第170話『仮面』
「何っ? 新たなレイパーっ?」
「いえレーゼさん、あれは……人間です! 装甲服?」
空から降りてきたのは、全身銀色のプロテクターを装着し、ヘルメットを被った『人間』だった。雅達には背を向けているものの、ヘルメットの下から垂れる、一本に束ねた黒髪が、それが女性だと示している。
そして、彼女がチラリと雅達を振り向いた時……バイザー越しに覗かせる顔を見て、雅は目を見開く。
「あなたは……四葉ちゃんっ?」
プロテクターを装備していた女性の正体。それは、先日の夜中、優と一緒に散歩していた時に再会した少女、浅見四葉だったのだ。
プロテクターの胸元には、紫色のアゲラタムの紋様。
しかし四葉はそんな雅に、興味は失せたと言わんばかりに目を逸らし、突如現れた自分を警戒する様子を見せるレイパーへと視線を向ける。
が……すぐにつまらなそうに鼻を鳴らし、口を開く。
「般若……。外れか……」
その言葉は雅とレーゼにもはっきりと聞こえ、何の事かと頭に疑問符を浮かべるが、とても本人に質問出来る様子では無い。
四葉は特に構えることも無く、ゆっくりと敵に近づいていくのを見て、雅とレーゼは息を呑む。
無防備なはずなのに、どこか隙が無いのだ。
それはレイパーも分かっているようで、堂々と歩く四葉とは対照的に、その場に立ち止まっては腰を少し落とし、爪を掲げ、油断無く四葉を睨んでいた。
そして、四葉がレイパーの爪の攻撃範囲に入った瞬間。
「――ッ!」
レイパーの腕が伸び、鋭い爪が四葉の胸元へと迫る。
しかし――
「――ッ?」
四葉は体を僅かに左に傾け、爪の一撃を躱すと、レイパーの腹部へと拳を叩きこみ、よろめかせる。
刹那、四葉の姿が消えたと思ったら……レイパーの背後に現れ、背中に強烈な横蹴りを打ち込み、つんのめらせる。
「は、速い……!」
怯んでいたレイパーは分からなかったのだが、外で見ていた雅とレーゼには、四葉が驚異的な瞬発力で敵の背後に回りこんでいたところが見えており、目を見開く。
レイパーは低く唸り声を上げて四葉に飛び掛るが、彼女の優勢は終わらない。
素早く敵の懐に潜りこみ、膝打ちを入れ、さらに回し蹴りを頭に直撃させて吹っ飛ばす。
さらに左手を上げると、手の平にエネルギーを集め、衝撃波にして敵に放った。
だが……それが直撃する直前で、レイパーは横っ飛びしてその攻撃を避けてしまう。
そして、レイパーが着地した、その瞬間――レイパーの体に桃色のエネルギー弾が着弾し、破裂音と共に爆発した。
雅が百花繚乱の柄を曲げてライフルモードにし、敵目掛けて撃ったのだ。
しかも『共感』により優のスキル『死角強打』を発動させており、威力の上がった一発である。
その攻撃でレイパーが僅かに怯んだところに、虹の軌跡と共に、レーゼの三発の斬撃が襲いかかる。
二人共、レイパーが四葉の攻撃を避けることを想定し、先んじて動いていたのだ。
怯んだレイパーに、レーゼの四発目の斬撃が迫るが、それが当たるより、敵が体勢を整える方が速い。
レーゼの攻撃に合わせ、カウンター気味に爪で貫きにかかる――が、その時既に、レーゼは『衣服強化』のスキルと、アーツ『命の護り手』を発動していた。
白い光に包まれたレーゼの体には爪が食い込むことは無く、ガキンという虚しい音が響き渡る。
直後、レーゼの全力の一撃がレイパーの体にヒットし、体に大きな傷を付けた。
レイパーは体が細いからか、血を流すことも無かったが、痛みは感じているようで、くぐもったような声を上げる。
そしてそんなレイパーに、雅の放った桃色のエネルギー弾が叩き込まれ、敵を大きく吹っ飛ばした。
転がっていくレイパー。その先にいたのは、四葉。
四葉は倒れたレイパーを空高く蹴り上げ、為す術無く落下してくるレイパーに、タイミングを合わせて回し蹴りを直撃させる。
細く、レーゼの攻撃によって傷ついた体には、強烈過ぎる一撃。
耐えられるはずも無く、悲鳴と共にレイパーは爆発四散するのだった。
「よし……!」
