第163話『報告』
魔王種レイパーとの死闘が終わってから、三日後。
八月三日金曜日、午前十時。
ここは新潟市中央区紫竹山二丁目にある、雅の家。
リビングには大きなテーブルがあり、たくさんの料理が所狭しと並んでいる。
そして、テーブルを囲むように立つ、十三人の人。
その中の一人――傷の付いたムスカリ型のヘアピンを着けた、桃色の髪の少女……束音雅が、グラスを掲げ、笑顔で口を開く。
「えー、それではっ! これよりさがみんの誕生日会を開催します! 皆様、ご唱和下さい!」
そう言われると、他の十二人――レーゼ・マーガロイス、セリスティア・ファルト、ファム・パトリオーラ、ノルン・アプリカッツァ、ミカエル・アストラム、シャロン・ガルディアル、ライナ・システィア、篠田愛理、権志愛、桔梗院希羅々、橘真衣華、そして祝われる本人である相模原優もグラスを掲げた。
「さがみん! お誕生日おめでとうございます!」
刹那、たくさんの「おめでとう」という言葉と、グラス同士の透明な衝突音が鳴り響く。
「ありがとう、みんな!」
今日は、相模原優の誕生日。
雅程多くの人に囲まれることが得意では無い優の誕生日会は、毎年雅や他の友人数名とワイワイ楽しむのが常だ。十二人も誕生会に参加しているなんて、初めての経験である。
世界が融合してから何やかんやあり、一気に知り合いが増えた優。共に死線を潜り抜けた仲間達なので、折角だからと誕生日会に招いたのだ。
最も、実は他の目的もあるのだが。
パーティが始まってから、一時間後。
室内に、二つの立体映像が出現する。
優香、優一の二人だ。
ULフォンによる通話機能の一つで、床の下にある投影装置で、この場所に優香と優一を映しだしていた。
「やあ皆。楽しんでいる最中、すまないね」
「優のために集まってくれたみたいで……ありがとう」
「いえいえ。お礼を言うのはこっちですよ。本当ならこっちから警察に伺うべきなんですけど、我が侭を聞いてもらっちゃって、本当にありがとうございます」
雅がそれまで持っていたグラスをテーブルに置き、ペコリとお辞儀する。
優香と優一は、パーティに参加しに来たわけでは無い。娘の誕生日のお祝いは、夜にちゃんとする予定だ。
二人がやって来たのは――
「堅苦しい話なんてさっさと終わらせてしまおう。優香、頼む」
先日魔王種レイパーが行った、全世界同時多発レイパー召喚事件の事後報告をするためだった。
「いくつかあるから、順番に話をしていくわ。まずは一つ目。あの魔王みたいなレイパーの件よ」
優香が告げたのは、オートザギアで魔王種レイパーが倒されたことについてだ。
雅達は、実は具体的なことは何も知らない。知っているのは『魔王種レイパーが倒された』という結果だけだった。
ただの子供に倒された、という話を聞いた雅達は、少し複雑な顔になる。
魔王種レイパーが倒されたというのは勿論喜ばしい話だが、本音を言えば自分達できっちり倒したかったという気持ちは多少なりともあったのだ。
「……それで、その子供達は? レイパーの爆発、凄いから、巻き込まれてなければいいんですけど……」
「爆発寸前で現地のバスターが守ったから、大きな怪我は無いそうよ。後日、彼女達には表彰状が授与されるみたい」
「えー? あいつを追い詰めたの、私達じゃん?」
「ちょっとファムちゃんっ?」
「ああ、ごめんごめん。冗談冗談」
不満そうな声を上げたファム。慌てた声を上げたミカエルに冗談だと言いつつも、実は完全に冗談というわけでは無かったりするのだが、それは内緒だ。
ただ、付き合いの長いノルンはそれに何となく気が付いたのだが、それでも尚、ファムの消化不良な気持ちが分からないわけでは無く、ノーコメントを貫くことにした。
すると、
「……そうよね。そこは私達も引っかかっていたところ」
「あぁ。本来なら、君達も表彰されるべきだと私も思う」
「あ、いや。本当に冗談で……なんか、ごめんなさい……」
バツの悪そうな顔になった優香と優一に、ファムが自分の発言を激しく後悔した。そんな顔をさせるつもりでは無かったのだ。
「……あノ、ところデ、他の報告がまだあるのでハ?」
「……そうね。まだいっぱい話があるの。えっと、次は……あぁそうだわ、優と雅ちゃんが見つけた、レイパーの胎児についてよ」
気を取り直し、話題は次に移る。
以前『StylishArts』で出現した、黒い光球。それが塔の中にあったのだ。レイパーの胎児、というのは、その黒い光球の中にいた存在である。
「二人が見せてくれた写真を元に、ミカエルさんとも話をしたの。これが久世の言っていた『原初の力』なのかは不明ね」
「あ、それは私も気になってた。『原初』っていう割に、胎児だったし……」
優が、塔で見たおぞましい存在を思い出して、難しい顔をする。久世の言葉と、見た『それ』に大きな乖離があり、分かりやすく言えばイメージと違ったのだ。
「ただ一つ言えるのは――魔王のようなレイパーが集めたエネルギーの殆どは、あの胎児に使われていた可能性が極めて高い、ということよ」
「えっ? どういうこと?」
優が首を傾げると、優香は説明を続ける。
