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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第19章 新潟市中央区紫竹山
215/669

季節イベント『排球』

 これは、まだ雅が異世界に転移させられていた時の、日本での話。


 丁度、優が志愛と知り合ってから、少し経った頃だ。


「ねえ。志愛ってどうやってスキルを得たの?」


 一緒に学校から家に帰る途中、優はふと、気になっていた疑問を口にする。


「なんダ? いきなりだナ」

「あ、いやさ。私も最近、アーツからスキルを貰ったんだけど、志愛って既に持っていたから、何となく気になっちゃって……」

「ふム。……マァ、ちょっと長い話になるガ、いいだろウ」


 そして、志愛は話し始める。


 二年前。中学二年生の、八月の時のことを。




 ***




 新潟市東区にある、総合スポーツセンターにて。


 丁度この日はバレーボールの県大会が行われており、志愛が先輩の試合を観に来ていた時だった。


「エ? ベンチメンバーが全員来れなイ?」

「うん。バスがレイパーに襲われたって……。幸い、もうレイパーは倒されて、犠牲者もいなかったんだけど……」


 試合の前、先輩の須田小鳥からそんな話を聞かされた志愛。


 小鳥の所属するバレーボール部は準々決勝までコマを進めており、今は試合開始の十分前。


 そのタイミングでそんな話を聞かされ、何となく嫌な予感がした志愛。それを裏付けるように、小鳥から「それで、志愛ちゃんにお願いがあるんだけど……」と告げられてしまう。




 その五分後、ユニフォームを着せられた志愛が、青い顔でベンチに座るのだった。




 こういったスポーツの試合の際、レイパーのせいで正規のメンバーが急に来れなくなる、ということは稀に起こることだ。


 そういった時の救済措置として、選手登録していない人をメンバーに加えることが出来る制度がある。志愛はそれにより、急遽ベンチメンバー入りさせられてしまった。


 無論、急なお願いだから断る権利はあるが、志愛が小鳥のお願いを断れなかったのは、彼女が色々とお世話になった『先輩』だからだ。


 実は志愛は中学校に入学してから程なくして、学校の階段から落ちて足首を捻挫してしまったことがあった。丁度昼休みが終わるギリギリのタイミングで、急いで教室に戻ろうとした時、うっかりやらかしてしまったのだ。


 その際、志愛をおぶって保健室まで連れて行ってくれたのが小鳥だった。それから何かと小鳥と交流する機会が増えたのである。勉強を教えてもらったことや、志愛のサブカル趣味に付き合ってもらったことも結構あった。今日志愛がここに来た一番の目的も、小鳥を応援するためである。


 そう言う訳で、日頃からお世話になっている先輩からのお願いを断ることなど、志愛には出来なかった。


 まぁ伊達に小鳥の試合を観ているわけではないからバレーボールのルールは把握しているし、練習に付き合うこともあるから経験が一切無い訳ではないが、それにしたって実力は素人に毛が生えた程度。


 小鳥からは、なるべくベンチメンバーが出ないといけない場面にならないようにすると言われたが、志愛は相当不安だった。


 そんな中、試合が始まる。


 準々決勝の試合だけあって、相手のチームは強い。小鳥のバレーボール部も負けてはいないが、互いに点を奪いあう展開となっていた。


 試合は第五セットまでもつれ、十二対十三で小鳥達のチームが劣勢。後二点取られてしまえば負けてしまう。


 一般の観客からすれば非常に白熱した試合なのだろうが、ベンチにいる志愛達からすれば生きた心地がしない。


 小鳥達は諦めない。味方が相手のサーブをきっちり受けた後、素早くネット際まで走り、跳躍。


 小鳥が完璧にその仲間へとトスを返し、強烈なスパイクを相手コートに叩きこんで一点をもぎ取った。


 しかし――


「っ?」


 地面に着地したスパイカーが、崩れ落ちる。


 志愛の息が、一瞬止まった。傍から見て、非常に嫌な倒れ方だった。


 捻挫。


 着地の際に足を捻ってしまったのだ。


 これではもう、プレーは出来ない。


 コートの選手にも、ベンチの志愛にも、重い空気が圧し掛かる。


 その後の数分の出来事を、志愛はあまりよく覚えていない。


 医務室へと運ばれる、その仲間の泣き顔だけは、妙に頭に残っている。


 我に返った時、志愛はコートに立っていた。


 怪我した彼女の代わりに試合に出ることになったのだと、そこでようやく理解して――一気に吐き気が込み上げてくる。


 心臓はバックバクで、足も小刻みに震えていた。小鳥やチームメンバーが志愛の緊張をほぐそうと掛ける言葉さえ、耳に入って来ない。普段の志愛からは考えられないような有様だ。


