季節イベント『排球』
これは、まだ雅が異世界に転移させられていた時の、日本での話。
丁度、優が志愛と知り合ってから、少し経った頃だ。
「ねえ。志愛ってどうやってスキルを得たの?」
一緒に学校から家に帰る途中、優はふと、気になっていた疑問を口にする。
「なんダ? いきなりだナ」
「あ、いやさ。私も最近、アーツからスキルを貰ったんだけど、志愛って既に持っていたから、何となく気になっちゃって……」
「ふム。……マァ、ちょっと長い話になるガ、いいだろウ」
そして、志愛は話し始める。
二年前。中学二年生の、八月の時のことを。
***
新潟市東区にある、総合スポーツセンターにて。
丁度この日はバレーボールの県大会が行われており、志愛が先輩の試合を観に来ていた時だった。
「エ? ベンチメンバーが全員来れなイ?」
「うん。バスがレイパーに襲われたって……。幸い、もうレイパーは倒されて、犠牲者もいなかったんだけど……」
試合の前、先輩の須田小鳥からそんな話を聞かされた志愛。
小鳥の所属するバレーボール部は準々決勝までコマを進めており、今は試合開始の十分前。
そのタイミングでそんな話を聞かされ、何となく嫌な予感がした志愛。それを裏付けるように、小鳥から「それで、志愛ちゃんにお願いがあるんだけど……」と告げられてしまう。
その五分後、ユニフォームを着せられた志愛が、青い顔でベンチに座るのだった。
こういったスポーツの試合の際、レイパーのせいで正規のメンバーが急に来れなくなる、ということは稀に起こることだ。
そういった時の救済措置として、選手登録していない人をメンバーに加えることが出来る制度がある。志愛はそれにより、急遽ベンチメンバー入りさせられてしまった。
無論、急なお願いだから断る権利はあるが、志愛が小鳥のお願いを断れなかったのは、彼女が色々とお世話になった『先輩』だからだ。
実は志愛は中学校に入学してから程なくして、学校の階段から落ちて足首を捻挫してしまったことがあった。丁度昼休みが終わるギリギリのタイミングで、急いで教室に戻ろうとした時、うっかりやらかしてしまったのだ。
その際、志愛をおぶって保健室まで連れて行ってくれたのが小鳥だった。それから何かと小鳥と交流する機会が増えたのである。勉強を教えてもらったことや、志愛のサブカル趣味に付き合ってもらったことも結構あった。今日志愛がここに来た一番の目的も、小鳥を応援するためである。
そう言う訳で、日頃からお世話になっている先輩からのお願いを断ることなど、志愛には出来なかった。
まぁ伊達に小鳥の試合を観ているわけではないからバレーボールのルールは把握しているし、練習に付き合うこともあるから経験が一切無い訳ではないが、それにしたって実力は素人に毛が生えた程度。
小鳥からは、なるべくベンチメンバーが出ないといけない場面にならないようにすると言われたが、志愛は相当不安だった。
そんな中、試合が始まる。
準々決勝の試合だけあって、相手のチームは強い。小鳥のバレーボール部も負けてはいないが、互いに点を奪いあう展開となっていた。
試合は第五セットまでもつれ、十二対十三で小鳥達のチームが劣勢。後二点取られてしまえば負けてしまう。
一般の観客からすれば非常に白熱した試合なのだろうが、ベンチにいる志愛達からすれば生きた心地がしない。
小鳥達は諦めない。味方が相手のサーブをきっちり受けた後、素早くネット際まで走り、跳躍。
小鳥が完璧にその仲間へとトスを返し、強烈なスパイクを相手コートに叩きこんで一点をもぎ取った。
しかし――
「っ?」
地面に着地したスパイカーが、崩れ落ちる。
志愛の息が、一瞬止まった。傍から見て、非常に嫌な倒れ方だった。
捻挫。
着地の際に足を捻ってしまったのだ。
これではもう、プレーは出来ない。
コートの選手にも、ベンチの志愛にも、重い空気が圧し掛かる。
その後の数分の出来事を、志愛はあまりよく覚えていない。
医務室へと運ばれる、その仲間の泣き顔だけは、妙に頭に残っている。
我に返った時、志愛はコートに立っていた。
怪我した彼女の代わりに試合に出ることになったのだと、そこでようやく理解して――一気に吐き気が込み上げてくる。
心臓はバックバクで、足も小刻みに震えていた。小鳥やチームメンバーが志愛の緊張をほぐそうと掛ける言葉さえ、耳に入って来ない。普段の志愛からは考えられないような有様だ。
だが、誰が志愛を責められようか。
小鳥は三年生。最後の大会に向け、日々真剣に練習に励んでいたことを志愛は知っている。
さっき足を捻挫し、泣く泣く退場した彼女も三年生。
自分のせいで、小鳥達の夏を終わらせてしまうかもしれないのだ。
無常にも再開する試合。
こちらのサーブを相手が上手くレシーブし――志愛を狙ってスマッシュが放たれる。
誰の目から見ても、明らかに弱所だと分かる志愛を攻めるのは、当然の行為だ。
外で観ているよりもずっと速く飛んでくるボール。
咄嗟にレシーブの構えを取ると、奇跡的にそこにボールが命中する。しかし、とてもボールが当たったとは思えないような音と共に、明後日の方向へと飛んでいってしまった。
「――ッ!」
骨が折れたと錯覚する程の威力のスマッシュに、志愛の顔が歪む。
