第178話『惨烈』
丁度雅達が、人型種アイビー科レイパーを撃破した頃。
ラティアを連れて避難所へと向かっていた希羅々とファムは、三体の巨大な蔦と戦っていた。
戦闘開始から五分が経ったところだが、もうすぐ決着が付きそうである。
「はぁっ!」
鋭い声と共に放たれたレイピアの突きが、蔦を抉る。
間髪入れずに蔦の表面に無数の羽根が突き刺さり、爆発。
さらにレイピアによる駄目押しの斬撃により、蔦が力を失い、地面に伏した。
途中までは派手に暴れ回っており、加えて子供一人守りながら戦うのは、希羅々もファムも随分難儀させられていたのだが、ある時から急に蔦の動きが鈍ってきたことで、一気に優位が取れたのだ。
操っていた主が倒れたことが、蔦が力を失った理由なのだが、希羅々とファムにはそんなこと知る由も無い。
さらに二人で協力し、あっという間に残りの蔦も撃破し、ようやく一息吐く。
「……全く、梃子摺らされましたわ」
言いながら、希羅々はレイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』を振り、刃についた蔦の欠片を振り払う。
「なんか、他の所でもこいつらみたいなのが湧いているみたいだね。でもこっちは数が比較的少ないみたい」
ラティアを抱えて中に浮かぶファムは、辺りを見回しながらそう言った。
その背中から生えている白い翼。ファムのアーツ『シェル・リヴァーティス』である。
「人が少ないから、あんまり敵もいなかったのかな?」
「そんな通りとは思えませんが……」
ファムの言葉に、希羅々は怪訝な表情を浮かべる。
ここはカームファリアの西通り。
中央の街中からそう遠くないこの通り。近くには住宅がそれなりに集合しているエリアがあり、日常的にはよく使われているはずだと思ったのである。
嫌な予感を覚えながらも、ラティアを連れて、二人は先に進む。
小さな十字路を曲がり、それから程なくして――彼女達の目に、信じられない光景が映ってきた。
地面に転がる、死体の数々。
しかし、その状態はどれも異質だ。
胸部に風穴が開いていたり、首を斬られたりしている等、殺され方は様々だが……全てに共通していることとして、死体が黒ずんでいる。
まるで腐ってしまったかのような様相に、希羅々もファムも顔を顰めた。ファムが慌ててラティアの目を手で覆うが、時既に遅し。
その悲惨な光景を見てしまったラティアは、ブルリと震えていた。
「あぁ……ご、ごめんよ」
「……兎に角、早くここを離れましょう。――っ!」
「えっ? 何っ?」
突如、希羅々とファムが、異様な気配を感じ取る。
ゾッとするような寒気。
ラティアもその気配に気が付いたようで、体の震えがさらに大きくなる。
慌てて希羅々が辺りを見回し――すぐに気配の主を発見し、目を大きく見開いた。
「あいつは……っ!」
「ねぇキララ! あいつって、あの塔の時の!」
死体の中に混ざり、一見すると分からないが、そこには確かにいる。
生まれたばかりの赤子のような姿をした、真っ黒い人型の生き物。
それはまさしく、塔で姿を見せた『レイパーの胎児』だった。
どうやっても人を殺すことなど出来ないように見えるが、二人は確信する。
ここにいる女性達を殺したのは、こいつである、と。
気が付けば、希羅々はレイピアを前に突き出していた。
刹那、空中からレイパーに迫る巨大なレイピア。
希羅々のスキル『グラシューク・エクラ』である。
奇襲するわけでも無いのに、戦闘開始早々に切り札のこのスキルを使うことは、本来なら悪手だ。
それでも躊躇わずに使った。
それが最善手だと判断したからだ。
だが、レイパーはそれを一瞥すると――一瞬のうちに、巨大なレイピアが、大きな音を立てて砕けた。
「……は?」
およそ希羅々の物とは思えぬ、間の抜けた声。
何をされたのか、全く分からなかった。敵が何か動いたと思ったら、こうなったのだ。
得体のしれない恐怖に、希羅々が金縛りにあったかのように動けなくなってしまった中、レイパーの胎児は、ファムの後ろで怯えるラティアをジッと見つめる。
すると、
「マヤトナマアテラオイコヘノモ。ヨボロウデ」
「コッノム。ラノヨクイユ……」
声がした方に目を向け、キララもファムも顔が強張る。
そこにいたのは、鎧と兜を身に纏った、白と黒の二体のレイパー。
侍種レイパーと、騎士種レイパーだ。
希羅々達は知らない。この二体のレイパーが、少し前に愛理とセリスティアを始末してここに来たことを。
だが、この二体が他のレイパーとは比較にならないくらい強い相手なのは、すぐに分かった。
だが、何故だろうか。新たに現れた二体のレイパーよりも、レイパーの胎児の方に、希羅々もファムも恐怖を覚えてしまった。
見た目と感覚のちぐはぐさに、眉を寄せる二人。
だが湧いた疑問も、二体のレイパーが刀と剣を抜き、二人に向けて来たことにより頭から吹っ飛ぶ。
どうやっても生き残れるイメージが湧かない。
しかしそれでも、希羅々はファムとラティアを後ろに庇い、シュヴァリカ・フルーレを構えた。
その時だ。
空に突如、白い光球が飛んで行ったのが見えた。
それには覚えがあった希羅々。
まだ世界が融合する前、『StylishArts』で久世が鏡の中から出した二つの光球の内の一つだったのだ。
