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季節イベント『仏壇』

 これは、レーゼが雅の家に居候し始めて、少し経った頃。


 六月二十八日、午前六時五分。


 朝の鍛錬兼、ここら辺の地理を把握するため、ランニングに出ようとしていたレーゼだが、ふと、階段を降りたところで足を止める。


 視線の先には、誰も使っていない個室。


 束音家で使っている部屋は、リビングやキッチンといった家族共用の場を除けば、雅の自室くらいしか無い。雅が是非一緒の部屋で寝泊りして欲しいと押してくるので、レーゼも彼女の部屋を使っていた。おまけに一時期優が泊まっていた時も、雅の部屋を三人で使っていたから、実は他の部屋の中を、まだレーゼは見たことが無い。


 だからだろうか。レーゼはこの日、ふと、他の部屋がどんな感じなのか、無償に気になった。


 しかし、だ。ここは自分の家では無い。家主の許可無く勝手にあちこち出入りすれば、雅だっていい気分はしないだろう。逆の立場なら、レーゼは間違いなく嫌な気持ちになる。


 だが、雅は未だ夢の中。まさか自分の興味本位の為に雅を起こすのも忍びなく、かと言って一度湧き上がった好奇心は抑えられない。


 少し悩んだ末に、レーゼは『入らない。ちょっと覗くだけだから』と自分に言い訳をして、ソーッとドアノブに手を伸ばす。




「あれ? レーゼさん、どうしたんですか?」




 突如背後から聞こえてきた声に、思わず跳び上がったレーゼ。


 振り向けば、階段の上から雅がこっちを見ていた。実は雅も、レーゼと一緒にランニングをするつもりだったのだ。最も、起きられるか自信が無かったため、レーゼにはそのことを伝えていなかったのだが。


「ご、ごめんなさいっ! つい出来心でっ!」

「あー……他の部屋が気になっちゃった感じですか? そう言えば、紹介していませんでしたね。そこ、おばあちゃんの部屋です」


 雅は微笑みながら階段を降りると、レーゼに代わって戸を開けた。


「……私が聞くのも難だけど、いいの?」

「え? 全然良いですよ?」

「……そうよね。ミヤビは、そういう人だったわ。……ごめんなさい。でも、ありがとう」


 そう言って、レーゼは雅に続いて恐る恐る、雅の祖母の部屋へと足を踏み入れる。


 古びたイ草の香りと共にレーゼの目に映ってきたのは、洋室がメインの束音家では珍しい和室。


 ちゃぶ台や箪笥等が部屋の隅にひっそりと置かれ、何となくだが物寂しさを覚えるレーゼ。


 部屋の奥には仏壇。


 レーゼは仏壇なんて初めて見たが、そこに置かれた三枚の写真、そして寂しげに見つめる雅の顔を見て、それの意味を悟る。


「……ミヤビの両親と、おばあさん?」

「ええ」


 母、束音(せん)


 父、束音(いさぎ)


 そして祖母、束音(うらら)


 仏壇の写真に映っているのは、この三人だ。


 桃髪の雅とは違い、全員が黒髪だが、目元や鼻筋等は、よく見れば雅によく似ている。


「……両親のことは、実はあまり覚えていないんです。五歳の頃、死んじゃったから。レイパーとか関係なくて、事故だったみたいなんですけど。それからはずっと、おばあちゃんと一緒に、この家で生活していました」


 初めて聞く、雅の家族の話。


 異世界では一ヶ月近く雅と一緒に生活していたのに……と思われるかもしれないが、レーゼも両親を亡くしており、あまり家族の話はしなかったのだ。


 最も、レーゼは薄々勘付いてはいたのだが。


「そのおばあちゃんも二年くらい前に病気で……親戚もレイパーに殺されたりだとか、色々あって、私、天蓋孤独なんですよね。だからってわけじゃ無いんですけど、何となくそれを思い出しちゃうからなのかな? 特に理由が無ければ、あんまりこの部屋に入らないんです。……本当は、毎日お線香とか上げないといけないんですけど……」


 入りたいけど、入れない。


 実は偶に入る時も、優が一緒の時が殆どだったりする。


 折角入れたのだからと、雅はたどたどしい手付きで線香を上げ、お参りをし、その後ろでレーゼが、雅の真似をして手を合わせた。


「……レーゼさん。しばらくの間だけでいいんですけど……毎朝、こうしてお線香上げたいんです。いいですか?」

「……ええ。勿論。……ねぇ、一個聞きたいんだけど……ミヤビのおばあさんって、どんな人だったの?」

「うーん……よく笑う人でした。後、賑やかなのが好きで……なんだろう? 意外と言葉にするの、難しいですねぇ……」


 顎に手をやり、唸る雅。


 だが、ふと思い出したことが一つ。


「そうだ……。あんまり怒ったりしない人なんですけど、私が女の子の体にベタベタ触った時だけは、がっつり叱られた記憶が……。あー……あんまり思い出したくない思い出が蘇ってきた……」

「……その割には、セクハラ癖が治っていないように思えるんだけど?」

「いや、だった抱きつくと幸せな気持ちになるんですもん! ――ご、ごめんなさい!」


 断言した直後、突如体をビクッとさせて謝る雅に、レーゼはきょとんとする。


 雅は慌てて辺りをキョロキョロし、頭に『?』マークを浮かべたものの、すぐにコホンと咳払いをした。


「す、すみません。何か誰かに怒られたような気がして……。き、気のせいですよね? あっはっは」

「天国のおばあさんに、叱られたんじゃないの? ふふっ……」

「ちょ……いや、言われてみれば、おばあちゃんの声に似ていた気が……。いやいや、そんな怖いこと言わないで下さいよぉ」


 情け無い言葉を発する雅と共に、レーゼは部屋を後にする。


 だが、雅は戸を閉める直前、もう一度仏壇を見つめ――右手の薬指に嵌った指輪を撫でる。


 この指輪の中にあるアーツ……百花繚乱は、雅の中学校入学祝いに、祖母が買ってくれたもの。


「……ミヤビ?」

「……いえ、何となく感傷的な気持ちになっちゃっただけです。さて、ランニング、行きましょう!」


 そう言って、雅は今度こそ、戸を閉めるのだった。

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