第147話『変形』
「む、そうか……一体、逃がしてしまったか……」
シャロン達が到着した後、状況を報告した愛理とセリスティア。
それを聞いたシャロンが、腕組みをして唸る。
「すみません。あのレイパー、相当強くて……。一応、怪我は負わせたんですが……」
「いんや、俺があの時きっちり仕留められりゃあ良かったんだ。アイリのせいじゃねぇ。でも、わりぃな。シャロン達が折角こっちまで誘導してくれたってのに……」
「悔やんでも仕方あるまい。それより、ファルトよ。お主怪我をしておるではないか」
「あ? あぁ、これか? 平気平気、唾つけときゃ治る」
セリスティアが頬の傷を指でなぞると、まだ薄らと指に血がついた。
そんな様子に呆れた目をしながら、シャロンは服のポケットからハンカチを取り出して彼女に渡す。
「全く、きちんと手当てせい。……レイパーの手掛かりは、何も無いのかの?」
シャロンの質問に、力無く首を振る愛理。
グレムリン種レイパーは素早く、あっという間に姿を消してしまった。
探せば目撃情報くらいは見つかるかもしれないが、すぐにという訳にはいかないだろう。
「あー……ところで……」
と、ここでセリスティアの視線が、シャロンから逸れる。
目を向けた先には、冴場伊織。
先程セリスティアが助けた少女の頭を撫でながら、おしゃべりをしていた。
最初はすすり泣いていた女の子も、今は落ち着いてきている。
「なんつーか、意外だな。彼女、子供好きなのか?」
「そう言えば、真っ先にあの子の相手をしに行きましたね、冴場さん」
目付きが悪く、言葉遣いはややガサツなため、子供には怖がられそうだと思っていたが、少女に恐怖や警戒心といった様子は見られない。
伊織達の会話に耳を澄ませば、伊織の言葉の端々には相手を思いやる気持ちが聞きとれ、それがちゃんと女の子にも伝わっているのだろう。
「好きかどうかは分からんが、少なくとも嫌いではなかろうて。子供は結構敏感じゃからのぅ。サエバが子供嫌いなら、少女の方が、それなりに固い態度になるはずじゃ。ところでシノダよ。サエバを儂の方に寄越したのはお主と聞いた。心配をかけたの。助かった、礼を言う」
「あぁ、そのことですか。お礼なんて、別に良いですよ。それより、ちゃんと合流できたようで良かった」
伊織に詳細なことを話す時間が無かったため、もし上手くシャロンに会わせることが出来なかったらどうしようかと思っていた愛理。
今頃になってホッと安堵の息が出る。
すると、
「関屋の辺りに行ったら、海岸の辺りがやたら騒がしかったっすからね。でっかい竜も飛んでいたし、『あー、あっちか』って思ったっす」
三人の外からそんな言葉が飛んできて、思わずビクッとする愛理達。
いつの間にか、伊織が会話の輪の中に入ってきていた。
因みに、少女と手を繋いでいた。
「ほっぽらかして、すまねーっす。でも、この子をそのまんまにするって訳にもいかねかったっすから……」
「あー、いや。こっちこそ、仲間内で話してばかりで申し訳ありません。初めまして、篠田愛理です」
「セリスティア・ファルトだ。シャロンが世話になったな」
「おっと、自己紹介がまだでしたっすね。冴場伊織っす。相模原さんから要請を受けて、駆けつけたっす。以後よろしくどーも」
伊織が警察手帳を見せながら会釈する。
聞けば、伊織は相模原優一の部下らしい。そこから繋がって、優香ともよく話をするようになったのだとか。
「逃がしたレイパーっすけど、さっき本部に連絡はしておいたっす。今、他の大和撫子が捜索中っすけど、見つかるのは時間がかかるかも。それより、三人には他にお友達がいるって聞いているっす。彼女達は大丈夫っすか?」
「お友達……あぁ、権と橘のことですね。ええ、さっき二人から連絡が来ました。小針の小学校でレイパーを見つけたけど、何とか撃破したそうです。なんでも、ガスみたいな奴だったとか……」
