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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第19章 新潟市中央区紫竹山
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第19章閑話

 八月五日、日曜日。午前十時二分。


 優が、束音宅にやって来た。


「おー、ユウじゃん。いらっしゃい」

「なんだ、ファムじゃん。……みーちゃんは?」


 てっきり家主が出迎えてくれるものかと思ったら、ファムが出て来た。


 ファム達異世界組の仲間達は、日本にいる間は雅の家に居候中だ。だから彼女がここにいることは、特に疑問に思わない。


 しかし年下の娘に来客の対応をさせておいて、当の本人はどこにいったのやら。これは小突かねばなるまい、と優が内心でそう考えていると、ファムは苦笑いしてリビングを指差す。


「昨日のあの娘に夢中」

「は? ……他の皆は?」

「ノルンとミカエル先生はユウカさんのところ。何か、この間出たレイパーの正体について話し合うんだとか。ライナ達は買い物中。明日持って行く物とか、夕飯に使う食材とか」

「あいつは……!」


 笑顔で青筋を浮かべる優。


 因みに、優の手には手提げバックがぶら下がっている。今日優が雅の家にやって来たのは、明日持っていくものを買ってきてくれと言われたものを、彼女に届けに来たからである。


 非常に悪い言い方をすれば、パシリだ。


 リビングに入ると、雅がデレデレしただらしない顔をして、ラティア――先日警察が保護した、身元不明の美少女だ――を膝に乗せ、櫛で髪を梳かしている姿が目に映る。


「あ、さっがみーん!」

「さっがみーん……じゃ無いわよ。全く、あんたって娘は……!」


 自分がイラっとしていることには気が付いていない様子の雅に、ちょっとプツンときた優は、笑顔のまま右手の拳を顔の横まで持ってきて、力を込める。


「あ、あれ? さがみん?」


 何となく危険を悟った雅。


 さらにラティアも何かを察知したようで、そそくさと雅の膝から降りて逃げ出す。


 刹那、優の拳骨が雅の頭上に直撃するのだった。




 ***




「全く……人を扱き使っておいて、家でぬくぬくしてんじゃないわよ」

「いや、でも誰かがラティアちゃんと一緒にいないと」

「別にみーちゃんじゃ無くてもいいでしょ? ……ったく、そんなにベタベタしていると、仕舞いにはその娘に鬱陶しがられるよ?」

「大丈夫です! ラティアちゃんに限って、そんなことはありません!」


 そう言って、隣に座り、会話を見守っていたラティアをギューっと抱きしめる雅。


 溜息を吐きつつも、ラティアの表情を伺う優だが、彼女は少しボーッとしているような顔なだけで、確かに今の所はまだ雅のことを嫌ってはいなさそうだった。


「……てか、ファムは家にいるんだ。皆と一緒に買い物とか行かなくてよかったの?」

「え? 冗談よしてよ。こんな暑い日にわざわざ外でるとか自殺行為じゃん? 必要なもののメモは渡してあるし、皆が買って来てくれるでしょ」

「……あんたも拳骨が欲しいの? 全く、二人して、あんまり人をパシらせるんじゃないの。――って、あれ?」


 呆れた声で呟く優は、そこで部屋の隅にある黒いケースが目に入り、目を丸くする。


 置かれていたそれは、ヴァイオリンケース。


「あー、実は今日の朝、ひょんなことからラティアちゃんがそれを見つけまして。興味があったみたいなので、これから弾いてあげようかなって」

「私、さっきチラっと中見たんだけど、素人目にも分かるくらい、なんか高級そうだった。下手に触って壊すと怖くて、もう近づかないようにしているんだけどさ」

「あ、異世界にもヴァイオリンはあるんだ。まぁ下手に触らないで正解よ、ファム。あれ、滅茶苦茶な値段するんだから。……百万だっけ?」

「百二十万ちょっとだったと思います。おばあちゃんが買ってくれたんですよね」

「百二十万……テューロだといくら?」


 テューロというのは、ファム達の世界で使われる通貨の単位である。


「正確なレートは不明ですけど、向こうだとリンゴが一個六十テューロだったから……一テューロ四円くらいかな? だから、百二十万円は三十万テューロですね」

「うっへぇ……。え? ミヤビ、そんな高いヴァイオリン、弾けるの?」

「ええ、なんか、よく分からないんですけど、弾けますね」


 随分とキレの悪い言い方に、ファムは首を傾げる。


「あー、みーちゃんの特技って、大抵が他の人から教えてもらったりして覚えたものなんだけど、ヴァイオリンだけは初見で普通に弾けたんだよね。最初に弾いた時は、確か八歳だったっけ? 『才能がある』って言葉がしっくりくるくらい。プロ顔負けだから」

