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第130話『象熊』

 耳障りな衝撃音と共に、室内にガラスの破片が飛び散る中。


 屋外からの、突然の侵入者を見たレーゼ達は眉を寄せ、咄嗟に戦闘体勢をとる。


「何だ、こいつっ?」


 右手の薬指に嵌った指輪を光らせ、刀型アーツ『朧月下』を出した愛理が眉を寄せるが、誰も反応出来ない。


 それもそのはず。他の者にも、この侵入者が何者なのか、すぐには理解出来なかったのだから。


 人間と同じフォルムだが、全身黒ずくめで、顔が無い。のっぺらぼうだ。


 そして頭部が歪だ。


 眼の無い顔で、ジッと四人を見つめる侵入者。


 辺りの雰囲気が緊張に包まれる中、志愛がハッと目を見開く。


「こいツ、あの時ノ……久世を連れて逃げていった奴ダ!」


 先日、『StylishArts』の地下で久世を追い詰めた際、魔王種レイパーが侵入してきた。その時、魔王種レイパーに襲われそうになった久世を助けたのが、こいつだったことを志愛は思い出したのだ。


「クゼの仲間ってことね。なら、人工レイパーか……!」

「こいつがレーゼ達の言っていた敵か? 不気味な奴だな……!」


 侵入者はうんともすんとも言わないが、頭部が歪なことからもレーゼの言葉は正しいと推測出来る。この相手の分類は、『人工種のっぺらぼう科』だろう。


 レーゼは剣型アーツ『希望に描く虹』を抜き、中段に構える。


 セリスティアの腕には爪型アーツ『アングリウス』だ。


 志愛はポッケからペンを取り出すと、それを棍型アーツ『跳烙印・躍櫛』へと変化させる。


 四人が僅かに腰を落とし、目の前の人工レイパーに意識を集中させ、少しずつ距離を縮めていく。


 だが、突然の侵入者にばかり気を取られていたからだろう。


「――っ!」


 志愛が、背後に迫る『別の気配』に気が付き、後ろを振り返った時には既に、見知らぬ男性が鉄パイプを振り上げ、彼女のすぐ側まで近づいていた。


 歳は四十弱。僅かに白髪の目立つ、ごく普通の中年といったところ。


 息が荒く、目が完全にイッていることを除けば、だが。


 勢いよく振り下ろされる鉄パイプを、咄嗟に跳烙印・躍櫛で防げたのは奇跡に近い。


 鉄パイプが圧し折れるも、がら空きになった志愛の胴体に、男の鋭い蹴りが炸裂し、吹っ飛ばされる志愛。


「シアッ? ちぃ! なんだてめぇっ? いつからそこにっ?」


 志愛が吹っ飛ばされて、ようやくセリスティア達も男の存在に気が付いた。


 実はずっと部屋の隅の物陰に隠れており、隙があれば襲うつもりだったのだ。そこにのっぺらぼうの人工レイパーが出現し、全員がそっちに気をとられていた今が好機と判断したのである。


