第14章幕間
七月二十二日日曜日、午前十一時五分。
雅達がオートザギアにいる頃、日本。
新潟市中央区紫竹山二丁目にある、束音宅にて。
「あっ……ちぃ……」
鍛錬目的で外で走りこみをしていたセリスティアが、リビングに入ってくるや否や、今日何度目かも分からないほど繰り返した呟きを漏らす。
「ほんと、マジ何なんだこの国は……。死ぬほど暑いっての……」
外は生憎の雨だが、それでも気温は二十五℃を超える。こちらに来てから数日、暑くないと思った日は無いが、まさか雨が降っていても暑いとはセリスティアは夢にも思わなかった。難なら蒸し蒸しする分、晴れている時の方が過ごしやすいくらいである。
「この暑さじゃ、小雨が降った程度じゃ焼け石に水ね……。ミヤビ達の話だと、ひどいと四十℃近くになることもあるそうよ」
セリスティアに続いてリビングに入ってきたレーゼも、汗びっしょりだ。
最も、レーゼは日本に来て約一ヶ月。多少ではあるが、日本の夏の暑さには慣れてきたというところ。セリスティア程、息絶え絶えというわけではない。
一方、
「全く、情けないのぉ……」
レーゼの後ろからひょっこり顔を出したシャロン――今は少女の姿だ――が、へばっているセリスティアに半眼を向ける。
久世を追うチームの彼女達は、日本にいる間は雅の家に滞在していた。
半眼を向けられたセリスティアは、少しむくれて口を開く。
「いや、お前は外散歩していただけだろうが。偉そうなこと言うんじゃねぇよ」
シャロンは鍛錬していたセリスティアとレーゼとは違い、気の向くままにあちこち歩き回っていただけである。
格好も、身一つなレーゼやセリスティアとは違い、肩からショルダーバッグを下げていた。因みにこれは、一昨日開催してもらった自身の誕生日パーティ――実は一日遅れなのだが――でプレゼントとして皆から貰ったものである。
セリスティアは何故呆れたようなことを言われねばならぬのかと、抗議の意思を強く視線に乗せてシャロンに送るが、当の本人の表情は変わらず。
見た目十代くらいの子供にジト目を向けられると、普通の人に比べて三割増しでイラっとしてしまうのは仕方無し。
とは言え、
「でも、シャロンは随分平気そうね」
慣れてきたとは言え、外に立っていると少しクラっとしてしまうことがあるレーゼとは違い、シャロンにそのような様子は無し。それは純粋に感心出来ることだった。
「ま、儂は竜じゃしの。暑いのは平気じゃ」
「くっそう……うらやましいぜ。まぁいいや。それより腹減った……。てか喉渇いたぜ……」
「水飲むなら、その前に手洗いとうがいを済ませなさい。……ちょっと早いけど、お昼にしましょうか」
***
十五分後。
「はい、どうぞ」
レーゼがそう言いながら、テーブルの上に大皿を二つ置く。
そこには大量の、緑色の莢が盛りつけられており、それを見たセリスティアとシャロンは大層微妙な顔になった。
「……レーゼ、これは?」
「塩茹でしたエダマメよ。こっちの世界の食べ物ね。この間、ユウから貰ったの。何でも、親戚の方からたくさん頂いて、食べ切れないからって」
「多過ぎじゃろう……」
「ミヤビ曰く、ニイガタの人はいっぱい食べるらしいわ」
「ほ、ほぅ……」
山のような盛りつけに圧倒されながら、セリスティアとシャロンは身を乗り出して枝豆の莢を摘む。
「初めて見た食べ物だな。どうやって食べるんだ? 丸ごと口の中に入れりゃあいいの?」
「莢の中に豆があるから、それを食べるの。こんな風に――」
レーゼが枝豆を一つ取ると、莢を左右から押すようにして豆を出して口に入れる。
ほんのりとした塩味が効いており、我ながら上手く出来たとレーゼは僅かに顔をほころばせた。
セリスティアとシャロンは顔を見合わせると、おずおずとレーゼの真似をして枝豆を食べ始める。
すると、
「…………」
「…………」
「…………」
ヒョイ、パク……ヒョイ、パク……。
無言で枝豆を食べ続ける三人。
偶に麦茶を飲むものの、枝豆に伸ばす手を止められないのだ。
枝豆の山はどんどん無くなっていき、代わりに殻が積まれていく。
気がつけば、最後の一莢を残すのみ。
そして三人が、それに同時に手を伸ばしかけ――ピタリと動きを止める。
互いに見合わせると、その手を高く上げ、
「じゃん!」
「けん!」
「ぽん!」
掛け声と共に、同時に振り下ろした。
出したのは、レーゼとシャロンがチョキ。セリスティアがグーだ。
「しゃ! いっただきー!」
「おのれぇ……!」
「まぁまぁ。まだ冷蔵庫にいっぱいあるし、また茹でるわよ」
悔しがるシャロンを宥めるレーゼ。その時だ。
インターホンが鳴った。
「あら? 誰かしら?」
来客の予定は無かったはずと訝しみながらも、レーゼは手を拭いてから玄関に向かい、扉を開く。
そこにいたのは、三つ編みの女性。
「どうも。すみません、突然」
「あら、アイリじゃない。いらっしゃい」
やって来たのは篠田愛理。手提げ袋を持っている。
一体どうしたのかと思いながらも、レーゼは彼女を中に入れた。
「あ、ファルトさん、ガルディアルさん。お邪魔します」
「うぃーっす、アイリ。ゆっくりしていけよ」
「こりゃ。ここはタバネの家じゃろう。何を言っておるんじゃ全く……」
セリスティアとシャロンのやりとりに、愛理は苦笑いを浮かべると、テーブルの上に目を向ける。
「……おや? 枝豆ですか。もしかしてお昼の最中で?」
「ちと早いがの。もうちっと早く来ればまだ残っておったのじゃが」
「いえいえ。これはきっと相模原からおすそ分けされたやつですね。実は私も貰ったんですよ。それも結構な量」
「いやー、しっかし美味かったぜ。レーゼが皿に山盛りにして出してきた時はビビったけどよ、食べ始めると止まらねぇっていうか……」
「ははは。分かります。塩で茹でただけなんですけどね」
「ところでアイリ。今日はどうしたの?」
「おっといけない。これを渡しに来たんです。優香さんから、自分達と連絡するのに色々不便だろうからって」
愛理が手提げ袋から出したのは、小さな箱。中に入っているのは『ULフォン』だ。
レーゼ達は通話の魔法でセリスティア達とはやりとり出来るが、愛理達と話をしようと思ったら直接会わなければならない。そこで、実は雅はオートザギアに出発する前に、優一や優香に相談していたのだ。
「その内、ちゃんと自分のを買わなきゃと思っていたのだけど……ありがとう。助かるわ」
「警察の備品なので、大切に扱って欲しいそうです。取り敢えず、三人の内、代表してマーガロイスさんが持つ、ということで。じゃあ使い方、教えますね」
愛理の言葉に、レーゼは「よろしくお願い」と答えるも、顔は緊張で固い。
雅達がスイスイ使っているのをよく見るが、自分がああいう風に使いこなせる姿が欠片も想像出来なかった。
事実、この後愛理が懇切丁寧に使い方を教えるのだが、成果はというと反応に困る。
とりあえず、空中にウィンドウを出すことは出来たとだけ言っておこう。
何はともあれ、思いも掛けず、今日がレーゼの『ULフォン』デビューとなったのだった。
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