「ほら、世界が融合してから、天空島が世界のあちこちを回って、エネルギーになりそうなものを集めたり、パワースポットに行っていたりしていたでしょう? それで、塔に変形した天空島の瓦礫を海から引き上げて調べてみたの。勿論全部じゃないけどね。でも、どう計算しても、レイパーが集めていたエネルギーの総量と合わないのよ。明らかに少な過ぎる」
優香曰く、恐らくではあるが、魔王種レイパーがエネルギーを集めはじめてから二日目あたりで、天空島が塔に変形するためのエネルギーは溜まっていたはずだとのこと。
その後、十日間で集めたエネルギーがどこに使われていたのか。レイパーを召喚するための魔法陣は、魔王種レイパーが元から持っている能力によって発生したものだ。魔神種レイパーへの変身能力も、今までの魔王種レイパーの様子から察するに元から備わっていたものだろう。
他にも色々予想はしたが、結論として、残りのエネルギーはレイパーの胎児に使われたのだと優香達は推測していた。
「胎児の状態を見るに、しばらくは人を襲うようなことは無いはずだけど……いつ、何が起こるか分からないから、油断は出来ないわ」
「でも、何でその『胎児』が、鏡の中にいたんだ?」
「あの鏡、アーツらしいんですよ。攻撃性能は無いらしいんですが……。もしかすると、胎児を封印していたんですかね?」
セリスティアの疑問に、愛理も頭に『?』を浮かべつつもそう答える。
以前、雅達が異世界や弥彦山から持ちかえった鏡を科捜研と『StylishArts』――最も、担当したのは久世だったのだが――で調べて貰った時、鏡に、アーツに使われている『コア』があることが分かった。
アーツはレイパーへの対抗手段であることを踏まえれば、愛理がそう推理したのも納得だ。
「鏡は久世が完全に壊してしまったから、今となっては真相は闇の中ね……。鏡から出たという、もう一つの『白い光球』の行方も謎のままだし……」
かつて『StylishArts』で久世が鏡の中に眠っていた光球を解放したのだが、黒い光球と白い光球の二つがあった。優香が言ったのは、そのことだ。
「もう既に、あちこちで色々な憶測が飛び交っている。根拠の無い話で不安を煽る者も多い。頭の痛いことだ……」
溜息を吐いて、頭をガリガリと掻く優一。
塔から逃げ出したレイパーの胎児の姿は、もう一般の人にも知れ渡ってしまっていた。
新手のレイパーだと言う声が殆どを占める一方、中には『宇宙人だ』と言う人もいれば、『ただのフェイク映像』と笑う人もいる。まぁこれはまだ良い方で、ひどいと『明日世界が終わる』という、馬鹿げた話すら聞こえてくる始末。
復興活動でてんやわんやにも関わらず、根も葉もない話が混乱を生み出しており、不安の声があちこちから上がっていた。困ったことである。
「まぁ、それは置いておこう。それより、私から最後の報告だ。これは、オフレコで頼みたい」
優一はそう前置きをすると、続ける。
「来週からなんだが、日本警察とアランベルグのバスター機関が、正式に協力関係を結ぶ事になったんだ」
「ええっ?」
驚きの声を上げた雅が、慌ててレーゼやライナを見て――二人の顔から、彼女達はもう知っていたことを悟る。
「日本とアランベルグだけでは無いぞ。優達がこの間訪れたオートザギア。あそこのバスター機関とイギリス警察も、今回の一件の後始末が終わったら協力関係を結ぶそうだ。他国でも、似たような話がある」
魔王種レイパーが行った、全世界へ同時に行われた総攻撃。
それにより、独立していた警察機関とバスター機関が、いよいよ本格的に協力しなければならないと決断したのだ。
今は各国がそれぞれ単独で話を進めているが、いずれは全世界の警察機関とバスター機関が一つに纏まり、巨大な組織になる予定である。
「少し話が逸れたが……日本警察とアランベルグのバスター機関が協力するにあたり、レーゼさんが随分尽力してくれたんだ」
「あぁ、ユウイチさん。そこからは私が。――実は、皆に折り入ってお願いがあるの」
優一の話を引き継いだレーゼが、いつになく真剣な顔になる。
「これからの私の仕事は二つ。一つ目は、クゼの捜索と身柄の確保」
「そういえば、レイパーのゴタゴタでうやむやになっていたな……」
「ええ。レーゼちゃん達が見つけたフロッピーディスク……あの解析、まだ途中なの。ごめんなさい」
優香の言っているのは、一週間程前に、レーゼ達が三条市下田地区の里山にあるログハウスを調べた際に見つけたものの件だ。
科捜研にある設備ではフロッピーディスクの中身を確認することが出来ず、またそもそも壊れてしまっているため修理が必要だったりと、まだまだ解析には時間が掛る見込みだ。
久世は勿論のこと、あの時少し戦った、のっぺらぼうのような人工レイパーもまだ見つかっておらず、こちらも放っておくわけにはいかない。
「そしてもう一つは、逃げたレイパーの胎児の討伐よ。その二つの仕事なんだけど……私一人の力じゃどうにもならなくて……だから」
そこまで言うと、レーゼは全員に向かって、深く頭を下げる。
「私個人としても、バスターとしても、お願い。これから、正式に……私に力を貸して」
彼女の言葉に、雅達は大いに驚くのだった。
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