「ガス? そりゃ、随分変なレイパーだな。まぁ、倒したなら良いけどよ」
因みに二人はレイパーを倒した後、学校を出てこちらに向かっているとのことだ。
と、噂をすれば何とやら。
愛理のULフォンに、着信が入る。志愛からだ。
「ちょっと失礼。――もしもし」
『愛理カッ? 大変ダッ!』
開口一番、志愛の慌てた声が耳に突き刺さる。近くにいたセリスティア達にも聞こえた程だ。
『あっちこっちでまた魔法陣が出現しタ! 小さいけド、近くにいた女性が突然消えたんダ! もう何が何やラ……』
「く、権! 落ち着け! 魔法陣が出て、近くの女性が突然消えた? なんだそれは? 二人は無事なのか?」
『ア、あア! 私も真衣華も無事ダ! もう魔法陣は消えテ、それで愛理に連絡しタ!』
「取り敢えず合流しよう。今、どこにいる? こっちは駅南のメインストリートだが……」
『こっちは西川の辺リ。小新だナ』
小針から南に進んだ先に、信濃川から分流した川がある。西川とはそのことだ。
小針から西川を超えると小新である。今愛理達がいるところからは、結構遠い。
「こっちの誰かを迎えに行かせるっす。そこで待機するよう、お願いしてもらっていいっすか?」
「分かりました。――権、今から警察の人がそっちに行くそうだ。そこで待っていてくれ」
『助かル! 了解しタ!』
そう言って、志愛との通話が終わる。
「……今お友達が言っていたのは、多分このことっすよ。『レイパーの次は神隠しか。全国で女性の消失』」
手早く警察に連絡を終えた伊織がウィンドウを広げ、ニュースサイトを開いてそう言った。
「『魔法陣の近くにいた女性が忽然と姿を消した』……? 殺されたって訳じゃねぇのか?」
「以前、あの魔王のようなレイパーと戦った時、我々を建物の外に一瞬で移動させる技を使ってきました。もしかすると、それと似たようなものなのかも……」
以前『StylishArts』で魔王種レイパーと戦った時のことを思い出し、苦い顔をする愛理。
まさか適当な場所に移動させているわけでは無いだろう。となれば、
「きっと、消えた女性は天空島にいるはずです。目的は多分……」
「……あちこちでレイパーが暴れておるのに、肝心の親玉が姿を見せておらん。恐らく、あの天空島に女性を呼び出し、殺戮の限りを尽くしているのじゃろうな」
シャロンが、愛理の言葉を引き継いだ。
たくさんの死体の上で高笑いをする魔王種レイパーを想像し、愛理達は戦慄する。
「そのレイパーのことは、自分も相模原さんから聞いてるっす。めっちゃ強い奴だって……」
直接戦ったことの無い伊織だが、三人の様子から、相手が恐ろしく強いことは容易に想像がついた。
と、そんな話をしていた、その時だ。
「っ? 何か、緊急速報が来たっすよ!」
愛理の家で聞いた、あの甲高いアラームが再度鳴り響く。
速報を開けば、ニュース映像。そこに映っていたのは、日本海の上空に浮かぶ天空島だ。
だが、どこか様子がおかしい。
天空島が七色に輝いていたのだ。どうやら速報は、天空島の挙動が変わったことを知らせるためだったらしい。
唖然とする四人。中継しているアナウンサーが何か言っているが、全く耳に入らない。
だが暫く無言でその映像を見つめていると、天空島に変化が起こる。
一瞬にして天空島がバラバラになったと思ったら、再び一つの形に構成されていく。
今までのような小さな島ではなく、細長い形に形成され、海の方まで伸びていった。
それを見た瞬間、シャロンが息を呑む。
「こ、これは……!」
出来上がったものは、シャロンにも見覚えがあったものだ。
かつて天空島の地下で、ライナと見た壁画。
そこに描かれていた、あるものの一部。
見上げても尚、天辺が見えない程巨大な塔だった。
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