折角発現した新たな力が使えず、一時はどうなることかと思ったが、何とか敵を倒せたことで、ホッと胸を撫で下ろす。
が、しかし。
「……待ってミヤビ。何だか様子が変よ……?」
レーゼは眉を潜め、鋭く雅にそう告げる。
一体どうしたのか……と怪訝な顔になる雅だが、敵が爆発四散したところを注視して、そこでやっと気が付いた。
体は全て消え去ったのに、レイパーの頭……あの、般若だけは、何故か残っていたのだ。
否。
雅とレーゼは、そこでようやく理解する。今までレイパーの頭だと思っていた、あの般若……それは、頭では無かった、ということに。
よく見れば、それはお面。般若のお面だった。
ずっと『頭が般若のレイパー』だと思っていたが、二人が戦っていたのは、実は『般若のお面をかぶったレイパー』だったのである。
倒されてしまった今はもう知る術は無いが、あの般若のお面の下には、レイパーの本当の顔があったに違いない。
そして不気味なことに……その般若のお面は、誰も触れていないのに、カタカタと動いていた。
ゴクリ……と唾を呑み込む、雅達。
そして次の瞬間――般若のお面は突然空に飛んで行き、あっという間に姿が見えなくなるのだった。
「な……何だったのかしら、今の……」
「……分かりません。――あっ! そうだ! 四葉ちゃん!」
お礼を言おうと振り向いた雅。
四葉はそれまで、ずっと、今しがた般若のお面が飛んで行った方向をジッと見つめていたが、雅に声を掛けられ、バイザー越しに視線だけを寄越す。
「また会っちゃいましたね。助けてくれて、ありがとうございます」
そう言って、スッと雅は片手を差し出した。
が――四葉はその手をパシンと跳ね除ける。
「悪いけど、雑魚と馴れ合うつもりは無いの」
「……っ」
驚く程、冷たい声。
呆気に取られた雅を余所に、四葉はそのまま飛び去ってしまうのだった。
***
「――ってなことがあったのよ! 腹が立つ……!」
時刻は夕方の五時五十一分。買出しから帰って来た、すぐ後のことだ。
怒り狂ったレーゼの静かな声が、リビングに広がる。
その理由は、四葉の雅への態度だった。
レーゼの愚痴を聞いているのは、雅達新潟組のメンバー全員と、一部の異世界組のメンバー。いないのはラティアとシャロンだけ。益体も無い話をラティアに聞かせるのは忍びないと、シャロンが配慮した形である。
因みに優や愛理、志愛達は、ULフォンによる立体映像だ。
「そりゃあ……苦戦していたのは確かだけどっ、最後に止めを刺す隙を作ったのは私達じゃない! なんでミヤビがあんなこと言われなきゃならないわけっ?」
「あ、あはは。レーゼさん、もうその辺で。私、全然気にしていませんし……。ところでノルンちゃん、やっぱり、四葉ちゃんでしたか?」
「あ、はい。間違い無いです」
困っているのか笑っているのか、曖昧な表情を浮かべながらそんなやりとりをする雅とノルン。
ノルンは雅から、装甲服を纏った四葉の写真を見せ、それが先日ノルン達を助けてくれた人なのか確認をとっていたのだが、予想通りと言うべきか、やはり正しかった。
「それにしてモ、雅は随分平気そうだナ。私なラ、握手を拒否されたら凹ム……」
「まぁ、たまーにそういう娘もいますしねー」
「さ、流石というか、何と言うか……まぁそれより、気になるのは、レイパーを倒した後に残ったお面かしら? 一体、何でそんなものが……」
ケラケラと笑う雅に、呆れたような、尊敬するような、どっちともつかない視線を向けながら、ミカエルが疑問を呈する。
爆発したレイパーが持っていた武器や防具が消えずに残ってしまう、という現象は僅かながら存在するが、今回のお面の一件は、それとは少し様子が違うように、ミカエルは思えていた。
しかしこの場で、ミカエルの質問に答えられるものは誰もいない。
謎を残したまま、今回の事件は幕を閉じたのだった。
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