第151話『炎魔』
「皆っ!」
「ファムっ?」
突然ドローンが襲撃を受けた後。
血相を変えたファムが、ドローンの扉を抉じ開けやって来た。背中には白い翼……彼女のアーツ『シェル・リヴァーティス』がはためいている。
彼女もレーゼ達の乗るドローンが攻撃されたところを見て、慌てて助けに来たのだ。
後ろからは、シャロンがドローンを飛び出したのも見えた。彼女も異変に気が付いたのだろう。
「あれっ? ミヤビとユウはっ?」
「分からん! 魔法陣が現れて、そしたら二人が消えたんだ!」
「何だってっ?」
と、ファムが叫んだその瞬間。
「っ?」
今度はレーゼと愛理の足元に、紫色の魔法陣が出現する。
「まずい! さっき出た魔法陣か……!」
「二人とも掴まって!」
助け出そうと、ファムが二人の手をとったものの、時既に遅し。
あっという間に、三人の姿が消えて無くなった。
***
そして――
「おわっ?」
「きゃっ?」
「うぐっ?」
気が付けば、見知らぬ場所に落ちた三人。
固い地面に強く打ちつけ、痛みを訴える体を無理矢理起こしながら、三人は辺りを見回す。
「ここはどこだ? 洞窟のようだが……」
「もしかして、塔の中じゃない?」
黒岩に囲まれた、薄暗い場所。空気が冷えており、夏のはずなのにうっすら寒い。
壁には、等間隔で小さな穴が開いており、奥には白い光がある。どうやらこれが灯りのようだ。
「くっ……早くミヤビとユウを探さないとだっていうのに……!」
悔しそうに顔を歪め、レーゼが壁に拳を叩きつける。
乾いた音が、やけに大きく響いた。
「……取り敢えず、奥に進んでみない? もしかしたら、出口があるかも」
「分かった」
ファムの提案に頷きながら、愛理の右手に嵌った指輪が光る。
出現したのはメカメカしい見た目の刀。愛理の持つ刀型アーツ『朧月下』だ。
その横で、レーゼが無言でアームバンドを緩めて袖を伸ばし、腰の剣を抜く。
空色の西洋剣……『希望に描く虹』である。
いつどこから敵に襲われるか分からないため、周囲を警戒しつつ、慎重に奥へと進む三人。
そして、数分後。
一方通行で迷うことは無かったが、あるところから徐々に道幅が広くなってきて、さらに進むと大きな広間のようなところに着いた。
さらに奥には、また通路がある。
「どうやら、ただの大部屋のようだな。だが、何をする場所なんだ?」
「……多分だけど」
レーゼの眼光が鋭くなり、奥の通路の方を指差す。
そこで、愛理とファムも気が付く。
何やら重々しい足音が聞こえてくることに。
「ここは、戦う場所なんじゃないかしら?」
レーゼがそう呟いた刹那、急に洞窟内の温度が上がる。
「……この熱、まさか!」
何かに気が付いたのか、ファムが顔を強張らせた。
剣と刀を上段に構え、戦闘体勢をとるレーゼと愛理。
敵の姿が見えた瞬間、斬りかかろうという体勢だ。
だが――
「っ!」
奥の通路から姿を表したのは、炎。
慌ててその場を離れる三人。
標的を外した炎は岩の壁に当たり、ジュゥ……という音と共に壁を溶かす。
咽そうになる臭いに顔を顰めた三人の前に、先程の炎を放った敵が、ようやく現れた。
全身が炎に覆われた、全長三メートル以上もある大男。背中からは、まるで悪魔の羽のようなものが生えていた。
出てきたのは、『ミドル級火男種レイパー』だ。
こいつは――
「オートザギアの時の……!」
ファムの脳裏に、先日の戦いが呼び起こされる。ハプトギア大森林で苦しめられたレイパーと、今再び遭遇したのだ。
そして、その時の話はレーゼも愛理も聞いていたため、目を見開く。
「なるほど、アストラムさん達が逃がしたと言っていた奴か!」
「気をつけて! 近づくと焼かれる!」
「はぁっ? ……ちぃ! 面倒な奴ね!」
レーゼも愛理も近接武器。近づかなければダメージを与えられない。
そこにファムからそんな情報を知らされ、レーゼは思わず悪態を吐いてしまった。
