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第132話『薄板』

 七月二十六日木曜日、午後六時十八分。


 あの後、真衣華から連絡を受け、優一や大和撫子、救急車がやって来た。


 手当てをしてもらった後、新潟県警察本部へと戻ったレーゼ達。


「皆! 無事だったのね!」


 応接室に通されたレーゼ達だが、部屋に入るとすでに優香が待っていた。


 優香も優一から簡単に話を聞いており、随分と心配を掛けてしまったようだ。


 レーゼ達から少し遅れて優一も応接室にやって来たので、レーゼと愛理で詳しい事情を話す。


 それを聞いた優一は、渋い顔をした。


「のっぺらぼうのような人工レイパーか……。また面倒な敵が現れたものだ」

「恐らく、クゼの仲間だと思います。恐ろしく強い奴でした」


 言いながら、レーゼは自分の腕を見つめる。『衣服強化』のスキルで防御をしていたにも関わらず、何度も敵の攻撃を受け続けた腕は、未だ痺れるような感覚が残っていた。


「でモ、あいつは何であの場所ニ? まタ、盗聴でもされていたのでしょうカ?」

「……どうだろう? 偶然鉢合わせただけのようにも思う。奴らの目的は、多分久世に繋がりそうな証拠の隠滅じゃないか?」


 久世が逃走して十一日。恐らく今までも、自分へ辿り着くための手掛かりを一つ一つ消していっていたに違いない。


「久世さんが逃げてからそこそこ時間が経ったのに、まだ証拠隠滅の動きをしているってことは、他にもいくつかアジトがあるのかな? そう言えば、まだ怪しい目撃情報があったよね。五泉市と十日町市の奴……」

「なら、まだ手掛かりが残っているかもしれねぇ。奴らに消される前に、早く動かねぇと……」

「ファルトよ、慌てるでない。写真しか手掛かりが無いのじゃぞ? どこにアジトがあるのかも分からん」


 今にも応接室を飛び出そうとするセリスティアだが、シャロンに制され、頭をガリガリと掻きながら舌打ちをする。


 すると、優一が口を開く。


「その写真を私にくれないか? こちらでも調べてみよう」

「いいんですか? 優一さんも忙しいんじゃ……」

「何、心配はいらない。私では、これくらいしか出来ないのだし……。ところで、あの鷹のような人工レイパーに変身する男、藤澤幸人のことだが……」

「前に取り調べるって仰っていた人ね。何か進展が?」


 レーゼが期待の籠った眼差しを優一に向けるが、彼は申し訳無さそうに首を振る。


「すまない。未だ完全黙秘を貫いている。あの様子では、何も話すつもりはないだろう」

「あぁん? ……なら、俺が尋問しようか? アングリウスで脅しゃぁ一発で――」

「こりゃファルト! セントラベルグではないんじゃぞ!」

「い、いや冗談! 悪かった!」


 雰囲気が少し重くなってきたので明るくしてやろうと思ったセリスティアだが、シャロンから想像以上に厳しい声が飛んできて、大慌てだ。


 傍で見ていた愛理達は苦笑いを浮かべるより他無い。


 因みに、アーツで人を脅そうものならセントラベルグでも罰せられる。


「あー……今日君達が倒した人工レイパーに変身する男達にも、後日話を聞いてみよう。藤澤より色々話してくれるかもしれない」

「……内一人はのっぺらぼうのような奴に殺されかけたわけだし、色々教えてくれるかもしれませんね。――あぁ、そうだ相模原のお母さん。これなんですけど……」


 そう言って、愛理は廃屋で見つけた唯一の手掛かりである、薄い板を差し出すと――それを見た優香の口から、今まで聞いたことのない声が漏れた。


 呆気に取られる愛理達。この中では最も長い付き合いであるはずの優一ですら、目を丸くして優香を見た。


 だが、そんな愛理達を余所に、優香は何度も愛理と、出された薄い板を交互に見比べる。


 感嘆したような息を漏らし、「うっそぉ……」とか「まだあったのね……」等と呟くところを見ると、どうやらこれが何か、知っているようだ。


「あの、どうされました? 持ってきてこんなことを聞くのも難ですが、実は私達、これが何なのかさっぱり分からなくて……」

「いやぁ、正直、私も実物を見たのは初めてなんだけど――これ、『フロッピーディスク』だわ」

「ふ、ふろっぴぃ?」

「遥か昔に存在していた、リムーバブルメディアの一種よ。使われていたのは確か、1990年頃じゃないかしら」


 誰もが何なのかさっぱり分からず首を傾げるので、優香が説明を始める。


 フロッピーディスクというのはパソコンに使用する磁器ディスクであり、優香の言葉の通りリムーバブルメディア……つまりパソコンからの取り外しが可能な、データを長期保存するための記憶ストレージだ。


 この説明を聞いてもさっぱり分からないという顔をする愛理達に、優香は「簡単に言えば、パソコン内部のデータを持ち運びできるようにするものよ」と告げる。


 フロッピーディスクはパソコンが普及し始めた頃によく用いられていたものだが、2000年を過ぎた辺りからその役目をBD等の記録型光ディスクやUSB等に譲っていった。


 そして長年の月日が流れ、ULフォンが普及し、パソコン自体がほとんど使われなくなった今日この頃。フロッピーディスクなんてものは、余程パソコンの歴史に詳しい人でも無ければ知らないものとなってしまった。優香は仕事でパソコンを弄ることがあり、偶然にもこの存在を知っていたのは本当に幸運だった。


「それにしても考えたわね。現存しているパソコンじゃフロッピーなんて読み込めないから、仮に誰かの手に渡っても中を見られる心配も無い。それに意外とデータの長期保存も出来る。保存出来る容量が少ないのだけが短所だけど、ただの文章とかならあまり気にならない。……皆が調べた廃屋には、パソコンはあった?」

「ええ。随分大きなものでしたが……」


 愛理がパソコンの大きさを手で表すと、優香は感嘆の息を漏らす。


「きっと、相当昔のパソコンね。一体どこから見つけてきたのかしら?」

「もしかしテ、あのパソコンが無いト、中が見れませんカ?」


 志愛が不安そうな顔で尋ねると、真衣華が微妙な顔でフロッピーディスクを見つめた。


「いやぁ、でもこれじゃあ……」


 見つけたフロッピーディスクは、のっぺらぼうのような人工レイパーとの戦いで割れている。仮に頑張って直し、この場にパソコンがあったとしても読み込める可能性は限りなく低いように思われる。


 だが、優香は少し考え込んだ後、難しそうな顔をしながらも首を横に振る。


「皆が見つけてくれた手掛かりだもの。何としてでも見られるようにしてみるわ」


 技術的には相当に厳しい話だが、手が無いわけではない。


 気合を入れるように、彼女はグッと拳を握り締めるのだった。

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