第17章閑話
突如姿を変えた天空島。
今や高さ十五キロ程の塔になった、それの最上階。
そこはかつて雅やレーゼ達異世界組が戦った場所をさらに広くしたような、半球状の部屋がある。
半径にして、およそ五百メートルはあろうかという広さだ。
部屋には血の臭いが充満し、中心には死体の山。
死体の損傷がひどく、原型が無いものもあるが、残った肉塊からは明らかに全国で姿を消した女性達のものだ。
愛理の予想通り、各地で発生した小さな魔法陣によってこの場所に強制転移させられ、無残に殺されていた。
死体の数は、およそ二万人といったところか。
山の天辺でどっかりと腰を下ろしているのは、骨ばったフォルムの真っ黒い肌をした、身長二メートル程の人型の生き物。
黒いマントをはためかせ、トゲのある肩パッドと、血で汚れたブーツを身に付けたそいつは――間違いなく、魔王種レイパーだ。
この死体の山を築き上げた、張本人である。
「……ドマタロレニソ、カルロメノトロ」
やや退屈そうにレイパーがそう呟くと、大きな足音を立て、部屋に入ってくるもの達がいた。
全身に炎を纏った人型の化け物と、爬虫類のような肌の人型の化け物。
ミカエル達がハプトギア大森林で戦った『ミドル級火男種レイパー』と、少し前に愛理達が戦った『グレムリン種レイパー』だ。
「サモタラヤトザカソ、マアヘラヨッノ。カッナヌワレンヌソレトレタモ?」
ミドル級火男種レイパーが魔王種レイパーに向けてそう言うがと、魔王種レイパーは不気味に口元を歪め、ニヤリと笑った。
そして胸元の傷を指差す。かつて、雅につけられたものだ。
「ライテマタメヅユヌミノラヤトナ、ハタトモコヌネ……。ロレヌオトオ、フマヘソノタヘキウゾアル……」
「ハレヌソレレ。マネオタヘバナボラヨッノオ、ホッハムママテワヤジムイ」
「カネアヤ、ハタヌカエゾ」
そう言って、二体のレイパーは下品な笑い声を上げる。
そして一頻り笑った後、魔王種レイパーは、横で低く笑みを浮かべているグレムリン種レイパーに顔を向けて口を開いた。
「リチウベータサルソザルゾ?」
「デワルデワルジフ」
グレムリン種レイパーがそう答えると、魔王種レイパーは満足そうに頷く。
「ワアヘレ。マイジ……ビヤヘワタネモオソライタカタゾ」
魔王種レイパーはそう言うと、再び高笑いをするのだった。
***
一方、同じ頃。
新潟県内の、とある場所にある廃倉庫にて。
倉庫内の小さな窓から、遠くに見える巨大な塔を見つめる男がいた。
久世浩一郎だ。
警察やレーゼ達が必死で探している彼が何故こんなところにいるのかと言えば、ここが彼の潜伏先だからである。
最も、後数日もすればここを立ち去るのだが。これまでも身を隠す場所を次々と変えながら、彼は逃亡生活を送っていた。
前よりもやや痩せた様子の久世だが、意外にも体調や身なりは悪くない。食事はほぼ三食摂っており、服は時々一新しているからだ。
それもこれも、全て彼の仲間が逃亡の手助けをしているお陰である。
外を眺めていた久世だが、背後でドサっという音がして振り向いた。
そこには、全身毛むくじゃらのレイパーが倒れている。
その近くにいるのは、全身黒ずくめの、のっぺらぼうの不気味なレイパー。
以前、三条市下田地区でレーゼ達が戦った奴だ。分類は『人工種のっぺらぼう科レイパー』で、久世の仲間である。
毛むくじゃらのレイパーの胸には、風穴。ピクリとも動く様子さえ無い。爆発四散こそしないが、死んでいるのは明らかだ。
殺ったのは、のっぺらぼう科レイパー。レイパーの力があれば、アーツが無くてもレイパーにダメージを与えることが出来る。
久世はレイパーの死体を一瞥すると、感嘆したように息を漏らす。
「……随分と力を使いこなせるようになったじゃないか。この分なら、予定より早く計画を次の段階に進められるかもしれないな」
人工レイパーは久世の言葉に軽く頷くと、窓の外を――とは言っても、顔は無いが――見る。
「あれが気になるか? 恐らく、あの中に『原初の力』があるのだろう。私の考えが正しければ、いよいよあの力が解放されるはずだ。当初の予定と少し違うが、結果に狂いは無い。必ず、我々が手に入れる」
そこで会話が終わり、久世と人工レイパーは無言で塔を見つめるのだった。
***
そして、オートザギアを出港し、日本に向かう船の中。
「お疲れ様、みーちゃん」
「あー……さがみん、ありがとうございます。でもさがみんだってお疲れ様じゃないですか」
ぐったりした様子の雅に、優がペットボトルを差し出す。
実は船に二体のレイパーが乗り込んできて、今さっき倒したばかりなのだ。
雅達も、世界各地でレイパーが出現したという話は聞いている。だからこの事態も予想していたのだが、やって来た敵が想像以上に手強く、大分体力を消耗させられてしまった。
「……魔法陣、いっぱい出たって。いよいよ、またあいつが動き出したってことなんだよね? 頑張ってコートマル鉱石が敵の手に渡らないようにしたけど、私達のやったことって……無意味だったのかな?」
悔しそうに拳を握り締める優。
魔王種レイパーが何かをするため、全国各地でエネルギーを集めていた。そんなレイパーが行動を次に移したということは、そのエネルギーが充分に溜まったということだ。
敵の目的を阻止しようと動いていたが、何もしなくても結果は変わらなかったように優は思えてしまったのだ。
しかし雅は考え込んだ後、ゆっくりと首を横に振る。
「そんなこと無い。少なくとも、敵の行動を遅らせることくらいは出来たはずです。もしかすると、エネルギー不足だけど見切り発車したって可能性だってある。何もしないよりは、ずっと良かった」
「……うん。そうだよね。ごめん、ちょっと弱気になっちゃったかも」
「ふふ、らしくないですよぅ」
そう言って、雅は優の背中をポンっと叩く。
そして、ちらりと雅は自分の右手の薬指に嵌っている指輪に眼を向ける。
何となくだが、予感がしたのだ。
あの強敵……魔王種レイパーと決着を付ける時が、もうすぐ来るのだと。
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