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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第14章 フォルトギア
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第14章閑話

 七月二十二日日曜日。午後二時二十四分。


 よく晴れた休日の昼下がり、アストラム家の庭の片隅に、雅はいた。


 花に群がるマナ・バタフライを見ながら、何やら考え込んでいる様子。


「あ、ミヤビさんいた!」


 そんな彼女に、横から声が掛かる。


 やって来たのは銀髪のフォローアイという髪型――要は片目が隠れた髪型だ――の少女、ライナ・システィアだ。


「日向ぼっこですか?」

「いえ、ちょっと考えごとを……。ライナさんは?」

「何となく、ミヤビさんと話したいなーって。お邪魔なら後にしますけど」

「嬉しいこと言ってくれますねー。邪魔なわけ無いじゃないですかー」


 ライナの言葉に、あっという間に顔も声もだらしない感じになる雅。


 最も、ライナも雅のこれには慣れたもので、さして気にもしない。


「それで、何を考えていたんですか?」

「うーん……。じゃあライナさんにも聞いてもらおうかな。ミカエルさんとヴェーリエさんのことですね」

「あー、あの二人ですか。見ているとこっちまで胃が痛くなるんですよね……。あれ? ライナさん『にも』?」

「あ、はい。実はさがみんにも話をしていまして」

「へ、へぇ……」


 一瞬、微妙な顔になったライナだが、すぐに咳払いをして誤魔化した。


「……あちらの二人とは違って、ミヤビさんとユウさんは仲が良いですよね」

「まぁ幼馴染ですしね。あまりペラペラ喋ることでも無いので、私が一人であれこれ考えていたら、『何悩んでんのよ』って声を掛けられて……どうもさがみんには隠し事は出来ませんねぇ」


 言ってから、あっはっはと笑う雅。ライナは雅のそんな様子には一切気がつかなかったので、優の観察力には舌を巻くばかりだ。


「それで、本題なんですけど……ノルンちゃんが今持っているアーツ、アストラム家の家宝なんですよ。それをミカエルさんが勝手に持ち出して、ヴェーリエさんはそれに怒っている。どうも、『無限の明日』はカベルナさんという方――ミカエルさんの妹さんですね――彼女に渡されることになっていたみたいで……」

「ええ。昨日、詳しい話はミカエルさんから聞いています。でもミカエルさんは知らなかったんですよね。だからといって許されることでは無いんでしょうけど……」


 ライナが「うーん」と唸りながら言えば、雅も苦笑するしか無い。


「無断で持ち出しちゃったそうですからねぇ……。まぁそれが二人の関係を悪化させちゃった事件なんですけど、私、思うんです。ヴェーリエさんもミカエルさんも、そんなに相手のことを嫌っているわけでは無いんじゃないかって。しこりは残っているのかもしれませんけど、どうも振り上げた手の降ろし時を見失っているんじゃないかなって」

「そ、そうですかね……?」

「なんやかんや言って、ミカエルさんもオートザギア滞在中はこの家に泊まっていますし。ヴェーリエさんだって、ミカエルさんが滞在中は夕食は自分で作ってくれているみたいです」


 その言葉に、思わず驚いた声を上げるライナ。これは初耳である。


 雅が嘘を言っているとは思わないが、ここ数日の夕食の時間の雰囲気からは、とてもヴェーリエがそこまでしているとはライナは思えなかった。


「それに、コートマル鉱石のことも調べてくれていました。だから引っ込みがつかなくなっているだけで、本心では、もうそんなに怒っていないんじゃないかな? きっとミカエルさんが一言謝るだけで、仲直り出来ると思うんですけど……そのミカエルさんを、どうやってその気にさせようかなって」

「説得したところで、却って意固地になりそうですもんね……」

「私が頼んだりするのは逆効果だと思うんですよ。何か切っ掛けがあればいいんですけど……」

「……でも、どうしてミヤビさんはそこまで?」


 そこまで話を聞いてから、ライナはふと浮かんだ疑問を口にするも……すぐに自分の浅慮を後悔する。


 何故なら、尋ねられた雅が大層困った顔をしていたからだ。


「あー……何と言いますか……友達に似たような状況の子がいて……その子はもう、戻れないところまで来ちゃってまして……ミカエルさん達には、そうなって欲しくないっていうか……やっぱり家族だから、仲良くするのが一番じゃないですか」

