第20章幕間
雅達がカームファリアに着たのは、ラティアの故郷を知るためだ。しかしレイパーが出現し、それどころでは無くなってしまった。
今日訪問するはずだったミカエルの知り合いというのは実はニケのことだったと後から聞かされたのだが、状況が状況だけに、ラティアのことはまた後日に改めて、ということに。
それよりも愛理やセリスティア、そしてカームファリアの人達を助けるために『レコベラ草』を採りに行くことが先だ。
レコベラ草はカームファリアの北西にある山、『ワルトリア峡谷』にある。
ワルトリア峡谷には凶暴な生物が生息しており、それを避けるためにどのようなルートで向かうのか等を話し合い、計画が決まった頃には夜六時を過ぎていた。
すぐにでも向かいたかったが、険しい峡谷に日が落ちてから向かうのは大変危険だ。下手をすれば採りに行った雅達が、救助を要請する派目になるだろう。
ということで、次の日の朝四時頃に出発することになった。
そんなその夜、午前零時二十八分。
雅達はカームファリアの外れにある宿屋に泊まっていた。ここはレイパーの被害も殆ど無く、カームファリアに滞在していた旅人の大半は、今この宿を利用している。女将曰く、宿を経営して以来、こんなに人が来たのは初めてのことらしい。
シングルルームを二人、場合によっては三人で利用してもらうことで、何とかやって来た全ての客に対応する程だった。
そしてここは、雅とラティアがいる部屋。
雅はラティアを抱いて、浅い寝息を立てている。ラティアも寝ていた……のだが。
突然パチリと目を覚まし、ジーッと雅を見つめると、ゆっくりともがき始めた。
雅にガッチリとホールドされているこの状況から、抜け出そうとしているようだ。
だが、
「…………」
雅の拘束は固い。彼女を起こさないように控えめに体を動かす程度では、解けるはずも無かった。
しかしそんなことはラティアも百も承知だ。二日間、雅と一緒に寝ていたラティア。その時も同じ状況だったのだから。
故に、雅の腕の力が弱まった隙を付き、慌てることなく徐々に脱出していく。
すると、
「うにゅぅん……らめですよぉ、ラティアちゃぁん……」
「っ?」
突然発せられた雅の言葉。
恐る恐るラティアが雅の顔を見れば、彼女は薄らと目を開けていた。
起こしてしまったのだろうかとラティアは焦るが、雅はラティアを抱き締めなおすと、ほっぺや首筋に軽く触れる程度にキスしてから、再び寝息を立て始める。
どうやら寝ぼけているだけだったらしいが、また振り出しに戻ってしまった。
それでもラティアは諦めない。
また雅に注意を払いながら、彼女のハグから抜け出そうとゆっくり体を動かし……途中まで脱出したところで再度雅に抱き直されてしまう。
終わる気配の無いループにラティアは僅かな困惑の表情を浮かべるが、三度のチャレンジで何とか雅のホールドから抜けることに成功。
そのまま抜き足差し足しながら出入り口を目指す。扉も、音を立てないように慎重に開けて行くラティア。
一度、扉が古いからなのか、開ける際にキーッと甲高い音が鳴って慌てたが、雅は目を覚ますことは無かった。
ホッとしたのも束の間。
外に出ると、
「む? おぉ、ラティアか? お主もトイレかの?」
雅のことばかり気にしていたから、すぐ側からシャロンの声が聞こえてきたことに、ラティアは飛び上がる。
「す、すまん。驚かせるつもりは無かったんじゃが……」
苦笑いしながらも、シャロンはラティアの手を取り、トイレへと歩き出す。
この宿はトイレが共同だ。しかも個室は一つだけ。図らずともブッキングしてしまった。
「各部屋に一つずつあると助かるんじゃが……まぁ、言うても仕方ないか。しかしラティアよ。宿の中とは言え、子供が一人で出歩くのは危ない。次からはタバネを起こした方が良いぞ」
ラティアはシャロンをジーッと見つめ、控えめに頷く。
それから数分後。
「待たせた。では、部屋に戻ろうかの……ありゃ?」
ラティアに先に使わせ、その後トイレを使ったシャロンだが、廊下に出たところで首を傾げる。
ラティアにはここで待っているように言ったのだが、どこにもいないのだ。
「もしや、先に戻ったか? ……やれやれ、一人で出歩くのは危ないと言ったばかりだというのにのぉ……」
とは言え、ここからラティアの部屋まではそう遠くない。
ラティアにここで待たせるよりも、先に戻ってもらう方が却って安全だったかもしれないと思い直したシャロン。
「……よく考えてみれば、儂が使う前に、あの子を先に部屋に返すべきじゃったか。いかんいかん」
そう独り言を漏らしながら、シャロンは欠伸をして自分の部屋に戻るのだった。
そして次の日。
「あ、ラティアちゃんいた!」
「お、おぉ……良かった……」
朝三時半頃目を覚ました雅。
しかし抱き締めていたはずのラティアが、何故かいなくなっていたのだ。
話を聞いたシャロンも顔を青くして宿中を探したところ、彼女は随分意外なところにいた。
「そ、それにしても……随分方向音痴じゃのぉ……。お主の部屋とは全然別方向ではないか。いや、もしかしてあれか? タバネ、お主があまりにもベタベタするから、嫌われたんじゃないかの?」
「い、いや……そんな馬鹿な……あはははは」
辺りを見回しながら、シャロンが固い笑みを浮かべる。
隣の雅も、同じような、何とも言えぬ表情をする。
ラティアは宿の出入口で、力尽きたかのように倒れており、スヤスヤと寝息を立てていたのだった。
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