小鳥達はこんなものを、ずっと受けていたのかと戦慄した。
だがそんな感情は、得点のボードが目に入るとすぐに吹き飛んだ。
十三対十四。
相手のマッチポイントである。
「ゴ……ごめんなさイ……」
青い顔で謝る志愛の声に、力は無い。
自分のミスで崖っぷちに追い込まれてしまったと、志愛は激しく自分を責める。
すると、
「ドンマイドンマイ! ほら! そんな顔しない! まだ負けてないから、大丈夫!」
「……エッ?」
どこまでも前向きな、小鳥の言葉。
他のメンバーも色々と志愛に声を掛けてくる。そのどれもが、今のミスを責めるようなものではなく、志愛を励ます言葉だった。
そして誰もが、まだ試合を諦めていない眼をしていた。
何て強い人達だろうか。
ふと、ベンチメンバーになってくれと頼んできた小鳥の顔が思い浮かぶ。
例え技術では敵わなくても、ここで心で負けたら、あまりにも小鳥に対して失礼だ。
志愛はブルリと震えると……気合を入れるように、両頬をバチンと叩き、「シャ! こぉぉぉぉおイッ!」と声を張り上げた。
小鳥達が笑顔でサムズアップをして――再び鳴るホイッスル。
今度は相手チームのサーブが、当然の如く、志愛を狙って放たれる。
だが――さっきのスマッシュに比べれば、このサーブは遅い。
今度は何とかレシーブを上げた瞬間――小鳥と目が合う。
「志愛ちゃん!」
「ッ!」
小鳥は、志愛にスマッシュを打たせる気だ。
弱所に見えるからこそ、志愛への警戒が薄くなっていることを、小鳥は敏感に感じていた。
ここで志愛に決めさせれば、自分のチームは勢いづき、相手チームには動揺が走る。点数はイーブンでも、このギリギリの局面で精神的な優位が取れれば、試合は貰ったようなものだと、そういう計算もあっただろう。
志愛はそこまでは分からなかったが、小鳥が自分に決めさせようとしていることは伝わったから、我武者羅に走り出す。
「負けるカ……! 先輩の夏ヲ、終わらせて堪るかぁぁぁアッ!」
足を引っ張る自分に、重要な役目を任せてくれた小鳥。
何としても、それに応えたいと、志愛は強く、強くそう想った。
その刹那。
志愛の右手に嵌っている指輪が白い光を放ち、志愛の体にそれを移していく。
志愛の気持ちを理解したアーツが、志愛にスキルを与えた瞬間だった。
誰もが驚く最中、志愛本人だけは、それに気が付かない。
ただ分かったのは、強く踏み込んで跳躍した瞬間、想像以上のパワーが右手に溢れていた、ということだった。
小鳥が完璧にトスしたボールに、力が籠った右手が叩きつけられ、そして――
***
「……ト、私がスキルを手に入れたのハ、こういう訳ダ」
「ふーん……それで?」
「ン?」
「いや……試合中にスキルを貰ったってのは分かったけど、結局その試合はどうなったの?」
「さてはスキルへの興味、もう無くなったナ?」
そう言いながら、優にジト目を向ける志愛。
しかし、溜息を吐くと、ゆっくりと口を開く。
「……負けタ」
「…………」
「私の打ったスマッシュ、コートの外に出テ……それデ……」
突然溢れたパワーを、咄嗟に制御できるはずもなかったのだ。
「……そっか」
「誰も私のことを責めなかっタ。でもそれガ、凄く辛かっタ」
恨み言を言われてもしょうがないと思っていた。自分のせいで、小鳥達の夏が終わってしまったのだから。
現に、彼女達は泣いていた。
志愛も泣きたかったが、彼女達と同じように泣く資格は無いと思って、必死で堪えていた。その時の気持ちを思い出すと、今でも胸が苦しくなる。
小鳥からは「怪我人が出たところで自分達は棄権するしかなかった。でも志愛ちゃんがいたから、可能性が残ったの。だから……ありがとう」と言われた。
「私のせいで負けたのニ、どうしてお礼を言われるのカ。今でモ、理由が分からないんダ。先輩はそれからモ、今までと同じように私に接してくれるシ……」
「……きっとさ、それはその先輩が、精一杯やりきったからじゃない?」
「エッ?」
「私も運動系の部活だったから、気持ちはちょっと分かるよ。その時やれることをやりきたら、人のミスとかそんな小さなこと、気にならなくなっちゃうし。だから、その先輩がそう言ったんだったら、きっと本当にその人が、全力でやりきったってことだと思う」
優は中学時代、弓道部に入っていた。弓道の試合にも、三人一組の団体戦がある。だから、何となく小鳥の気持ちは分かった。
「…………」
「そう言えば志愛は、その先輩と同じ高校には行かなかったんだ?」
「先輩、留学したかラ。今はカリフォルニアにいル。たまに試合の動画とか見るけド、滅茶苦茶活躍していタ」
「えっ? すっご……!」
「ふふン。そうだろウ。……でモ、向こうでもレイパーのせいで選手が殺されてしまったリ、試合が中止になったりしているって言っていタ」
「……なんかさ、ずっとそれが当たり前の世の中になっているけど、やっぱりおかしいよね。早く平和な世の中になって欲しいよ」
優の言葉に、志愛も頷いて、空を仰いだ。
今は遠くで頑張っている、小鳥先輩の顔を思い浮かべながら。
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