第126話『検索』
打ち合わせの後、早速SNSを調査しはじめた愛理達。
レーゼも愛理達に色々教わりながら、たどたどしくも一緒に手掛かりを探す。
レーゼの出したウィンドウを覗き込む顔は三つ。レーゼ本人と、セリスティアとシャロンだ。
次々と情報が出てくる中、
「それにしても……便利じゃのぉ……」
シャロンが感心したようにそう漏らす。
「ちと目が痛くなるのが難点じゃが、儂もこれ欲しい」
「使って見ると分かるけど、結構難しいわよ、これ」
「慣れれば大丈夫じゃろ。ほれ、彼女達を見てみぃ」
そう言ったシャロンの目は、愛理達に向けられている。
彼女達は、レーゼの十倍近い速度で、飛び込んでくる情報を捌いていた。
「……お主も今は駄目でも、しばらくすればああいう感じになるのではないか?」
「全っ然想像出来ないわ……」
「おめえら、口じゃなくて手ぇ動かせ」
喋っていたら、セリスティアに注意されてしまった。
ただでさえ慣れないのに、会話をしていたら作業が進むはずもない。
レーゼとシャロンは軽く謝ると、作業に戻るのだった。
***
「ふぅ……流石に少し疲れたな。休憩しよう」
作業開始から六時間後、愛理がそう提案する。
途中で昼休憩はとったが、その後はずっと作業を続けていた。長い事ウィンドウと睨めっこするのは中々に疲れるのだ。
志愛や真衣華も少しグロッキーな様子。
特にレーゼ達はぐったりだ。
「目ぇ痛ぇなぁ……」
疲れを吐き出すように呟き、グリグリと目元を揉むセリスティア。
「セリスティアさんハ、向こうではフリーランスだったんですよネ? こういった経験ハ……」
「ねぇな。せいぜい資料を読み漁るくらいだけどよ。俺ぁ、どうにもこういう文字を目で追う作業は苦手で……聞き込みとかは割とやれんだけどな……」
「私も、本みたいに紙媒体なら何時間作業していても平気なんだけど……」
ウィンドウから発せられる光に、体が慣れていないからだろう。普通の文字を読むことの三倍疲労を感じてしまうレーゼ。
「しかし、中々見つからんのぉ……。六人がかりで探しているというのに」
ソファにどっかりと体を預けながら、シャロンが溜息を吐く。
正直、ここまで難航するとはシャロンは思ってもいなかった。
ウィンドウ越しに、一度に大量の情報が提示されているのを見た時は、すぐに手掛かりが掴めると思ったのだが、認識の甘さを自覚させられる。
「いやはや、困ったもんじゃ」
「まぁ、地道にやるしか無いでしょう。ところで、今頃束音達は何をしているのだろうか……?」
成果が上がらず、溜まるのは疲労ばかり。何となく空気が重くなったのを悟り、愛理が話題を変えた。
「寝ているんじゃないかな? 向こうって、確か時差十一時間くらいだよね? 今頃は……六時前ってところかな?」
真衣華が時計を見ながら、そう答える。
もし雅達が起きているのなら、連絡でも取れば気分転換になっただろうが、寝ているのであればそうもいかない。
「ミカエルから報告は聞いているけど、向こうも大変みたいね」
「レイパーが現れタ、という話は聞いていまス。一体はケンタウロスとバイコーンを合わせたような奴デ、もう一体は魔法を完全に無効化する相手だったとカ……」
「魔法が効かぬ相手……厄介じゃのぅ。こういう能力を持つレイパーは、今まではあまり聞いたことが無い」
「俺も初耳だぜ。これもやっぱり、世界が融合した影響ってことかね?」
「……分かりません。ですが、こちらも警戒しておくべきでしょう。――さて、そろそろ作業に戻りますか」
そうして、六人はまたSNSという大海から、あるかどうかも分からない情報を探しにいく。
気が付けば夜も遅くなり、雅の家に泊まり込みにまでなったのだが……結局この日は、収穫無しで終わってしまったのだった。
***
その日の夜。夕食が終わった後。
雅の家の、風呂場にて。
「ふぃー……」
湯船に体を沈ませながら、セリスティアが気の抜けたような声を上げる。
