第169話『般若』
般若。
現れたレイパーを一言で表すなら、それが最も適切だ。
最も、頭部だけを見るのならば、だが。このレイパーは、顔が般若になっていた。
首から下……つまり体の部分については、いかんとも形容し難い。
人型であるのは間違いないとして、随分と細身なのだ。少し力を加えれば、折れてしまいそうな程に。
くすんだ茶色のボディは、どう見ても最初からこのような状態だったとは思えず、まるで干乾びてしまったようにも見える。
唯一、爪だけは長く、しっかりとしており、女性達の体に付いていた傷は、これによるものだろうと雅とレーゼは思った。
ただ、それを見てもなお……このレイパーを見た二人が、「弱そう」と感じてしまったのは無理も無い。
しかし現実として、ここで何人もの女性を殺している以上、見た目程弱くは無いのは明らかだ。二人は油断せずに、アーツを構える。
雅の手には、メカメカしい見た目をした、全長ニメートル程の剣。剣銃両用アーツ『百花繚乱』だ。
レーゼの手に握られるは、美しい空色の剣。剣型アーツ『希望に描く虹』である。
睨み合う、雅達とレイパー。
一瞬の沈黙が流れ……駆け出したの、同時。
「はぁっ!」
「はっ!」
鋭い声と共に繰り出された二人の斬撃。
しかしレイパーは、それを腕で軽々と受け止めてしまう。
目を見開く、雅とレーゼ。
レイパーの体は、やはりというべきか見た目以上に丈夫であったのだが、二人の想像を遥かに超えた硬さだったのだ。
まともに攻撃しても、傷が付く気がしない。
雅達の剣と、レイパーの腕の力が拮抗。
だがレイパーがさらに腕に力を込め、腕を振って二人を押しのける。
体勢を崩した二人。レイパーはレーゼに目を向ける。
素早くレーゼに近づき、爪を叩きつけてくるレイパー。
咄嗟にスキル『衣服強化』を使い、着ている服の強度を上げつつ、攻撃を腕で防いだレーゼだが、その顔は痛みに歪んでいた。
この体から繰り出されるとは思えない程、重い一撃だったのだ。
続いてレイパーが繰り出した回し蹴りも、レーゼは腕で受け止めるが、その威力を殺しきれず、吹っ飛ばされて壁に激突して崩れ落ちてしまう。
「レーゼさんっ? ――っ!」
人を心配する余裕等雅には無い。
レイパーは素早く雅に近づくと、鋭い爪を振り上げる。
咄嗟に雅は自身のスキル『共感』により、レーゼのスキル『衣服強化』を発動。
さらに防護服型アーツ『命の護り手』も発動。最近『StylishArts』から貰った新型アーツは、他のアーツを使っている最中にも使うことが出来る。
雅の体が淡い光に包まれ、さらに防御力が増加。
レイパーの爪が胸部にヒットするも、彼女にダメージは無い。
そのまま雅はレイパーに斬りかかる。
同時に、真衣華のスキル『腕力強化』を発動し、パワーアップした一撃をお見舞いする。
だが――
「っ?」
強烈なはずの一撃は、敵の体に傷を付けることが出来なかった。
スキルと命の護り手の効果が終了した瞬間、レイパーの膝打ちが雅の腹部にヒット。そのまま彼女を吹っ飛ばしてしまう。
痛みに呻く雅を見たレーゼは、
「ミ、ミヤビっ! 何をしているのっ? あの時の、あの音符を操る力! あれを早く使いなさい!」
魔神種レイパーと戦った時に手に入れた、雅の新たな力。燕尾服を模した服装を身に纏い、音符を敵の体に蓄積させ、自身の攻撃のダメージを何倍にも上げられるあの力を、何故使わないのかと、声を荒げる。
しかし、
「で、出来ません!」
「はぁっ?」
「使えないんです! と、いうか……使うための姿への変身の仕方、分からなくて……っ!」
「なんですって……?」
起き上がりながら返された、雅の絶望の言葉。
レーゼの顔も青白くなる。
ゆっくりと近づいてくるレイパーに、雅とレーゼは後ずさり。
「……レーゼさん! こっちです!」
雅は百花繚乱の柄を曲げ、ライフルモードにすると、レイパーの顔面や足元へと、桃色のエネルギー弾を連射。
僅かに怯み、さらに爆発による煙に紛れ、二人はその場から逃げ出すのだった。
***
逃げ出した、と行っても、近くにある別の横断BOXへと隠れただけの雅とレーゼ。
壁に寄りかかり、肩で息をしながら、ズルズルと崩れるように地面に座りこむ。
しばらく呼吸を整えていた二人だが、落ち着いてきた頃、レーゼが口を開いた。
「……さっきの話、本当なの? あの力、使えないの?」
「え、ええ。ごめんなさい……」
「いや、謝る必要は無いわ。使えないものはどうしようもないんだから……」
擁護したものの、レーゼの顔は険しい。使えない、というには、余りにも痛手だった。
「と、とりあえず、今の全力で、あいつを何とかするわよ……うっ」
「レーゼさん!」
立ち上がった瞬間、腹部を押さえて片膝をついてしまったレーゼ。
そんなところに攻撃はされていないはずだが、尋常じゃ無い痛みを覚えている様子だ。
そんな彼女に、雅は眉を八の字に傾け、口を開く。
「レーゼさん。やっぱり、あいつと戦った時のダメージがまだ……」
「…………」
雅の言葉に、レーゼは唇を噛みしめる。
魔神種レイパーと戦った際、敵の攻撃を体一つで何度も受けていたレーゼ。
防御力を上げるスキル『衣服強化』を使っていたとはいえ、魔神種レイパーの攻撃は強烈であり、とても防ぎきれるものでは無かった。
そのため、戦いが終わって数日経った今でさえ、レーゼの体には多数の痣が残っている。
実は雅は、薄々気がついていた。
先日、ボディタッチを嫌がった時から「もしや……」と思っていたのだ。それが今の彼女の様子を見て、確信に変わった。
「……レーゼさん、ここで休んでいて下さい。あいつは、私が何とかします」
「馬鹿言わないで。――あなただって、体、キツいんでしょ?」
「…………あ、あはは。バレていましたか……」
レーゼの指摘に、雅は一瞬目を見開いたが、すぐに誤魔化すように笑う。
最も、力の無い笑い声だったが。
レーゼ程では無いが、雅の体も既に悲鳴を上げていた。魔神種レイパーとの戦いのダメージは、まだ癒えていない。
いや、もっと言うなら……魔神種レイパーと戦ったメンバーで、完全に回復している者は誰一人としていないだろう。
それ程までに、激しい戦いだったのだから。
誰も表に出そうとしないのは、他の皆に心配を掛けないため。
「……不調なのはお互い様でしょ。助け合わないと、ね?」
「……はい」
弱々しい顔で、互いに頷き合った、その時だ。
二人は殺気を感じ、咄嗟にその場を逃げ出す。
ぬっ……と、先程のレイパーが姿を現したのは同時だ。
「くっ……まだ作戦も決めてないっていうのに……!」
「さがみん達には連絡済みです。到着まで、何とか時間を稼がなくちゃ……!」
さっき息を整えている最中、助けを求めるメッセージを優達に送っていた雅。しかし、すぐに来られるはずも無い。
このままでは、彼女達が到着する前にやられてしまう。
嫌な汗が、二人の背中を伝った、その時だ。
ふわりと、風が二人の体を撫でる。
誰かが、空から降りてきた。
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