 だが、誰が志愛を責められようか。


 小鳥は三年生。最後の大会に向け、日々真剣に練習に励んでいたことを志愛は知っている。


 さっき足を捻挫し、泣く泣く退場した彼女も三年生。


 自分のせいで、小鳥達の夏を終わらせてしまうかもしれないのだ。


 無常にも再開する試合。


 こちらのサーブを相手が上手くレシーブし――志愛を狙ってスマッシュが放たれる。


 誰の目から見ても、明らかに弱所だと分かる志愛を攻めるのは、当然の行為だ。


 外で観ているよりもずっと速く飛んでくるボール。


 咄嗟にレシーブの構えを取ると、奇跡的にそこにボールが命中する。しかし、とてもボールが当たったとは思えないような音と共に、明後日の方向へと飛んでいってしまった。


「――ッ!」


 骨が折れたと錯覚する程の威力のスマッシュに、志愛の顔が歪む。


 小鳥達はこんなものを、ずっと受けていたのかと戦慄した。


 だがそんな感情は、得点のボードが目に入るとすぐに吹き飛んだ。


 十三対十四。


 相手のマッチポイントである。


「ゴ……ごめんなさイ……」


 青い顔で謝る志愛の声に、力は無い。


 自分のミスで崖っぷちに追い込まれてしまったと、志愛は激しく自分を責める。


 すると、


「ドンマイドンマイ! ほら! そんな顔しない! まだ負けてないから、大丈夫!」

「……エッ?」


 どこまでも前向きな、小鳥の言葉。


 他のメンバーも色々と志愛に声を掛けてくる。そのどれもが、今のミスを責めるようなものではなく、志愛を励ます言葉だった。


 そして誰もが、まだ試合を諦めていない眼をしていた。


 何て強い人達だろうか。


 ふと、ベンチメンバーになってくれと頼んできた小鳥の顔が思い浮かぶ。


 例え技術では敵わなくても、ここで心で負けたら、あまりにも小鳥に対して失礼だ。


 志愛はブルリと震えると……気合を入れるように、両頬をバチンと叩き、「シャ! こぉぉぉぉおイッ!」と声を張り上げた。


 小鳥達が笑顔でサムズアップをして――再び鳴るホイッスル。


 今度は相手チームのサーブが、当然の如く、志愛を狙って放たれる。


 だが――さっきのスマッシュに比べれば、このサーブは遅い。


 今度は何とかレシーブを上げた瞬間――小鳥と目が合う。


「志愛ちゃん!」

「ッ!」


 小鳥は、志愛にスマッシュを打たせる気だ。


 弱所に見えるからこそ、志愛への警戒が薄くなっていることを、小鳥は敏感に感じていた。


 ここで志愛に決めさせれば、自分のチームは勢いづき、相手チームには動揺が走る。点数はイーブンでも、このギリギリの局面で精神的な優位が取れれば、試合は貰ったようなものだと、そういう計算もあっただろう。


 志愛はそこまでは分からなかったが、小鳥が自分に決めさせようとしていることは伝わったから、我武者羅に走り出す。


「負けるカ……! 先輩の夏ヲ、終わらせて堪るかぁぁぁアッ!」


 足を引っ張る自分に、重要な役目を任せてくれた小鳥。


 何としても、それに応えたいと、志愛は強く、強くそう想った。


 その刹那。


 志愛の右手に嵌っている指輪が白い光を放ち、志愛の体にそれを移していく。


 志愛の気持ちを理解したアーツが、志愛にスキルを与えた瞬間だった。


 誰もが驚く最中、志愛本人だけは、それに気が付かない。


 ただ分かったのは、強く踏み込んで跳躍した瞬間、想像以上のパワーが右手に溢れていた、ということだった。


 小鳥が完璧にトスしたボールに、力が籠った右手が叩きつけられ、そして――




 ***




「……ト、私がスキルを手に入れたのハ、こういう訳ダ」

「ふーん……それで?」

「ン?」

「いや……試合中にスキルを貰ったってのは分かったけど、結局その試合はどうなったの?」

「さてはスキルへの興味、もう無くなったナ?」


 そう言いながら、優にジト目を向ける志愛。


 しかし、溜息を吐くと、ゆっくりと口を開く。


「……負けタ」

「…………」

「私の打ったスマッシュ、コートの外に出テ……それデ……」


 突然溢れたパワーを、咄嗟に制御できるはずもなかったのだ。


「……そっか」

「誰も私のことを責めなかっタ。でもそれガ、凄く辛かっタ」


 恨み言を言われてもしょうがないと思っていた。自分のせいで、小鳥達の夏が終わってしまったのだから。


 現に、彼女達は泣いていた。


 志愛も泣きたかったが、彼女達と同じように泣く資格は無いと思って、必死で堪えていた。その時の気持ちを思い出すと、今でも胸が苦しくなる。


 小鳥からは「怪我人が出たところで自分達は棄権するしかなかった。でも志愛ちゃんがいたから、可能性が残ったの。だから……ありがとう」と言われた。


「私のせいで負けたのニ、どうしてお礼を言われるのカ。今でモ、理由が分からないんダ。先輩はそれからモ、今までと同じように私に接してくれるシ……」

「……きっとさ、それはその先輩が、精一杯やりきったからじゃない?」

「エッ?」

「私も運動系の部活だったから、気持ちはちょっと分かるよ。その時やれることをやりきたら、人のミスとかそんな小さなこと、気にならなくなっちゃうし。だから、その先輩がそう言ったんだったら、きっと本当にその人が、全力でやりきったってことだと思う」


 優は中学時代、弓道部に入っていた。弓道の試合にも、三人一組の団体戦がある。だから、何となく小鳥の気持ちは分かった。


「…………」

「そう言えば志愛は、その先輩と同じ高校には行かなかったんだ?」

「先輩、留学したかラ。今はカリフォルニアにいル。たまに試合の動画とか見るけド、滅茶苦茶活躍していタ」

「えっ? すっご……!」

「ふふン。そうだろウ。……でモ、向こうでもレイパーのせいで選手が殺されてしまったリ、試合が中止になったりしているって言っていタ」

「……なんかさ、ずっとそれが当たり前の世の中になっているけど、やっぱりおかしいよね。早く平和な世の中になって欲しいよ」


 優の言葉に、志愛も頷いて、空を仰いだ。


 今は遠くで頑張っている、小鳥先輩の顔を思い浮かべながら。

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