 男は吠えると、その体がぐにゃりと歪む。


 そして現れたのは、全身毛むくじゃらの人型の化け物。


 まるで熊のような体格だが、鼻は長く、足が太い。そこのパーツだけ見ればゾウのようだ。


 人工レイパーである。分類は『人工種ゾウ科』といったところか。


 前方と後方に、一体ずつ人工レイパーがおり、挟み撃ちにされた一行。


 すると、


「クッ! こノ!」


 志愛が人工種ゾウ科レイパーへと飛び掛り、棍を振り下ろす。


 しかし、思いっきり敵の体に棍を叩きつけた志愛の顔が歪む。


 毛皮に阻まれ、手応えが薄かったのだ。


 レイパーが反撃するように拳を打ち込んでくるが、志愛はそれを躱し、素早く後ろに回り込む。


 そして再度思いっきり棍を叩きつけようとするが、相手の太い足が襲いかかってきており、攻撃を一転、敵の蹴りを棍で防ぐ志愛。


 だがその一撃は思った以上に強烈で、棍を砕き、志愛の腹部へと蹴りが炸裂し、彼女の体を大きく吹っ飛ばして壁に叩きつけてしまう。


「アイリ! 私達はこの黒い方をやるわよ! ゾウみたいな方はセリスティアお願い!」


 レーゼがアームバンドを緩め、袖を下ろしながら二人に声を掛ける。


「分かった! ――おら化け物! こっちだこっち!」


 セリスティアは挑発しながら廊下へと出ると、人工種ゾウ科レイパーも誘いに乗って着いてくる。


 そしてセリスティアへと太い足で勢いよく蹴りを放つが、彼女はそれを横っ跳びして避けた。


 標的を失った蹴りは、壁へと吸い込まれていき……鈍い音と共に壁を砕いて大きな穴を作る。


「うぉらぁっ!」


 セリスティアは人工レイパーの体に飛び掛かり、そのまま一緒に外へと体を投げ出した。


「ぐゥ……私モ……!」


 志愛がセリスティア達に続き、外へと飛び出す。


 揉み合うセリスティアと人工レイパー。しかし、敵の拳がセリスティアの体にヒットし、彼女を吹っ飛ばす。


 すると人工レイパーは長い鼻を振り回すと、セリスティアへと横薙ぎに叩きつけてきた。


「にゃろぅ!」


 その一発はバク転して躱す。


 だが相手の攻撃は終わらない。二発、三発と上から、横から、次々に鼻の攻撃が飛んでくる。


 敵の動きがやや大振りなため、避けられないことは無いが、地面等に鼻が叩き付けられた時の衝撃音から、一発でもまともに受けたら即死する予感がして、セリスティアの顔が歪む。


 いつものようにスキルを使って思いっきり突撃したいが、この攻撃の嵐の中ではそうもいかない。


 どうにかしねぇと……セリスティアがそう思っていると、彼女の後ろから志愛が現れる。


「おい! 危ねぇぞ!」

「何とかしまス!」


 志愛は人工レイパーの鼻の攻撃を躱しながら、アーツも持たずに相手に近づいていく。その動きは軽やかではあるが、避け方が一々ギリギリで、見ているセリスティアが冷や冷やするほどだ。当の本人ですら顔が真っ青である。


 最後に横に振り払われた一発を前転して避けながら、志愛は地面に落ちていた小枝を跳烙印・躍櫛に変化させ、人工レイパーの腹部へと強烈な突きを繰り出す。


 現れる、紫色の虎の刻印。だが薄い。ほとんど効いていない証拠だ。


 人工レイパーは再び反撃として蹴りを繰り出してくるが、同じ手は二度も喰らわない志愛。敵の動作が見えた瞬間に思いっきり飛び退いて攻撃を躱す。


 するとそこに鼻の攻撃が飛んでくる。


「こノッ!」


 咄嗟に鼻に棍を叩きつけると、鼻が棍に巻きついてしまった。


 そのまま、力比べになる志愛と人工レイパー。


 しかし、あっさりと志愛の方が負け、人工レイパーは彼女の体ごと棍を遠くへ投げ飛ばしてしまう。


 さらに、近づいてきていたセリスティアへ鼻を横から叩きつける。


 が、鼻が直撃する刹那、セリスティアは自身のスキル『跳躍強化』を発動。


 高く跳びあがり攻撃を回避すると、廃屋の屋根へと着地する。


 再び敵の攻撃。屋根まで届くほど長く伸びた鼻だが、セリスティアはスキルを使ってさらに跳躍し、悠々と攻撃を躱した。


 人工レイパーの鼻が屋根を砕く中、敵の背後へと着地するセリスティア。


 吼えながら繰り出されるセリスティアの爪の一撃を、人工レイパーは蹴りで迎え撃つ。


「――っ?」


 力負けし、吹っ飛ばされるセリスティア。そんな彼女に、人工レイパーは鼻を頭上から振り下ろして攻撃しにいく。


 だが。


 三度、セリスティアは『跳躍強化』のスキルを発動。


 強く地面を蹴り、水平に跳び、鼻の一撃を躱しながら一気に敵との距離を詰める。


 思いっきり突き出された爪。


 人工レイパーは咄嗟に身を捩るが、アングリウスの爪は腹部の毛皮を刈り取る。


 顕わになる、人工レイパーの皮膚。


 毛皮という防壁が無くなったその場所に、セリスティアは爪で攻撃しにいくが、怒り狂ったレイパーに殴り倒されてしまった。


「てめぇ……っ?」


 体をひっくり返すセリスティア。そんな彼女の体を、人工レイパーは踏みつける。


 咄嗟にアングリウスを体の前にもってきて、自身の体と敵の足の間に滑りこませて直撃を防いだものの、相手の全体重が乗った踏みつけ攻撃の衝撃に、セリスティアの体が鳴ってはいけないような音を立てて悲鳴を上げる。


 それでも、セリスティアの目には強い光が宿っていた。


 人工レイパーはセリスティアを踏みつけることに夢中で気がついていなかったのだ。


 遠くに吹っ飛ばされていた志愛が、既に近づいてきていることに。


 敵が彼女の気配に気がついた時には、時既に遅し。


「はぁぁぁアッ!」


 志愛の跳烙印・躍櫛による強烈な一発が、剥き出しとなった皮膚へと直撃し、敵の体を大きく吹っ飛ばす。


 唸りながら、よろよろ立ち上がる人工種ゾウ科レイパー。


 だが腹部には、先程とは比べものにならない程、虎の刻印がくっきりと浮かび上がっていた。


 人工レイパーは体に力を込めて刻印をかき消そうとするも、叶わず。


 断末魔のような悲鳴を上げて、爆発するのであった。

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