第168話『違和』
ラティアをカームファリアへと連れて行くことに決まり、それまでの間、ラティアは雅の家で預かることになった。
最初は警察の方で面倒を見る予定だったのだが、雅が「是非! 是非うちに!」と鼻息を荒くしながら提案し、その圧に負けた伊織が許可したのである。
まぁ、どうせラティアを送り届けるのは雅達だ。
カームファリアはサウスタリアの首都。出発は明後日。それまでの間、交友を深めておく方が良いかもしれないと思った、というのもある。
それに……ラティアは言葉こそ話せないが、どうも態度を見るに、雅と一緒にいたいようにも見えた伊織。
今雅の家には、充分に戦える者が八人もいる。下手に警察署で匿うより、彼女達と一緒の方が、却って安全だという見方も出来るだろう。
そういう訳で、時刻は午後四時二十三分。
折角だからラティアの歓迎会をしようと、雅とレーゼは買い出しに出ていた。
スーパーに向かう途中、
「……うぅ」
「ええい、そんなに落ち込まないの! 帰ればまた会えるでしょ!」
しょげる雅に、レーゼが青筋を立てる。
買い物にラティアを連れて行けなかったことが理由だ。
一瞬検討したものの、新潟の夏は夕方でも暑い。流石にラティアの体には負担が大きいため、断念せざるを得なかったのだ。
「全く……確かに可愛らしい娘だけど、ずっと抱き締めていたら、あの娘だって迷惑でしょ?」
「ええっ? だって明後日にはお別れなんですよぉっ? 今の内に一杯抱きたいんですよぉ!」
「気味の悪いことを大声で叫ばない!」
「いだっ!」
レーゼの拳骨が、雅の頭に落ちる。
頭を押さえ、涙目ながらも、ちょっと不満そうな顔をレーゼに見せながら、凝りもせずに雅は口を開く。
「ぶぅ……ラティアちゃん、うっとりする程可愛いじゃないですかぁ。お肌はすべっすべのもっちもちだし、何か良い匂いするし……」
「こ、この……もう一発殴るわよ?」
「……すんません」
レーゼの拳に力が入り、流石の雅もこれ以上彼女を怒らせるのは本気でまずいと思ったのか、素直に謝罪。
その時だ。
僅かにだが、どこかから女性の悲鳴が聞こえてきて、二人は足を止める。
雅とレーゼは顔を見合わせ――次の瞬間には、声の聞こえてきた方向へと走り出していた。
明らかにレイパーに襲われた際に、女性が出すような悲鳴。放っておけるはずは無い。
二人が向かう先には……新潟バイパス。
六車線、立体構造型の道路で、信号が無い。一般道路だが、まるで高速道路のような感覚で走れるバイパスで、交通量も全国トップクラスだ。
雅とレーゼはそんなバイパスの側道を走りながら、悲鳴を上げた女性のことを探す。
「……ちっ! どこよ! さっきの声はどこから……?」
「っ? レーゼさん! こっち……」
雅が顔を強張らせながら、レーゼを手招きする。
新潟バイパスは、歩行者や自転車が横断するための通路として、バイパスの下に、横断BOXというトンネルがある。
雅はそのトンネルの中に、何かを見つけたようだ。
彼女の様子に嫌な予感を覚えつつ、レーゼは雅の元に駆け寄り――顔を青くした。
そこにあったのは、トンネルの壁に座らせるようにして放置された、死体の数々。
全員女性で、近くにはアーツが転がっており、明らかにレイパーと戦った痕跡がある。
「ひどい……」
顔を顰めながら、雅とレーゼは死体に近づく。
死体の状態は様々だが、共通して、何か鋭いもので引っ搔かれたような傷が付いている。
特に損傷がひどいのは顔。
全員が全員では無いが、もう原型が分からない程にグチャグチャに斬り裂かれていた。
さらに、
「ミヤビ。何か、左手の薬指だけ無い死体が多いわね……。三分の一くらいいるのかしら? よく見ると、指を失っている女性の方が、殺され方がひどいみたい。何か、恨みでもあったのかしら……?」
「殺され方がひどい……というよりは、逆かも。指を失っていない女性の方が、適当に殺されているみたいです。この人達を襲ったレイパー、もしかすると、結婚した人を中心に襲っているのかもしれません」
「どういうこと?」
「指輪が無いんです。ほら、アーツ収納用の指輪が」
一般的に、未婚の女性がアーツ収納用の指輪を嵌めるのは右手の薬指。結婚する際、相手にその指輪を、左手の薬指に嵌めなおしてもらうのだ。
優香も、指輪を嵌めているのは左薬指である。優一が優香にプロポーズし、それを快諾された際、右手の指輪を左指に付け替えてもらった。
「顔がこんなになっているから曖昧だけど……言われてみると、指の無い人達は三十歳を過ぎたくらいの人達が多いわね」
「多分、既婚者を襲っていたところに他の人が乱入して、皆殺しにしたのかもしれません」
ギリっと、奥歯を噛み締めてから雅がそう呟く。
「……とにかく、ライナさん達に連絡して、この人達を襲ったレイパーを探しましょう。どこに逃げたか分からないけど、早く見つけて倒さないと――」
「いえ、ミヤビ……それには及ばないみたいよ」
こめかみからツーッと汗を流し、レーゼが振り返り、アームバンドを緩めて袖を下ろす。
釣られて雅も後ろを見て、顔を強張らせた。
異形の姿をした、人型の化け物が、そこにいた。
レイパーだ。
しかし、二人は警戒しながらも、困惑の表情を浮かべる。
現れたレイパーの様子は、どこか変だった。
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