第17話『白翼』
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アランベルグの南に隣接する国、ナリア。
ナランタリア大陸にある国の中では最も面積の小さい国である。アランベルグの三分の一程しか無い。そんなナリアは大きく分けて『ウェストナリア』と『イーストナリア』の二つの都市がある。
ウェストナリア学院は名前の通り、ウェストナリアにあり、ナランタリア大陸最大規模の学校で、敷地面積はウェストナリアの三分の二を占める程だ。学院内は教育棟や図書館棟、学生食堂があり、まるで雅の世界でいうところの大学のようなつくりになっている。
雅がセントラベルグで見つけた論文の著者、『ミカエル・アストラム』は、レイパーについて研究をする傍ら、このウェストナリア学院で教鞭を執っている。論文で「レイパーが別世界に転移しているのではないか」と仮定を立てていたこともあり、雅はこの世界と元の世界を自由に行き来する手掛かりを求め、駄目元でミカエルを訪ねてみる事にしたのだ。
そしてセントラベルグを出発してから一日とちょっと。
「ぅーんっ、着きましたー!」
「思っていたよりも時間が掛かっちゃいましたね」
雲一つ無い青空の下、ウェストナリア学院前の馬車停にて、桃色の髪の少女、束音雅は大きく伸びをする。
白いムスカリ型のヘアピンに、こちらの世界には似合わぬ黒いブレザーとスカート。雅のいつものスタイルだ。
そんな彼女の横に、赤いワンピースを着た、紫色の銀髪の少女が立つ。フォローアイという片目が隠れる髪型の彼女はライナ・システィア。セントラベルグの図書館で偶然出合い、目的地が同じだったため、半ば強引に「一緒に行きませんか」と誘ったのだ。
つい勢いに負けてそれを了承したライナだったが、数時間も一緒にいれば雅にも慣れてきた様で、最初のおどおどした喋りも鳴りを顰め、今はリラックスした様子で雅と会話出来ていた。
ライナは肩や腰を指で揉む。ずっと座りっ放しだったので、少し凝っていたのだ。
そんなライナを見て、雅の目がキラッと光る。
「揉みましょうか?」
「えっ?」
「大丈夫、痛くしませんから! さあ、遠慮なさらずに――」
「い、いえ、大丈夫です!」
「むぅ……」
両手を胸の辺りまで上げ、わきわきとさせて少しずつ近づいて来る雅に、ライナは苦笑いで拒否すると、雅は至極残念そうな顔でその手を下ろす。
手つきも目つきもいやらしい。体を許したら最後、何をされるか分かったものでは無かった。
***
ウェストナリア学院に来たとはいえ、いきなりミカエルに会えるわけでは無い。当然ながらアポを取らなければならないが、守衛の人に話をしたところ、明日であれば都合がつくようで、会えることになった。
ライナはウェストナリア学院内の図書館で調べ物があるとのことで、雅もミカエルに会うまでの間、その手伝いをしようと考えていた……のだが。
「えっ? 駄目ですかっ?」
「はい、申し訳ありません。入館許可証を持っていない方は、通せない決まりとなっておりまして……」
図書館の入り口で、受付のお姉さんにそう告げられ、唖然とする二人。
学園の敷地内には普通に入れたため、まさか図書館に入るのに許可証が必要になるとは思っていなかったのだ。駄目と言われれば無理に押し通るわけにもいかない。
聞けば、学院の事務局棟で申請すれば許可証は貰えるのだが、出来るまでに一日の時間を要するとのことだ。
「すみませんミヤビさん。私の母校の図書館は許可証なんていらなかったので、まさか必要になるなんて……もっとよく調べておけば良かったです」
「いえ、気にしないでください! でも、これからどうしましょう?」
完全にやることが無くなってしまった二人は、図書館の外で頭を悩ませる。
そんな時だ。
「あのー、すみません」
二人に声が掛けられる。
今は授業中。校舎の外に出ている人は少ない。少し驚きながらそちらを見れば、そこには緑色のロングヘアーの少女がいた。クセっ毛なのか、前髪の一部が上に向かってハネている。顔つきが幼く、雅よりも背が低い。着ているのがダボついた白いローブのせいで、ことさら小さく感じられた。とても教師のようには見えないので、恐らくはここの学生と思われる。
「ちょっと聞きたいことがあるのですが、ここら辺に、私よりも背の低い、薄い紫色の髪の女の子を見かけませんでしたか?」
「いえ、見ていませんが……どうしたんですか?」
この人通りの少ない中、見かけた女の子の事を忘れるような雅ではない。記憶を辿っても、間違いなくいなかったと断言出来た。
「その子、授業サボってほっつき歩いているみたいで……すいません、ありがとうございました」
そう言うと、少女は別の方へと走っていく。
雅とライナは、顔を見合わせた。
どうせ暇なのだから、と二人は頷き、雅が少女の背中に向けて口を開く。
「待ってください! 良かったら、私達も一緒に探しますよ!」
そう声を掛けるのだった。
***
雅達に声を掛けてきた少女は、ノルン・アプリカッツァ。十三歳で、ウェストナリア学院四年生である。
ノルンが探しているのは、同じ学年で親友のファム・パトリオーラと言う娘だ。特徴は先程少しノルンが話していたが、薄紫色の髪の小柄な女の子である。服装はブラウンのコートに白いシャツと黒いハーフパンツとのことだ。