一つ幸いなのは、以前自在に振り回していた鞭は、今は所持していないことか。
カリッサの手によって破壊されたそれは、まだ修理していないのだろう。
どう攻めるか考えあぐねていると、レーゼに向かってレイパーが勢いよく接近し、拳を振り回してきた。
動きはやや大振りだが、動きが素早い。
それでもレーゼは敵の攻撃の合間を縫って、乱打を次々に躱していく。
普段ならこのタイミングで敵に接近し、手痛い一撃をお見舞いするのだが、それが出来ないのは先のファムの一言が原因だ。
しかし、攻撃を避け続けるのにも限界がある。
「ぐっ!」
ついに拳がレーゼに直撃し、彼女を岩壁まで大きく吹っ飛ばす。
「レーゼっ?」
「だ、大丈夫よ……! でも……」
壁に背中を強く打ちつけ、地面に落ちたレーゼはヨロヨロと立ち上がった。
スキル『衣服強化』により、服の強度を上げていたお陰でまだ戦える。
しかし、レーゼは手の甲に視線を落とす。
そこは攻撃を受けたところでは無かったが、少し火傷していたのだ。
「確かに、奴にはあまり近づかない方が良さそうね……!」
剣を構え、敵を睨むレーゼだが、レイパーの視線は彼女から愛理へと向かっている。
レイパーが愛理へと手の平を向けると、そこから炎を放った。
最初の火炎放射と、同じ一撃だ。
愛理は横っ飛びでそれを躱し、眉を寄せる。
「まずいな……。早く決着を付けなければ、やられる……!」
どこに出口があるのかも分からぬ洞窟内で、何度も火炎放射を放たれれば、次第にここの酸素も薄くなっていく。
モタモタしていては、炎に焼かれて死ぬのが先か、酸欠で死ぬのが先かといったところだろう。
かと言って、迂闊に近づくことも出来ない。
どうすれば……と考えていると、レイパーは壁際に近づき、拳を力一杯に叩きつけた。
「っ! 皆避けて!」
途端、天井の一部が壊れ、瓦礫が三人に降り注ぐ。
レーゼと愛理はアーツで頭を守りながら走り回り、ファムは縦横無尽に飛び回って岩雪崩を避けていく。
「このぉ!」
避けながらもファムは、レイパーに向かって十枚の羽根を飛ばす。
全て敵の体に直撃したものの、やはり効いた様子は無い。
レイパーはニヤリと笑うと、全身の炎を右手に集束させ、思いっきり後ろへと引く。
「や、ヤバいよ! 強烈なのが来る!」
ファムが警告を飛ばすが、少し遅かった。
レイパーは狙っていたのだ。岩雪崩を避ける三人が、一ヶ所に集まる瞬間を。
岩の回避に意識を向けていたレーゼと愛理は、偶然にもファムの近くまで来ていたのだ。
そして放たれる、極大の火球。
直径五メートル以上もあるその一撃は、今から回避しようとしても到底間に合うはずも無い。
青褪めるファム。
その時だ。ふと、自分の足に着いたアンクレットの存在を思い出す。
咄嗟にファムが二人を背中に庇い、翼を広げ、意識を集中させて右手を前に突き出すのと、火球が直撃するのは同時。
爆炎が巻き起こり、煙が洞窟を埋め尽くす。
今の一撃を当てたレイパーは、低い笑い声を上げた。
が、すぐに笑みが消える。
煙の中に立つ、一人の少女の姿を確認したからだ。
「はぁ……はぁ……!」
息を荒げながらも立っていたのは、ファム・パトリオーラ。
彼女の体は、薄らと白い光に包まれていた。
今朝貰った新たなアーツ『命の護り手』を使ったのだ。
後ろに庇った、レーゼと愛理も無事である。
スーッと、白い光がファムから消えてしまう。アーツの効力が切れたのだ。
しかし、ファムは思わず自分の体や手の平を見つめる。
今の一撃が直撃したのにも関わらず、一切の傷も火傷も無い。
「す、凄い……!」
「こ、これが命の護り手の力か……! っ! 見ろ! 奴の体が!」
新たなアーツの効果に愛理も驚いていたが、そこでレイパーの異変に気が付き、叫ぶ。
レイパーの体から、炎が消えていた。
恐らく、全身の炎を今の一撃に込めたからだと、三人は直感する。
今なら、近づいても焼かれないのではないか?