「そうですね。……変な事を聞いちゃいました。すみません」

「いえいえ。謝ることじゃ無いですよ」


 色々とぼかしたような雅の言葉。


 よく「これは友達の話なんだけど」と前置きしたが、実は本人の話だった……というような、あの感覚。


 しかし雅の様子から、これは彼女自身の話では無く……言葉通り雅の友人の話のような気がしたライナ。


 一体誰のことなのか気にはなるが、何となく、ライナは深入りしてはいけないと直感するのだった。



 ***



 一方、庭の別のところには、ミカエルとノルンの姿があった。


 一時間くらい前は部屋でコートマル鉱石について色々話をしていたのだが、気分転換でもしようと外に出てきたのだ。


 そして今何をしているかと言うと……。


「きゃー! かわいいー!」


 ノルンが腕を広げてクルクル回りながら、とても興奮したような声を上げる。


 彼女の体には、一匹のミーアキャットのような生き物が張り付いていた。


「師匠! これなんて動物ですかっ?」

「『リアキャット』ね。オートザギアでは偶に見かける野性動物よ。因みに名前を書くと……」

 落ちている木の枝を拾い、地面に『Riah Cat』と綴りを書くミカエル。

「……ノルン、何か気がつかない?」

「何か? ……あ、『Riah』って『Hair』を逆から書いてますね。Hair……髪?」

「そう。その動物の主食は人の髪の毛なの。それが名前の由来になっているのよ」

「へぇ……え? ってことは私の髪の毛もっ? あわわ食べちゃだめー!」


 ふと、背中に張り付いているリアキャットがもぞもぞとし始めた。


 もしや自分の髪が食べられているのではと思い、慌てだしたノルンをミカエルはクスクスと笑いながら「大丈夫よノルン」と宥める。


「消化器官が小さくて、太い毛は食べられないの。だから食べるのは枝毛ね。他には髪についたダニなんかを食べてくれて、別名『髪のお掃除屋さん』なんて呼ばれているわ。人間にとっては益獣よ」

「そ、そうなんですか……。不思議な動物もいるものですね」

「ただ、一個困った点があって……」


 すると、急にミカエルの顔が苦笑いになり、何となく嫌な予感に襲われるノルン。


「人肌くらい暖かいところを好むから、服の隙間から潜りこんで全身を這い回ってくるわ」


 そう言った刹那、リアキャットはその説明が正しいと証明するかのように、ノルンの穿いているスカートの下から素早く中に入ってきた。


「ちょ、それを先に――あ、こら……あはははは! やだやだ擽らないでー!」

「あらら、ノルンちょっとジッとしていて!」

「し、師匠ぉ! 後で覚えておいて下さいねー!」



 ***



 服の中に入ったリアキャットを何とかしようと悪戦苦闘するノルンとミカエル。


 その様子を、遠くからこっそり見つめる姿があった。


「…………」


 ファムだ。傍から見ればじゃれあっているようにも見える二人に、ムズムズする思いを込めた視線を送っている。


 そして、その後ろから……。


「ファームー?」

「ぉわっ? ユ、ユウっ? 何急にっ?」


 突如声を掛けられ悲鳴にも似た声を上げて振り返れば、そこには、面白いものを見たと言わんばかりの笑顔を浮かべた優が立っていた。


「一体何時からそこにいたのっ?」

「結構前からかな? いや、みーちゃんを探して歩き回っていたら、ファムを見かけたのよ。声を掛けたんだけど、気がつかなかった?」

「うっそだーっ?」

「何をしているのかなって思ったら、あの二人を尾行しているから……何か面白そうだったし、私もファムを付けていたって訳」


 確かにミカエルとノルンが外に出るのを見て、気になってこっそり後をつけたのは事実だ。


 しかしどこかで優の声が掛かった記憶など、これっぽっちも無い。周りの声が聞こえなくなる程、自分は集中していたのかと愕然とし、顔が真っ赤になるファム。


「で? なんで二人を尾行していたの? 混ざりたかったら混ざればいいじゃない」

「いや……でも、私がいると邪魔そうだし……」

「なーにゴニョってんのよ。邪魔なんてことは無いでしょ」

「邪魔になるって。二人の時間っぽいし……。何となく察してよ」

「察してる察してる。察した上で弄ってんのよ。船で散々ファムに弄られたから仕返しよ」

「なっ? 根に持ってるのっ? 大人気無くないっ? このぉ――」


 口をパクパクさせながら、ついに限界が来たのかファムはポカポカと優を叩き始める。


「おー、良いパンチ!」

「ユウのバカバカバカバカアンポンタン!」


 ファムの罵声にも、優はケラケラ笑い飛ばしながら体を叩かせ続けるのだった。



 ***



「……あの二人は何をやっているのかしら?」


 さらに離れたところ。そこには希羅々が椅子に腰掛ながらティータイムを過ごしていた。


 綺麗に手入れされた庭と、美しい蝶。しかしその中にじゃれあう優とファムの姿があっては割と邪魔だ。


 やれやれと言うように首を横に振り、お茶に口を付ける。オートザギアで一般的に飲まれているお茶らしく、烏龍茶によく似た風味で希羅々は大層気に入った。


「……まぁ、平和ですし良いでしょう」


 レイパーのいないこの時間。


 彼女の呟いた言葉通り、とても平和で、穏やかな時が流れていたのであった。

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