三人で一緒に行動しても効率が悪いため、三手に分かれてそれぞれが探している。雅が学園の東側、ライナが西側、ノルンが北側だ。
大抵は図書館の隅や校舎の屋上で寝ているとのこと。
故に雅は現在、美術学科棟というところの屋上へと向かっていた。ここは美術史や音楽史といった、芸術関係の学問を学ぶ際に使われる五階建ての校舎だ。
そういった校舎だからか、一部の壁や床には独特のアートが施されていたり、窓はステンドグラスになっていたり、天井には竜や妖精の模型が吊るされている。歩き回っているだけでも楽しい校舎だが、二階から三階に続く階段を蛍光色にしているのだけはさっぱり理解が出来ない雅。お陰で目が痛くなった。
屋上へと続く階段を登り、扉を開く雅。
思わず、おぉっ、と声が出た。
ただっ広い空間があるだけかと思いきや、庭園があった。通路を作るようにレッドロビンが植わっており、まるで迷路のようになっていた。所々にはオキザリスやキンモクセイ等の色とりどりの花が見受けられる。これも遊び心なのだろうと雅は思った。
想像以上に複雑だった迷路。攻略には十五分かかったものの、抜けた先の左側には、四人掛けのテーブルとウッドチェアが、右側には三人掛けのベンチがある。
そのベンチに、仰向けに寝転んでいる少女がいた。薄紫色の髪の娘だ。背も低く、ブラウンのコートと黒いハーフパンツを着ている。
「おや? もしかして……」
ノルンから聞いていた特長に酷似しており、雅はソーっと近づいていく。
すると、
「んぅ? 何だ客人か。今は授業中だぞ悪い子ちゃんめ」
突然むくりと起き上がり、ニヤリと笑い、そう言った。
だが雅を見ると、首を傾げた。
「……っと思ったんだけど、見かけない顔だな。ここの生徒か? 教師っぽくも無いし……何だその服?」
「ここにはちょっと用事があって来ただけで、生徒じゃないですよ」
「マジもんの客人だったか……もしかして道にでも迷った?」
「いえ、そういうわけでは……。えっと、ファム・パトリオーラちゃんですよね? 私、束音雅っていいます」
「お、おおぅ……ファムは私だけど……タバネ・ミヤビ? 本名かそれ?」
「この世界では珍しい名前ですよね。でも本名ですよ」
彼女が探していた人物であると知り、心の中でガッツポーズをとる雅。
「実は、ノルンちゃんに頼まれまして……彼女、ファムちゃんのことを探してましたよ?」
それを聞いたファムは、小さく奇声を上げて両手で顔を覆って下を向く。
「……ノルン、客人に人探しさせたのか。何て奴だ」
「いえいえ。何だか困っている様子だったので、こっちから手伝いましょうかって声を掛けたんですよ」
「ええいこのお人好しめ……いや、それよりも」
ファムは両手を合わせ、雅に向かって勢いよく頭を下げる。
「頼む、ここにいたってことは内緒にしてくれ! 授業とか退屈だから出たくないんだ!」
「ストレートなお願いですねっ?」
「いやホント頼むよ。私は勉強するよりも、こういう眺めの良いところで昼寝したり、お風呂にゆっくり浸かっている方が性に合っているんだ。いやホント頼むよマジで」
ファムがそう言って顔を向けた方に、雅もつられてそちらに顔を向ける。
歩いている時には気がつかなかったが、高い所から見ると、地面の色は学院の外に向かって黄色から赤へと美しいグラデーションになっており、散見される校舎のデザインも、高い所から見れば花のような形状に見えなくも無い。きっと、意図してこのように出来ているのだろう。
確かに綺麗な景色だと、雅も思った。
「……まぁ背徳感あって楽しいですよね。授業サボって遊ぶのって」
「おぉっ! 分かってくれるか!」
パーっと顔を明るくさせたファム。しかし、
「でも駄目です。一緒に戻りましょう」
「何でだっ?」
雅が困ったような笑顔で首を横に振ると、ファムの顔が驚愕に染まる。
「ノルンちゃんが困っていましたからねぇ」
「むー……」
ファムはそれを聞くと、目を閉じて空を仰ぐ。
しばらくそのまま動かなかったのだが、やがてはぁーっと大きく溜息を吐いた。
「まぁ、仕方ない。出てやるかー」
そう言って、気だるげな顔で立ち上がる。
「じゃ、一緒に行きましょうか。あ、でも迷路が……」
来る時あちらこちらと迷いながら進んでいたため、当然道順など覚えているわけもない。
「あー……その迷路抜けるのダルいんだよね」
ファムもそれは同じようだ。
迷路を抜けるのが面倒だからやっぱり授業に出ない、なんて言いださないかヒヤヒヤしていた雅だが、ダルいと言いつつもファムはあまり気にしていないようだ。
しかし、彼女は迷路とは反対側の柵の方に体を向ける。
何をする気だろうか、そう思っていた雅。
「偶に通るなら面白いんだけど……面倒だから、私はいつもショートカットしてる」
「ショートカット?」
「こういうこと」
そう言うと、ファムの背中に全長二メートル程の白い翼が出現する。
「翼型アーツ『シェル・リヴァーティス』。珍しいっしょ」
あんぐりと口を開ける雅にニヤリと笑いながら、自慢するような声でファムは言う。
そして雅を抱えると、そのまま空へと舞い上がるのだった。
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