そう思った時には、三人はレイパーへと向かっていた。
ここを逃せば、もう勝機は無い。
ファムがレイパーの顎に膝蹴りを入れると同時に、素早くレイパーの背後に回っていたレーゼが、その背中を思いっきり斬りつける。
二人の一撃に怯んだレイパーだが、その刹那。
レイパーの体から、炎が噴き出た。
先の一撃で失った炎が、蘇ったのだ。
「おわっ?」
ファムが慌てて離れるが、レイパーは彼女を捕らえようと腕を伸ばす。
だが――
「ッ?」
突如、腹部に強烈な痛みが走り、レイパーは動きを硬直させた。
見れば、愛理がレイパーの腹に刀を突き立てている。
「悪いな……! 私も使えるんだ……!」
愛理の体も、白い光に覆われていた。命の護り手を、彼女も発動させたのである。
レイパーは鷹を括っていたのだ。炎を纏えば、誰も自分に近づこうとはしないだろう、と。
故に、炎を纏ったところで、レイパーは腹部の筋肉を緩めていた。
愛理はその隙を付いたのだ。
ファムや優の攻撃をもろともしない程の防御力を誇るが、それは筋肉に力を込めているからこそ。
鋼の肉体も、力を緩めれば脆くなる。
レイパーの体を完全に貫いている朧月下に、愛理は力を込めた。
レイパーも反撃を試みるが、致命的な一撃を受けた体に力は入らない。
抵抗するかのように、怒鳴り声とも呻き声とも区別の付かないような声を上げたレイパーは、そのまま虚しく爆発四散するのだった。
***
「あー、つっかれたー!」
何とか無事にレイパーを倒し終わった三人。
ファムが大の字でその場に倒れこむと、愛理が苦笑いを浮かべた。
「おいおい。気を抜くのはまだ早いぞ? 取り敢えず、ここを出なければ」
「えー? じゃあさ、アイリ。おぶってよ」
「はぁ……やれやれ。仕方ないな。ほら」
そう言うと、愛理はしゃがみ、背中をファムに向けてきた。
キョトンとした顔で、ファムはそれを見る。
「……え? いいの?」
「君がしてくれと頼んだのだろうに」
「おぉ。やっさしー!」
「おおっ? お、おいおい、そんなにいきなり……!」
飛びつくように背中に飛び乗ったファムに、愛理は思わずつんのめってしまう。
隣でレーゼが、クスリと笑う声がした。
「いやー、アイリは優しいねー。タメ口効いても、面倒なこと言わないしさー」
「む? 何だ突然。……ははーん、さては権に叱られたな? 彼女は上下関係に煩いしな」
「そうなんだよー。別にいいじゃん、そんなの。仲良ければ別に……」
「礼儀作法は大事だ。まぁ、パトリーラくらいの歳で、完璧にこなせと言うのも無理な話だがね。ちょっとずつでも、覚えていけばいいさ。……む?」
「あら? 寝ちゃったわね」
気が付けば、ファムはスゥスゥと寝息を立てていた。
「……大きな一撃を受けたんだし、無理も無いわ。寝かせてあげましょう?」
「考えてみれば、パトリオーラはまだ十三歳なんですよね……」
「……行きましょう。とにかくここを出て、ミヤビとユウを探さなきゃ」
二人は頷き合うと、爆睡しているファムを連れて、歩き出すのだった。
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