第2章閑話
セリスティアと別れてから、三日が経った。
ここはセントラベルグ図書館。セントラベルグの中心街にある施設だ。
ここにはレイパーについて書かれた本が数多く寄贈されており、もしかするとここなら元の世界とこちらの世界を行き来するための手掛かりが見つかるかもしれないと思い、雅はほぼ毎日ここに入り浸っている。
今日も開館してからずっと本を読み漁っており、時刻はもうすぐ昼の十二時だ。四人掛けのテーブルを雅は一人。彼女の両端には、読んだ本とこれから読む予定の本の二種類の山が出来ている。館内の人達の注目を集めているが、雅本人は気にならない程に集中していた。
しかし、未だ有力な情報は掴めていなかった。これから旅をしようにも、こうも手掛かりが無いと次の目的地が決まらない。雅は正直、困り果てていた。
雅は今読んでいた本を閉じ、山の一番上に置くと、次の本に手を伸ばす。
そんな時だ。
「あの……ここ、いいですか?」
「え? ええ! いいですよ」
突然声を掛けられ驚き、顔を上げる雅。そこにいたのは、雅と同じ位の年の銀髪の女性だ。
綺麗な紫色の瞳だが、片目が髪で隠れている。フォローアイという髪型だ。セミロングの後ろ髪が外側に少し跳ねている。大人しそうな顔だが服装は赤いワンピースと割と派手だ。
手には辞書のように分厚い本が握られている。
女性は雅と対角にある椅子を指差して座っても良いか聞いたのだが、雅は笑顔で自分の隣の椅子を引く。その行動に、女性は頭に『?』を浮かべた。
「あの、えっと……ここ――」
「ささっ、どうぞどうぞこちらへどうぞ」
何かを言いかけた女性だが、雅の圧しに負け、緊張した面持ちで勧められた椅子へと座る。
何故自分をわざわざ隣に座らせるのだろうかと不審に思う女性だが、雅はその後は彼女に何をするわけでもなく、本を取って読みはじめる。
しかし女性は持ってきた本を開こうとしたところで、隣の雅の、本のページを捲る速度が異常に早いことに気がついた。およそ一秒に一ページのペースだ。
雅は手に取った本のページを最後まで捲ると、山に戻し、また新たな本に手を伸ばす。そして同じ速度でページを捲っていく。とても本を読んでいるようには見えない。
別に無視しても良いのだが、雅の行動が気になってしまい、何となくその様子をジーっと見つめてしまう。
「……? ああ! 私、速読が出来るんですよ」
そんな女性の視線に気がついた雅が、そう答えた。
「友達にこういうのが得意な子がいて。まぁ私の速読技術なんてまだまだなんですけどね。これを教えてくれた友達は、もっと早いペースで読めるんですよ。こんな風に」
雅はそう言うと、適当な本を取ると、今までの三倍程のスピードでページを捲っていく。
女性はそれを、ポカンと口を開けて眺めていた。
雅はクスクスと笑うと、取った本を閉じる。
「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私は雅。束音雅って言います」
「タ、ダバネミヤビ?」
「ええ。聞いた事無い名前だってよく言われるんですけど、ちょっと訳ありでして……。それより、あなたのお名前は何ていうんですか?」
「あ、ごめんなさい。私はライナ・システィアっていいます」
「素敵な名前ですね。よろしくです、ライナさん」
そう言って握手を求める雅。ライナはその手を取るが、「はぁ」と曖昧な返事しか出来ない。
その後は特に会話も無く、雅は山積みの本を消化していき、ライナは自分の持ってきた本を読む。
読み終わった本を戻し、新しい本を持ってくることを繰り返していく事三十分後。
雅のページを捲る手が止まる。そして今開いているページを食い入るように見つめていた。
彼女が見ていたのは、ウェストナリア学院という学校の卒業生が書いた論文が掲載された雑誌だ。
その中の論文の一つの内容が、レイパーには突然姿を消すものもおり、そのメカニズムについて調査したものだったのだ。仮設として「別世界に転移している可能性」を挙げており、その論文の結論としては「詳しいことはまだ調査が必要」というものではあったが、それでもここ数日で見つけた、一番有力な情報であった。
その論文の著者は『ミカエル・アストラム』。
しかし書かれたのは五年前。この論文は卒業論文であるため、今このミカエルという人はもういない――と思っていたのだが。
