心を鬼にし、口を開きかけるが……ミカエルの言葉より先に、ファムが声を出すほうが早かった。


「……ペン、気に入らなかった?」

「……ペン?」

「うん?」

「えっ?」

「あれ?」


 三者三様の異なる声が重なる。


 だが次の瞬間、ミカエルは一つの可能性に辿り着いた。


 恐る恐る、彼女は再度口を開く。


「……あの、ファムちゃん。私、凄くセクシーな下着を貰ったんだけど」

「うん。最初に渡した方でしょ? あれはただのドッキリで――」

「いえ、その次に貰った方よ。最初に貰ったほうも、何だか凄く小さい下着だったけど」

「……っ? ちょっと待ってて!」


 頭に盛大な『!』を浮かべたファムが、猛烈な勢いで研究室を飛び出す。


 翼型アーツ『シェル・リヴァーティス』を広げ、廊下を滑るように飛んで行くその姿は、まるでレイパーから逃げる時のよう。




 ――そして十分後。


「すんませんでしたっ!」


 再び研究室に飛び込んできたファムは、見事なまでのスライディング土下座を決める。


 真相はこうだ。


 ファムが当初予定していたドッキリは、今さっき渡したセクシーな下着を渡してミカエルを恥ずかしがらせ、その後本命のプレゼントであるこのペンを渡すことだった。


 ミカエルが今着けている下着――ファムが最初に渡したプレゼントの中身だ――は、ファムが自分のために買った物。


 実はドッキリ用の下着と本命のペンを買った時、偶々自分好みの可愛い下着を見つけたので、一緒に買ったファム。その際、店員にラッピングをお願いしたのだ。元々はミカエルへのプレゼントだけをラッピングしてもらう予定だったが、ファムの言い方が悪かったのか、全部ラッピングされてしまった。


 そのラッピングのデザインが全部同じだったため、うっかり間違えてしまったらしい。


 因みにミカエルの胸がいつもより小さかったことは、ファムは気が付かなかったとのこと。


「おっかしいなー……。ちゃんと自分のやつだけは混ざらないように気を付けていたんだけど……」

「あ、あらあら……」


 ミカエルが貰った正しいプレゼントは、シックなデザインの白いペン。シンプルながらもお洒落なものだ。


 それを両手で持ちながら、ミカエルはファムに苦笑いを向ける。


 ファムはしばらくの間、脳内で一人反省会をしていたが、ふと思い出したことがあり、恐る恐ると口を開く。


「てか、もしかして先生。私が買ったブラ、着けてるの?」

「え? それは――」


 と、ここまで言ったところで、ミカエルの胸元からミチミチと嫌な音が聞こえる。


 誰もが嫌な予感がした、その瞬間。


 無理をしていたブラのホックが、ついに限界を迎えてしまうのだった。




 後日ミカエルが弁償したのだが、ファムはそれをタンスの奥に大事に仕舞い、それを着けることは無かったそうな。

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