「いやぁ、向こうにも風呂はあっけどよ。ニホンの風呂ってのは、どうしてこうも疲れがとれるのかね?」
「さ、さあ?」
風呂場にいるのは、セリスティアだけでは無い。愛理と志愛もいる。
愛理はシャワー中で、志愛はセリスティアと一緒に湯船に浸かっていた。
実はお風呂に入る度に同じことを言っているセリスティアの言葉に反応したのは、愛理である。
日本のお風呂なんて入り慣れている愛理からすれば、正直何が良いのかよく分からないというのが本音だ。
「セントラベルグのお湯はあっちーんだけど、熱いだけなんだよなぁ。こっちのお湯はポカポカ体の芯まで温まるって感じで……はぁー、生き返るぅ……」
「今日は一日中画面を見続けていましたシ、お疲れ様でス」
「いやいや、俺ぁ大したことは何もしてねぇ。あんたらの方が活躍していたろ? 大したもんだぜ」
はっはっは、と快活な笑い声が響く。風呂場に反響して喧しいことこの上ないが、意外にも苦痛には思えないのは、セリスティアの人となり故か。
「我々は慣れていますからね。特に私は動画の編集作業なんかで丸一日画面を見続けていることが多いですし……。ファルトさんは、慣れない作業でしたし一際疲れたでしょう?」
「あんな作業をしょっちゅうやってんのか。大変だなぁ……。ところでアイリもシアも、別に俺に敬語なんて使わなくていいぜ。俺は堅苦しいのはどうも苦手でな……。特にアイリ、お前は俺のことちゃんと名前で呼べよ。『ファルトさん』なんて仰々しいぞ」
「しかし、束音も似たようなものでは? 『セリスティアさん』と呼んではいますが、彼女も基本丁寧語ですし」
「何か知らんが、ミヤビは気にならないんだよ。やたら距離感が近いからかね? でもお前らはもっとこう……グワっと来てくれよぉ」
「そう言われましても……性に合わないのですよ」
仲の良い雅や優でさえ苗字呼びの愛理。知り合ってまだ間も無い人を名前で呼ぶのは中々にハードルが高い。
困った顔になった愛理に不満そうな目を向けるセリスティア。だがすぐに志愛に視線を移す。
「シアも、もっとこうフレンドリーに。な? タメ口で来いよぉ」
「セリスティアさんは年上。年上は敬うもノ。タメ口は失礼」
「あぁん? おいおいそりゃないぜー」
「おワッ?」
セリスティアは狭い浴槽の中、器用に志愛の背後に回りこみ、ヘッドロックをかける。
水の中でも恐ろしく俊敏な動きに、志愛は目を丸くする。
「折角裸の付き合いしてんだしよー。もっと仲良くなろうぜぇ!」
「ギ、ギブッ! ギブギブギブでス!」
恐ろしく強い腕力に、志愛の首が悲鳴を上げそうになる。
青い顔をしながら、志愛の浴槽をバンバンと叩く音が響くのだった。
***
その頃、キッチンで洗い物をしていたレーゼと真衣華、シャロンは。
「全く、あやつらは何を騒いでおるのかのぉ……」
風呂場から聞こえる声に、シャロンが呆れたように呟く。
すると、
「ちょっとシャロン。水使い過ぎよ。ただじゃ無いんだから、節約しなさい」
「えー、こっちの方が早いじゃろう」
滝のように蛇口から水を出し、食器の泡を流すシャロンに、レーゼが厳しい目を向けるも、当の本人はぶつくさと文句を言う。
「あのぉ……」
そんな二人に、洗い終わった食器を拭いていた真衣華が、おずおずと話しかける。
彼女の目は、シンクの横にある、小型の食器洗い機に向けられていた。
「ぶっちゃけさ、普通に洗うより、あれ使った方が早くない? 水の節約にもなるし……」
「何を言うておるタチバナ。洗い物は手でやる方が風情があるじゃろう」
何を変な事をいっているんだと言わんばかりのシャロンの目。しかし食器洗い機を使うことが普通な真衣華からすれば、「何を言うておる」というのはこっちの台詞だろうと思ってしまう。
突っ込もうかと思った真衣華だが、以前シャロンが、自身の趣味を『人間のような暮らしをすること』だと言っていたことを思い出した。
きっと、これがシャロンの思う『人間のような暮らし』なのだと理解する。
が、しかしだ。
