第131話『顔無』
場所は変わり、廃屋の正面玄関の前。
レーゼと愛理は、のっぺらぼうのような人工レイパーと戦闘中であった。
が、二人の顔色は悪く、体もボロボロ。対して敵の体は無傷。何とか屋外まで連れ出したものの、この人工レイパーが想像以上に強く、苦戦を強いられていた。
「くぅっ?」
「はぁっ!」
人工レイパーの前方にはレーゼ。後方には愛理。
レーゼは首を、愛理は足元を目掛け、同時に斬撃を繰り出す。
しかし――
「何っ?」
「っ!」
人工レイパーは片足で愛理の刀型アーツ『朧月下』の刃を受け止め、レーゼの剣型アーツ『希望に描く虹』の攻撃を体を後ろに反らして躱す。
そのままバク転し、人工レイパーは二人と距離を取る。
刹那、人工レイパーの姿が消えた。
「どこだっ?」
「っ! アイリっ! 後ろよっ!」
レーゼの警告の声が愛理の耳に届いた瞬間、彼女の背中を強い衝撃が襲う。
遠くまで吹っ飛ばされ、地面に体を叩きつけたところで、愛理はようやく、人工レイパーに蹴り飛ばされたと理解する。
思わず愛理に駆け寄ろうとするレーゼだが、そんな余裕は彼女には無い。
人工レイパーは素早くレーゼと距離を詰めると、激しく彼女を殴りつけてきた。
一撃目は腕で受け止めるレーゼ。自身のスキル『衣服強化』で防御力を上げ、可能な限り衝撃を防ぐが、敵の一撃はあまりにも重く、レーゼの顔が歪んだ。
人工レイパーの攻撃は終わらない。二発、三発……と、何度もレーゼに拳を叩きつけてくる。
動作が鋭く、避けることが出来ないレーゼは、それら全てを腕で受け止めながら、冷や汗を流し、思う。
この人工レイパーは、恐らく魔王種レイパーの次くらいに強い相手だ、と。
殴打を受け止める度に体を揺らしながら、レーゼは敵の攻撃を防ぎ続けるが、一瞬の隙を突かれて腹部に人工レイパーの拳がめり込んだ。
気合と根性で吹っ飛ばされることだけは堪えたレーゼだが、人工レイパーの攻撃の手は緩まない。
肘打ち、膝打ちを素早く彼女の体に叩き込んでレーゼの体を浮かせると、回し蹴りを放ってレーゼを大きく吹っ飛ばした。
倒れたレーゼと愛理に、止めを刺そうと近づいていく人工レイパー。その時だ。
「うぉぉぉらぁっ!」
背後から声が聞こえ、人工レイパーが振り向くと、そこにはセリスティアの姿が。
少し離れたところには、志愛の姿もある。
人工種ゾウ科レイパーを倒した二人が、駆けつけに来たのだ。
一気に近づき、爪型アーツ『アングリウス』で、人工レイパーへと強烈な一撃をお見舞いしてやろうと画策するセリスティア。
だが次の瞬間。人工レイパーの姿がまたしても消える。
「んだとっ?」
セリスティアが驚愕に目を見開いた時には、敵は既にセリスティアの懐に。
カウンター気味に、人工レイパーの肘が腹部に入り、セリスティアは後方へと大きく吹っ飛ばされ、激しく咳き込んだ。
人工レイパーは今度は志愛との距離を詰めると、頭部へと裏拳を繰り出す。
その一発を棍型アーツ『跳烙印・躍櫛』で防げたのは奇跡に近い。
しかし裏拳を防いだすぐ後、志愛の腹部に人工レイパーの蹴りが入る。
廃屋の壁へと飛ばされる、彼女の体。
だが、志愛は空中で姿勢を整えると、廃屋の壁に足から着地し、勢いを利用して思いっきり人工レイパーの方へと飛び掛かる。
「はぁぁぁアッ!」
そして『脚腕変換』のスキルを発動。足裏への衝撃を腕力に変換し、人工レイパーの胸元へと棍による突き攻撃を放った。
大きな音と共に、棍の先端が人工レイパーに命中し――棍が折れる。
「何ッ?」
先程の戦いと、この人工レイパーの裏拳を受け止めたことで、棍が脆くなっていたらしい。それに気が付かず強烈な一撃を繰り出してしまったため、アーツが今の一発に耐えられず、壊れてしまったのだ。
人工レイパーの体は無傷。刻印すら出ていない。
「シアっ! ちょっとどいてろ!」
口から血を流しながら、セリスティアが再度突っ込んでくる。再び突進攻撃をするつもりだ。
しかし人工レイパーは志愛の腕を掴むと、そのまま彼女をセリスティアへと投げ飛ばした。
「おワッ?」
「ちぃっ?」
勢いよく接近するセリスティアに、飛んでくる志愛を避ける余裕などあるはずもない。
二人は激突し、固まって転がり、人工レイパーから離れていく。
「シ、シア……立てるか?」
「はイ、なんとカ……!」
よろよろと立ち上がり、再び人工レイパーへと立ち向かっていくセリスティアと志愛。
すると、
「こっちもいるぞ!」
「舐めるんじゃないわよ!」
人工レイパーの背後から、愛理とレーゼも飛び掛かっていた。
前方と後方、四人が襲いかかってくるのを、人工レイパーは軽く一瞥すると――再び姿を消す。
「また消えたっ?」