今まで一切姿を見せなかったそれが、今何故か現れ、そしてそのまま西へと飛び去っていく。
レイパーの胎児もそれを見て――二体のレイパーを一瞥してから、光球の飛んで行った方向へと向かおうとする。
侍種レイパーと騎士種レイパーは互いに顔を見合わせると、肩を竦め、武器を収めた。
「……レタネゲアレヘノト。ラヤトザカ」
侍種レイパーは希羅々達にそう告げると、騎士種レイパーがレイパーの胎児を抱き抱え、その場を去る。
「た、助かった……?」
ファムが思わずそう呟くと同時に、希羅々がその場にへたり込む。
「ちょ、大丈夫っ?」
「すみません……。ただ、力が抜けてしまっただけですわ……」
僅かな戦闘。いや、戦闘と呼べるものですらなかった。
しかしそれだけで、希羅々はまるで、全力疾走した後のように汗びっしょりになり、疲れきってしまっていたのだった。
***
戦いが終わり、カームファリアの北東にある病院にて。
蔦の襲撃に遭い、建物が半壊したものの、幸いにも死者が一人も出なかったこの場所には、今多くの患者が運び込まれていた。
あちこちで野外病院が作られ、大半の負傷者はそこで手当てを受ける。ここに連れて来られるのは、そこではどうしようもない患者達――つまり、今まさに生と死の狭間に立たされている者達だ。
医療関係者が総動員で治療に当たっているものの、それでも手が足りないという絶望的な状況。
そんな病院の入口から少し離れたところで固まっているのは、ノルンにシャロン、真衣華の三人である。
ノルンは俯き、シャロンと真衣華が心配そうな顔をしつつも、何やら色々と話しかけている様子。
すると、
「ノルンちゃん!」
切迫した声が掛かり、三人がそちらを向けば、青い顔の雅が走ってくるのが見えた。隣にはレーゼもいる。彼女も随分険しい表情をしている。
二人がこんな顔をしている理由は、ただ一つ。
「愛理ちゃんとセリスティアさんはっ?」
「何とか生きています。でも、まだ予断は許さないって……」
侍種レイパーと騎士種レイパーの攻撃で倒壊した建物の下敷きになった二人だが、ギリギリ『命の護り手』の効果がまだ残っていたために、何とか助かっていたのだ。
レイパーが立ち去った後、戻ってきたノルン。彼女からの連絡を受け、助けに来たミカエルやシャロン、真衣華と一緒に必死で救出した時には、二人は腕や足、あばらを数本骨折し、気を失っていた。
出血も多く、相当にヤバイ状態なのは明らかであり、それでここに運ばれた、という訳である。
その後、他のメンバーにも連絡が来て、慌てて雅達も駆けつけたというのがここまでの流れだ。
因みに志愛は、別の場所で治療を受けている。優とライナも同様だ。
「今、アストラムがこの病院の院長と話をしておる。なんでも、学生時代の先輩らしい。手を貸してくれ、と頼まれておった」
「もう話し始めてから随分経つね。……あ、戻ってきた!」
真衣華が入口の方に目を向けた直後、中からミカエルと、もう一人白衣を着た別の女性が出てきた。恐らく彼女が、今シャロンが言っていた院長なのだろうと推測する雅とレーゼ。
「ミヤビちゃんにレーゼちゃんも来ていたのね。全員揃っているわけじゃないけど、皆に話があるの。事態は、想像より遥かに悪いわ」
「ミカエル。ここから先は私が」
白衣の女性が、スッと前に出てくる。
「院長のニケ・セルヴィオラと申します。ミカエルとは、学生時代の先輩と後輩の関係でして……。早速本題になりますが、単刀直入に言います。皆さんに、薬の材料を取ってきて欲しいのです」
異世界では、薬の調合に『レコベラ草』という薬草を使うのが一般的だ。ここに別の薬草を混ぜれば傷薬に、とある虫の体液を混ぜれば風邪薬に、他にも骨折に有効な軟膏なんていう、雅の世界では見られないような薬にも用いられている。
それ程までに万能な薬草なのだが、それが今、カームファリア中の病院で枯渇しているのだ。
レイパーや蔦による破壊活動のせいで、備蓄してあったものが殆ど駄目になってしまったのもあるが、それ以前に、先日の魔王種レイパーが起こした事件により、元々あったレコベラ草を大量に消費してしまっていたのも要因だった。
このままでは、たくさんの怪我人が、このまま死んでしまう。
そしてそれは、愛理やセリスティアも当然含まれる。
「実はカームファリアのバスターが採取しに行っていたのですが、何故か連絡が途絶えてしまって……残っている人達も手が離せなく……」
「連絡が取れなくなった? 穏やかじゃないわね……」
ニケの話に、不穏な予感を覚えるレーゼ。
部外者であるはずのミカエルにそんな依頼をするということが、それだけ事態の緊迫さを物語っていた。
「そのレコベラ草というのは、どこで採れるんですか?」
雅がそう聞くと、ニケは北西を指差す。
「『ワルトリア峡谷』……向こうに見える山に続く峡谷なのですが、その道中に生えています。凶暴な生き物も多く、アーツを持っていなければ危険で……皆さんだけが頼りなんです。お願いします。どうか、お力を貸し下さい」
そう言って頭を下げるニケ。
考えるべくも無い。
人々を……愛理とセリスティアを助けるために、雅達はその頼みを受けるのだった。
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