「レーゼさんは、効率とかめっちゃ気にしそうだよね。どうしてあれ使わないの?」
食器洗い機を指差しながら真衣華が尋ねると、途端、レーゼの目が僅かに泳ぐ。
それで理由を察した真衣華は苦笑いだ。だがそういったレーゼの仕草に気がつけるのは、それだけ彼女と仲良くなれたのだと嬉しくもある。
観念したかのように、レーゼは溜息を吐いた。
「前にミヤビには教えてもらったのだけど、いまいち正しく使える自信が無いの。万が一食器を割ってしまったらどうしようって思うと、無謀なことはし辛いわ」
「適当に食器を入れてボタンを押せばいいだけなんだけどなぁ……」
何も難しい操作は無く、恐らくレーゼが勝手に難しいイメージを持ってしまっているだけだろうと、真衣華はそう思った。
「なんじゃ? お主はあれ、使えるのかの?」
「まぁね。折角だし、ちょっと実演させてもらおうかな。ちょっと失礼して……」
真衣華が残っている、まだ洗っていない食器をとって機械の中に入れていく。
ちょっとハラハラしている様子のレーゼと、どうなるのかと訝しむ目のシャロンに見守られ、不思議な緊張感を覚えながら真衣華が機械のスイッチを入れること五分。
あっという間に食器がピカピカになり、二人とも感嘆の声を漏らす。
「い、意外と綺麗になるもんじゃのう」
「でしょ? 手でやるのと同じくらい綺麗になるんだよ」
機械洗浄された食器を手に取り、色んな角度から興味深そうに見るシャロン。さっきは風情がうんたらかんたらと述べたものの、こういうのを見ると素直に感心してしまった。
「前々から思っていたけど、ミヤビはいつもこういうのを使って家事しているはずよね? でも私達みたいなやり方の家事もテキパキとこなせるんだけど、どうしてかしら?」
「うーん、分かんない。でもアナログな方法の家事が出来る人って一目置かれるし、それで覚えたのかもね」
「しかしこうも簡単に終わると、ちと味気無いのぉ……。儂らの苦労は一体……」
「シャロン、それは言っちゃ駄目よ……」
目を閉じ、力無く首を横に振るレーゼ。
自分もちゃんと、こういう機械を使えるようになりたいと、そう思うのだった。
***
次の日。
午後二時六分。
「だぁー! 見っつかんねぇなこんちくしょう!」
朝からずっとウィンドウと睨めっこしていた六人だが、ついにセリスティアが音を上げた。
そんな彼女に、レーゼがギロリと鋭い視線を向ける。
「ちょっと、うるさいわよセリスティア。騒いだって手掛かりなんか見つかんないわ」
「そうは言うけどよ。こんだけ探して何も無いんじゃ、やり方を変えた方が良くねぇか?」
「……セリスティアさんの言う通りかも。一応何も見つかっていないってわけでもないし、そろそろ別のやり方で攻めるべきなんじゃないかな?」
言いながら、真衣華はたくさん出ているウィンドウの内、一つに視線を固定する。
そこには手掛かりと呼べる程でも無い、不確かな情報が四つ並んでいた。
いずれも写真。夜に撮影されたものだ。見方によっては、人工鷹種レイパーのように見えなくも無い、黒い影が映っている。
「……このまま家に籠って調べていてモ、埒が明かなイ。現地に行って、調べてみるべきじゃ無いカ?」
「写真が撮られたのは、五泉市、三条市、加茂市、それに十日町市か……」
四つの写真を見ながら、腕を組んで唸る愛理。
ふと、気が付く。
「加茂市で撮られた写真は、黒い影が飛んでいるところか。三条市で撮られた方は、山奥に降りたとうとしているところ……。そう言えば、三条市と加茂市は近いな。確か隣だったはず……」
「愛理ちゃん、三条市で撮られた方の写真の辺りに、いくつか廃屋っぽいログハウスがあるよ。もしかしてこの加茂市で撮られた方って、この山に向かっていたのかも」
「他の二ヶ所で撮られた写真も気になるが、取りあえず、明日この山に向かってみようか」
愛理の言葉に、全員が頷くのだった。
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