「落ち着いて下さイ! 高速で移動しているだけでス!」
志愛の目は、地面に向けられている。何かが勢いよく通り過ぎたような跡が残っていた。
だが、肝心の人工レイパーの気配を掴む前に、四人の背中に順番に強烈な蹴りが入り、廃屋の方まで吹っ飛ばされてしまう。
四人の体は壁を突き破り、家の中に放り込まれる。
そしてそのすぐ後、轟音と共に廃屋が崩れた。
脆くなっていた壁に四つも穴が開いたため、建物自身の重さに耐えられなくなったのだ。
人工レイパーは崩壊した廃屋を少しの間眺めると、ゆっくりと近づいていった。
***
時はその少し後。
真衣華とシャロンは、廃屋の方へと向かっていた。
「全く、人工レイパーとやらは厄介じゃのう。倒して終わり、というわけでは無いとは……」
「後に、変身していた人が残るからね。でも、優一さんに連絡したし、動けないように縛っておいたし、もう大丈夫でしょ」
人工種コノハムシ科レイパーを撃破した後、その後始末に思いの他梃子摺ってしまった二人。
会話をしながらも、山道を走る。
その時だ。
「……む? 何か変な臭いがせんか?」
「……うん。急ごう! 嫌な予感がする!」
顔を顰めながら、何か胸騒ぎを覚えた二人は、愛理達が向かった廃屋へと急ぐ。
そして現場に到着した二人は、目を大きく見開いた。
廃屋が燃えていたのだ。
のっぺらぼうの人工レイパーが、崩壊した廃屋に火を放ったのだが、そんなこと等二人は知る由も無い。
その人工レイパーも、もう既に消えていた。
「ね、ねえ! 皆はっ?」
「タチバナ! 少し離れておれ!」
言いながら、シャロンの体が光を放ち、あっという間に山吹色の巨大な竜へと姿を変える。シャロンの本当の姿だ。
シャロンは燃え盛る廃屋の残骸をどかしていく。
すると程なく、倒れた愛理達が現れた。
シャロンは急いで四人を抱え、その場を離れる。
「おいマーガロイス! ファルト! 起きんか!」
「愛理ちゃん! 志愛ちゃん!」
地面に降ろした四人に、二人は必死に声を掛ける。
そして、
「ウッ……シャロンさんニ……真衣華カ……」
志愛が最初に目を覚まし、続いて愛理やセリスティア、レーゼも起き上がる。
軽い火傷や、ひどい打撃痕はあるが、無事なようで、シャロンも真衣華も安堵の息を漏らす。
「ちっ、不覚だったぜ……。なぁ、真っ黒い人工レイパーを見なかったか?」
「いや、儂らが来た時には、誰もおらんかったが……」
「逃げられたか……」
「完膚無きまでにやられたわね……。何て奴よ、全く」
愛理とレーゼが辺りを見回しながら、溜息を吐く。
「……そう言えバ、近くにまだ一人、男がいるはずダ。目を覚ます前ニ、拘束しないト」
「シア、その人はきっと……」
レーゼが眉を寄せながら、段々火が弱まっていく廃屋の残骸へと目を向ける。
その意味を察したシャロンが、急いで瓦礫をどかすと、すぐに倒れた男が見つかった。
人工種ゾウ科レイパーに変身する、あの男だ。
まだ、辛うじて息はある。
「でも、何でこいつがあの中に? 俺達は外で倒したってのに……」
「恐らく、口封じの為に殺されそうになったのね。助かるといいんだけど……」
以前、雅と真衣華が倒した人工レイパーが、その後久世の仲間に殺されたという事があった。力を失った者が余計な情報を吐かないようにしたのだ。きっと今回も同じことだと、レーゼは思った。
「ね、ねえ。私まだ状況が掴めてないんだけど……ここで一体、何があったの?」
真衣華がおずおずと尋ねてきたので、愛理達が説明を始めた。
この廃屋で、久世の残した手掛かりらしきものを発見したこと。
確認しようとしたところで、二体の人工レイパーが出現したこと。
一体は倒したが、もう一体が信じられないほど強く、やられてしまったこと。
「……と、そこで二人に救出されたというわけだ。本当に助かった」
「構わんよ。儂らも一体、人工レイパーを倒したところじゃ」
「優一さんにも連絡済みだよ。しばらくすれば、こっちに来ると思う」
「なるほど。道理で来ないと思ったら……あなた達も、災難だったわね」
そう言ってから、レーゼは廃屋があったところを見つめた。
建物は全焼。倒壊し、中にあった手掛かりも燃えてしまっただろう。
「振り出し、か……。くたびれたわね」
「いえ、マーガロイスさん。まだこれが……」
そう言って愛理が懐から出したのは、廃屋の部屋の机に置かれていた、薄い板状の物。
先程の戦いで割れてしまったが、何も無いよりはマシだろう。
因みに真衣華もシャロンも、これが何かは分からないとのこと。
一旦優香に調べてもらおうと、六人は科捜研に向かうのだった。
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