第157話『虚隙』
「皆! 私の近くに!」
三体に増えた魔王種レイパーが別々の方向から襲い掛かってくる中、ミカエルが杖型アーツ『限界無き夢』を掲げながら叫ぶ。
瞬間、四人を包むように発生する、炎のドーム。ミカエルの防御魔法だ。
しかし――
「くぅっ!」
ミカエルが顔を顰めると同時に、轟音と共にドームがあっさり壊れてしまう。
魔王種レイパーが三方向から同時に衝撃波を放ち、それに耐えられなかったのだ。
「アストラム、援護を頼む! タチバナ! キキョウイン! 儂らで一体ずつ何とかするぞ!」
人間態のまま翼や尻尾を生やし、両腕を竜化させているシャロンは三人に素早く指示を飛ばすと、本体の魔王種レイパーへと果敢に突っ込んでいく。
「む、無理無理無理無理! 一人でなんて無理だってぇ!」
「真衣華! 泣き言を言っている暇はありませんわよ!」
そう言いつつ、レイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』を構え、分身の魔王種レイパーへと立ち向かっていく希羅々。
しかし、希羅々もシャロンも顔が険しい。二人も無茶なことは分かっているのだ。
それでも戦わねば殺されるのは目に見えている。圧倒的に不利だと分かっていても、抵抗しない訳にはいかなかった。
そしてそれは、真衣華だって理解しているのだ。
「あぁ! もう!」
やぶれかぶれと言わんばかりに二挺の斧型アーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』を構え、もう一体の分身レイパーへと攻撃を仕掛けにいく。
ミカエルを中心に、等間隔の場所でそれぞれ戦う三人。
つー……っと、ミカエルの頬を汗が伝う。
三人を同時にサポートすることは流石のミカエルにも難しい。
だが全員が劣勢で、助けが必要な状況だ。
頭の中で、素早く戦況を計算し――ミカエルの目が、まずは希羅々に向く。
希羅々は分身の魔王種レイパーの乱打を辛うじて回避しながら、僅かな隙を見て突きを繰り出すも、分身レイパーはそれを悠々と躱していた。
そして今、反撃を躱され、隙を見せた希羅々の頭部へと、分身レイパーが蹴りを繰り出そうとしていたところだった。
素早くミカエルが杖を向け放つは、炎で出来た巨大な針。
炎の力を一点に集中させ、威力を高めたこの魔法が、分身レイパーの体へと飛んでいく。
分身レイパーはすぐにミカエルの攻撃に気が付き、体を捻って軽々その魔法を回避したものの、それにより蹴りの軌道がずれ、希羅々の頭上を通過する。
頭を砕かれることが回避された希羅々が再び分身レイパーに攻撃するところを尻目に、ミカエルは視線を今度は真衣華の方へと向けた。
真衣華と戦う分身レイパーはもう一体の方とは打って変わって、真衣華の攻撃を全て体で受けては笑い声を上げている。まるで「お前の攻撃なんて効かないぞ」と言わんばかりだ。
真衣華はスキル『腕力強化』を使い、激しい攻撃を何発も繰り出しているが、この調子ではあっという間に彼女の体力が尽きるだろう。
そして、その予想が正しいことを裏付けるように、一瞬真衣華の体がふらついた。
その一瞬の隙に、分身レイパーの右手の平が真衣華へと向けられる。このまま衝撃波で木っ端微塵にするつもりだろう。
だがそうはさせまいとミカエルが火球を放てば、分身レイパーの手が火球へと動き、衝撃波でそちらの攻撃を相殺させた。
衝撃波の余波がミカエルに襲いかかるものの、彼女の狙いは真衣華を守ること。
目論見どおり、分身レイパーが火球に対処している間に、真衣華は体勢を立て直していた。
ミカエルの目は、今度はシャロンへと向けられる。
シャロンは本体の魔王種レイパーと戦っているが、レイパーの乱打を腕や尻尾、羽で受け止めるのが精一杯といった様子であり、完全に防戦一方の状態だ。
竜の強靭な鱗が無ければ、あっという間に殺されているだろう。
彼女をサポートするため、ミカエルは魔王種レイパーに火球を放つが、レイパーは素早い動きでそれを躱し、何事も無かったかのようにシャロンを攻め立てていく。
ならば――と、ミカエルは杖を掲げ、魔力を集中させ、口を開く。
「皆! こっちに!」
ミカエルが何をしようとしているのか分からない三人だが、その言葉が聞こえるや否や、半ば反射的にミカエルの方へとバックステップするように近づいた。
刹那、天井から無数の火球がレイパー達に降り注ぐ。
本体の魔王種レイパーと分身の一体には命中。
もう一体――希羅々と戦っていた分身レイパーだ――は流星群のように襲いかかる火球の間を縫うように回避し、ミカエル達の方へと飛び掛った。
だが、その行動は読んでいた四人。
落ちてきた火球の一つが夥しい量の煙を放ち、ミカエル達の姿を覆い隠す。
そんな状態でも襲いかかってきた分身レイパーの両側から、希羅々の突きと真衣華の斬撃が同時に迫った。
両腕で二人の同時攻撃を受け止めた分身レイパーだが、その腹部に、完全に竜の姿へと変身したシャロンの、巨大な尻尾の一撃が叩きつけられる。
渾身の力で放たれたテールスマッシュだ。分身レイパーの体が空中へと大きく吹っ飛ばされ、そのまま爆発四散する。
まずは一体、撃破!
そう思った四人だが、そこに僅かな油断が生じる。
大量の煙が覆い隠したのは、ミカエル達の姿だけでは無い。
もう一体の分身レイパーと、本体の魔王種レイパーの姿も隠していた。
二体のレイパーが、四人の両側から挟み撃ちするように迫ってきていたのだ。
先程ミカエルの放った火球が直撃した二体だが、全くの無傷。
奴らの狙いは、分身の一体をわざと倒させ、隙が出来た四人を纏めて始末すること。
ここまでの戦闘の流れを読みきっていたのは、レイパーの方だった。
左右から同時に向けられる手の平に、四人の体が硬直する。
と、その時。
本体の魔王種レイパーだけが、何かに気がついたように眼をピクリと動かし、突然跳躍する。
その瞬間、分身レイパーの背中に白い矢型のエネルギー弾が直撃。
さらに間髪入れずに、白く輝く刀剣が、僅かに怯んだ分身レイパーの体を真っ二つにし、爆発四散させた。
四人と、着地した魔王種レイパーの目が攻撃の飛んできた方に向けられ……ミカエル達の顔が明るくなり、魔王種レイパーは不敵な笑みを浮かべる。
「ンッナメノモ。コネヨゲニレノダ……ラヤトザカ!」
そこにいたのは――八人の少女。
先頭に立つ桃色の髪の少女が、魔王種レイパーに鋭い視線を向けたまま、口を開く。
「皆さん……遅くなりました」
雅達だった。
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