第173話『林檎』
一方、残りのメンバー……セリスティア、ファム、志愛、希羅々、ラティアの五人は、カームファリアの北エリアにいた。
「はむ、はむ……ほへ、ほいひぃねぇ……」
「こラ、食べながら喋らなイ。行儀が悪いゾ」
こちらでは露店が並んでおり、そこで売っていた焼きリンゴ――リンゴ飴のように、棒に刺されている――に齧りついたファムがハフハフしながらそう言えば、隣に座る志愛が嗜める。
「むぐ、むぐ……もぅ、固いこと言わないでよ。ほら、リンゴ一口あげる。はい、あーん」
「全ク……ありがとウ」
一切悪びれる様子を見せないファムに呆れた声を上げつつも、志愛はファムから差し出されたリンゴに齧りつく。
途端、焦がし醤油に似た風味が口一杯に広がった。
志愛のよく知るリンゴとは異なり、異世界のリンゴは甘くない。フルーツでは無く、サラダ等に使われる野菜という扱いだ。この焼きリンゴも、特性のタレに漬け込んだものを焼いて作られたもの。ナランタリア大陸ではよく売られている食べ物である。
これが各地域で様々なアレンジがなされ、カームファリアでは濃い目のタレに、梅のような酸味を隠し味として加えられているのが特徴だ。
雅からリンゴが甘くないことは聞いていたものの、実際に食べてみると想像以上に『ザ・野菜』という感じで、少し混乱してしまう志愛。
そんな志愛に、ファムは少し不安そうな顔で口を開く。
「……もしかして、美味しくなかった?」
「ア、いヤ……違うんダ。これも美味しイ。ただちょっト、昔を思い出しテ……」
「昔?」
「初めて日本の焼肉を食べた時、自分の知っている『焼肉』と随分違うことに驚かされタ。これもそウ。私の知っているリンゴは甘いかラ……」
ファムは「ふーん」と言いながら、再びリンゴを齧る。
「リンロららまいらんへ、ふひひられぇ」
「だかラ、口にものを入れたまま喋らなイ。ラティアの教育に悪いゾ」
ファムに注意しながら視線を向けた先には、ラティアがセリスティアと希羅々に挟まれながら、焼きリンゴを食べている姿があった。
無表情でリンゴを齧るラティアだが、絶世の美少女と言っても過言では無い容姿だからか、とても良い絵のように二人の目には映る。思わず、ちょっと見とれてしまった程だ。
「ファムはラティアより年上なんだシ、ちゃんとお手本にならないト」
「……うるさいなぁ、もう。あの子、こっち見ていないんだからいいじゃん」
「普段からちゃんとしていないト、ふとした瞬間に仕草に出てしまうゾ」
ぷくぅ、と頬を膨らませるファムの頬を、志愛がやれやれと指で突いて萎ませるのだった。
***
志愛とファムがそんなやりとりをする中、セリスティア達はというと。
「……ん? なんだ? もしかして、くれるのか?」
ラティアから無言でスッと差し出された焼きリンゴを見て、セリスティアがそう聞くと、ラティアがコクンと頷いた。
彼女の好意に甘えてセリスティアが一口リンゴを貰った後、ラティアは今度は希羅々にリンゴを差し出す。
希羅々も異世界のリンゴが甘くないという話は知っており、何となく食べることに勇気が必要だったのだが、ラティアの目の前で食わず嫌いをするのもみっともない。
控えめに一口齧りつくと……驚いたように目を見開いた。
「……美味しいですわね」
希羅々の呟きに無言で頷くと、ラティアはリンゴを持って志愛とファムのところへと向かう。
きっと今のように、二人にもリンゴを差し出すのだろう。志愛がファムから焼きリンゴを貰ったことを、ラティアは知らない。
とことこと向かうラティアの背中に、何となくセリスティアも希羅々も笑みを浮かべた。
「この間、さ。ミヤビの家であの娘の歓迎会をやっただろ? あの時も、俺達に食べ物を分けていたよな。テーブルにゃ、まだたくさんあるってのにさ」
「そうでしたわ。……皆と一緒に、同じ物を食べることが好きなのかもしれませんわね」
「……無事に、故郷に帰れるといいだけどな。だけどよ、あの子の親は、どこで何をやっているんだか」
その言葉に、希羅々も眉をハの字にする。
会ってまだ二日しか経っていないが、どうにも両親とはぐれて寂しい、という様子は無い。
もしかすると孤児なのかもしれないと伊織は言っていたが、それにしたって身なりは随分綺麗だ。
謎は深まるばかりで、色々希羅々が頭を悩ませていると、セリスティアがチラチラと希羅々に目を向けながら、「あー、ところで……」と躊躇うように話しかけてくる。
「もしかして、何か悩み事でもあるのか?」
「……はい? 悩み事、ですの?」
「船の中で、ミヤビの方をチラチラ見て、何か言おうとしては止めていたからな。勘違いならすまねぇ」
意外とよく見ていると、希羅々は舌を巻く。
喋り方や普段の生活から見て、そういうことに気が付くタイプだとは思っていなかったのだ。
だが希羅々はそこで、セリスティアは昔、バスターだったことを思い出した。
役割としては日本の警察のようなもの。人の不自然な行動や、小さなことに気を配れても不思議では無い。
「悩み、という程ではありませんが……。まぁ、気が付かれてしまったようですし、お話しましょう」
そう前置きをしてから、希羅々は父との会話の件――浅見四葉の妹が、既に亡くなっているという話だ――をセリスティアに告げる。
「……という訳で、これを束音さんにお話すべきかどうか、少し困っているのです。彼女はどうも、四葉さんからは『妹は元気だ』と言われたようですし」
「ペラペラ触れまわることじゃねぇしなぁ。ヨツバって娘も、言い辛くて誤魔化したってだけだと思うが……」
雅の話を聞く限り、四葉と雅は殆ど面識が無いと言ってよい。そんな相手に、わざわざ身内の不幸を話すとは考え辛いと思ったセリスティア。
「何にせよ、無理に話すこともないんじゃねーの? ミヤビがそのことを知って、他の人にバラして回るとは思えねーけど、それでもいつの間にか知られていたってなりゃあ、ヨツバだって気分良くねーだろうし」
「……それもそうですわね。なら、内緒にしておきます」
と、希羅々がそう言って頷いた、その時だ。
和やかな街の空気を引き裂くような悲鳴が、轟いた。
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