「そんなに褒めないでくださいよぉ。……まぁ、ラティアちゃんも聞きたそうにしていますし、折角だから一曲弾きますか」


 そう言って、雅は演奏の準備を始める。


 その手際の良さを見ただけでも、ファムはふと『なんか小慣れている感じ、あるなー』なんてぼんやりと思った。


 ヴァイオリンを構え、弦に弓を沿えるその姿は、まるでプロの演奏家のよう。


「えー、そうですねぇ……クララ・シューマンの『三つのロマンス』にしましょうか。それでは、お聞き下さい」


 そしてリビングに、美しい旋律が広がり――ファムがポカンと口を開ける。


 ファムは音楽には明るくないが、それでも雅の演奏が上手いことは理解出来た。優が賞賛するのも頷ける。


 ただ演奏技術が高いだけでは無い。聞く者の心を打つような、言葉に出来ない――敢えて言葉にするなら、『雅が曲に込めた感情』とでも言うべきだろうか――ものを、ファムは感じた。


 聞き惚れている内に曲が終わり、思わず拍手してしまうファム。


 だが、拍手しているのはファムだけでは無かった。


 ラティアも、目を細め、控えめに称揚の意を示していたのだ。


 雅も優も、そんなラティアに少し驚く。ここまで感情を表に出してくれたのは、今が初めてだった。


 幼い彼女にも――いや、幼いからこそ、雅の演奏は心にグッと来たのかもしれない。


「え、マジですっごい。ねぇ、もう一曲何か弾いてよ」

「うーん、また今度。意外と疲れるんですよ、演奏」

「えー?」


 可愛く頬を膨らませるファムだが、実は珍しい雅のNGに、素直に引き下がる。


 ヴァイオリンをしまいながら、雅はふと手を止め、口を開いた。


「……久しぶりに弾くと、やっぱり楽しいですねぇ」

「こんなに上手いのに、滅多に弾かないよね、みーちゃん」

「うーん……使っているヴァイオリンの値段が値段ですからね。どうも、気軽には使い辛いというか……でも、本当に偶に、無性に弾きたくなるんですよ」


 微笑みながら、呟くようにそう言う雅。


 ヴァイオリンが使い辛い理由は、値段だけでは無い。


 薄らと残っている、かつての記憶。


 雅と、雅の両親が巻き込まれた事故。山道を車で移動中、落石に巻き込まれてしまった、あの時。雅は奇跡的に助かったが、両親は即死してしまった。


 しかし雅はまだ五歳だったのだが、妙に覚えていることがあった。


 それは、ヴァイオリンの音。


 後で聞かされた話では、事故現場で、何故かヴァイオリンの音色が響いていたという。一説では、事故を引き起こしたのはレイパーで、ヴァイオリンの音もレイパーによるものではないかと言う話もある。


 ヴァイオリンを弾くと、その当時の記憶が蘇ってしまい、何となく辛い気持ちが湧き上がってしまうのだ。


 だから、どちらかと言えばヴァイオリンの音は苦手な部類に入る。


 だが、それでも偶にヴァイオリンを弾きたくなる時があるのだから不思議だ。『嫌いだけど好き』という表現が、雅の中で一番しっくり来る。


 楽器をしまい終えると、買い出しに出ていたレーゼ達が帰って来た。


 彼女達にファムが、興奮気味に雅の演奏のことを話すと、是非聞きたいと頼まれ、押しに負けて結局雅はもう一曲弾くことになった。


 疲れた、とは言いつつも、先程とは寸分も変わらぬ美しい旋律が、再び部屋を満たす。


 その後、ミカエルとノルンが帰ってきて、彼女達も雅の演奏の話を聞き、自分達もとねだられたのだが、流石にそれは丁重にお断りした雅。


 次にヴァイオリンを弾くのは、いつになるのだろうか。


 因みにファムが頼んだものは、一部買い忘れており、それについて不満を言ったところ、ついに優の拳骨が落ちた。

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