駄目元で調べてみたら、今もミカエルはウェストナリア学院にいることが分かった。学院を卒業後はそのまま教員になったとのことである。
ウェストナリアがあるのは、アランベルグの南にある国『ナリア』。雅の次の目的地が決まった瞬間だった。
ようやく手掛かりが見つかったと安堵した瞬間、雅のお腹の虫が鳴く。
するとそれに連動するように、隣に座っていたライナのお腹も空腹を訴える。
何となく気まずくなり、ライナは顔を赤くして本に視線を集中させていたのだが、雅はコホンと咳払いをすると、
「ライナさん。お腹空きませんか? 私もうペコペコなんですよ。あー、疲れたー」
何て事を言いだして、ライナはキョトンとする。
「この近くに凄くおいしいパスタを出してくれる喫茶店があるんです。一緒に行きませんか?」
「え? あ、はい」
今日初めて会った人にまさか食事に誘われるとは思わなかったライナ。思わず肯定してしまったのが最後。
実に手際よく本を片付けた後、雅はライナの腰に手を回し、二人一緒にそのまま喫茶店へと向かっていった。
***
そして件の喫茶店にて。若干騒がしい店内で、二人は隅のテーブルに向かい合って座っていた。
「別の世界から来た……ですか?」
あれよあれよと流されるままランチタイムに突入させられたライナは、雅が実は別の世界の人間だという話を聞かされていた。
尚、二人が頼んだのはベルグラムのパスタ。ベルグラムとは小さい貝のことで、アサリに近い味と食感がする。この店で出されるベルグラムのパスタというのは、このベルグラムとベルギッシュの切り身やベルガリアンハーブを具材としたパスタであり、セントラベルグでも人気があるのだ。
「そうなんですよー。何かいきなりこっちに転移させられて……困っちゃいますよねー」
「は、はぁ」
そんなことを言われても反応に困るライナ。雅は軽い調子で言うものの、どう返せばいいのか分からない。そもそも突拍子も無い話過ぎて今一ライナは信じきれていなかった。
「まぁそれで私、元の世界とこっちを行き来する方法を探していて、さっき手掛かりがようやく見つかったんです。これからウェストナリアに向かおうと思っているんですよ。だからこれが、セントラベルグで食べる最後の食事なんですよね。でも一人で食事って寂しいじゃないですか。それでちょっと強引かなーって思ったんですけど、折角なのでライナさんを誘ってみようかなって」
「は、はぁ」
「私、普段は図書館で情報収集したり、旅の路銀を稼ぐためにバスター署から依頼を貰ってこなしたりしてるんですけど、ライナさんは普段は何をされているんですか?」
「わ、私ですか……? えっと、私は……」
「?」
「私、考古学者なんです。まだ見習いなんですけど……」
「えっ? 学者さんなんですかっ? 私と同じ位の年なのに凄いなぁ……。あ、そっか。それで図書館で歴史の本を読まれていたんですね」
雅はライナと会った時の事を思いだしてそう言った。あの時彼女が持っていた、辞書程の厚さの本のタイトルを覚えていたのだ。
「ま、まだ見習いなので、正式な学者というわけじゃっ。セントラベルグには、ちょっと調べ物があって滞在しているんですっ。それで、実は私もウェストナリアに行くつもりでっ。出発は明日なんですけどっ……」
たじろぎながらも、ライナは早口でそう捲し立てる。
他者とのコミュニケーションは不得手なようだが、目を白黒させながらも一生懸命に話す彼女に、雅はとてもキュンとしていた。
だからだろう。
「え、そうなんですか? じゃあ、もし良かったら一緒に行きません?」
「えっ? でもこれから向かうおつもりだったんじゃ?」
「そうしようと思ってたんですけど、別にどうしても今日行かないといけないわけではありませんし。それよりライナさんが一緒の方が私も心強いですから」
そう提案するのだった。
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あとお知らせです。
この話で第2章は完全に終了です。
第3章ですが、第2章の時と同様に、全部書き終えてから連続投稿をしようと思っています。
開始は5月下旬。6月になる前には投稿できると思います。
それまでしばしお待ち頂きたく存じます。




